八章#14 冬星祭とは?
期末テストが終わると、校内は冬星祭に向けてふわふわと浮足立ち始める。
それは、悲惨だったテストから逃避するためなのかもしれないし、高校生ならば否応なしに気になってしまうクリスマスというビッグイベントゆえなのかもしれない。
現にテレビでも、12月に入ってからジリジリとクリスマスにまつわることを特集するようになってきた。特に凄いのはCMだ。ケン〇ッキーのCMとか、めっちゃすごい。昨日と今日だけで数回見たからな。
そんなわけで、クリスマスである。
近年はSNSでさえリア充のたまり場になりつつあるせいか「リア充爆発しろ」の定型句も古めかしくなってきてるなぁ、と切なく思いつつ。
俺たち生徒会は、クリスマスイブに行われる冬星祭に集中しなければならない。
何せ現生徒会で行う最初の三大祭だ。生徒総会のときよりもややこしいことも増えてくるし、気を引き締める必要がある。
「そういうわけで、今回から一年生諸君にも本格的に仕事を任せることになる。頼んだぞ、花子、メリー――っ痛ぇ!?」
火曜日の放課後。
生徒会室にて意気揚々と語っていた俺は、隣にいた大河に勢いよく頭を叩かれた。しかもファイルで。そこまで硬めのやつじゃないけど、それにしたって痛い。
叩かれた箇所をスリスリ擦りながら大河に不服の意を表すと、はぁ、と大仰な溜息をつかれた。
「私と違って経験があるので説明をお任せしようとしたら……どうしてふざけるんですか? だいたい、トイレの花子さんも電話をかけてくるメリーさんもいません。ユウ先輩、怪談系が好きすぎません?!」
「いや別に好きなわけじゃないけど。女の子の名前でネタにしていいのってそれくらいしか思いつかな――っ痛ぇ!?」
「ネタにしてる自覚があるのならそもそもやめてください。もしかして二人の名前、分からないわけじゃないですよね……?」
じっ、と大河に睨まれる。他の生徒会メンバーは、マジ? って感じで俺を見てくる。時雨さんだけがクスクス笑ってくれていた。実に嬉しくない。
一年生の二人が心配そうな顔をしているので、違ぇよ、とはっきり言ってから二人を順に指さす。
「そっちの子が花崎で、そっちは土井だろ?」
「あ、正解です」
「よかった……覚えてはもらえてたんですね……」
「当たり前だろ、ちゃんと自己紹介だってしたんだから。今のはちょっとしたユーモアだよ。俺は二人とはほとんど話せてないしな」
言うと、花崎も土井も曖昧に笑った。
うーん……若い子にはこういうノリはダメ? それとも俺が単に警戒されてる?
と、首を傾げていると、
「百瀬くん、私のことずっと『書記ちゃん』って呼んでたものね~」
「あ゛」
「大河ちゃんを『妹子』とか呼んでもいたし。その調子で私の可愛い後輩に変なあだ名をつけたら怒るところだったわよ」
どうやら、一年生二人は如月から以前の俺の言動を聞いているらしかった。
こくこく、と頷いている。
マジか。何故言ったんだよ……俺にとっても二人は可愛い後輩になるかもしれないんだぞ……? 折角庶務になったんだから、どんどん面倒見ていこうと思ってたのに。
如月を恨めしく見ていると、まったく、と大河が心底呆れた風に言ってくる。
「ユウ先輩は私の庶務なんですから、ちゃんとしてください」
「お、おう……」
「今入江さん、さらっと『私の』って言ったよね」
「うん、言ってた。っていうか私たちが百瀬先輩と話してないのって、入江さんがずっと百瀬先輩と一緒だったからだし」
大河の言葉を受けて、花崎と土井がこそこそと話す。
俺が聞こえるということは当然大河も聞こえているわけで。
チラと隣を見遣れば、大河の耳は赤く染まっていた。
「~~っ。花崎さん、土井さん、何か言いたいことがあるならみんなに聞こえるように言ってね」
「大河。その、急に不器用な照れ方やめようぜ」
「照れてるわけじゃありません! ――って、それもこれも全てユウ先輩が変にふざけたせいですよね!?」
「いやまぁ、そうなんだけどさ。テスト明けで若干暗い空気だったし、多少は、な?」
がるる、と仔犬が怒ったような感じで睥睨してくる大河。
ちっとも怖くないが、一応はくつくつこみ上げる笑みを押さえながら応じる。
実際、空気が暗かったのは確かなのだ。生徒総会までは俺と大河、特に俺は別個で動いていたから一年生二人と打ち解けられてないし。その状況で俺が淡々と冬星祭の説明をしたところで身構えてしまう気がしたので、ちょっとお茶目な一面を見せようと思ったにすぎない。
……ほんとだよ? 滑ったから言い訳してるとかじゃないよ?
そんなことを思っていると、まぁまぁ、と俺と大河を取りなすように時雨さんが口を開いた。
「ツッコミとボケが上手く起動してる夫婦漫才ってことでいいんじゃないかな?」
「よくねぇよ」「よくありません」
「息ぴったりだね!」
「「…………」」
ぐぅ。昨日や最近のアレコレのせいで、いちいち時雨さんの言葉の意味を探ってしまいそうになる。
一つ一つを精査したところで、きっと意味はない。むしろ下手に気を取られている方がよくないはずだ。
「こほん……いつまでもふざけていてもしょうがないので、真面目に説明してもらってもいいですか?」
「ああ、そうだな。じゃあ場も温まったところで、説明するか」
とはいえ、この場にいるメンツの過半数は冬星祭を経験している。
如月、現書記クン、俺、時雨さんの四名は去年も運営しているからな。だから誰が説明してもいいし、むしろこういうのは副会長の如月に任せたいくらいなのだが、大河の指示なので仕方がない。
俺はホワイトボード用のペンを持ち、きゅきゅっ、とホワイトボードに文字を書きながら説明を始める。
「まずは基本的な情報から。冬星祭の開催日は、12月24日。クリスマスイブだな」
ちなみにその一週間前、17日が終業式になっている。夏休みに文化祭の準備をしていたのと同様に、17日から24日までは自由登校で、そこで集中して準備をしたりする。
「場所は第一部、第二部共に体育館だな。以前第一部だけ外のホールを借りたことがあったんだが、そこまで違いはなかったしむしろ面倒なだけだよな、ってことで今の形になってる」
と、言ったところで花崎と土井が不思議そうな顔をした。
何に引っかかっているのかは言わずともわかる。第一部第二部、ってところだろう。過去の資料を先んじて確認している大河にも質問されたしな。
「で、今言ったように、冬星祭は大きく第一部と第二部に別れている。第一部はどっちかっていうと、学内ではなく学外向けのイベントだ。地域の人だったり関係がある幼稚園や小中学校から人を呼んでもてなしたり……あと、幼稚園の子たちに発表をしてもらったりする」
「つまり地域交流会、と考えればいいんですよね?」
「そういうことになるな」
早い話が、普段イベントをやたらとやってるんだったら地域に還元するようなものも一つくらいやっといた方がよくね、みたいなノリの行事である。
ややバカげて聞こえるが、これが意外と地域の人から好評だったりする。やっぱり幼稚園の子の発表が効いているんだと思う。
「そう考えると……他の二つの行事に比べると、小さいイベントに聞こえますね」
と呟いたのは花崎。
彼女に視線が集まると、あっごめんなさい、と申し訳なさそうに言った。
「いや、謝ることじゃないぞ。花崎の言ってることは間違いじゃない。少し前まで、冬星祭は二学期末にやるちょっとした行事で、終わったあとの後夜祭でちょっとはしゃごうって感じのイベントだったんだよ」
「でも思いのほかその後夜祭が人気になったんだ」
それ自体はそれほど特異なことではない。なにせクリスマスイブだ。はしゃぎたがりなうちの生徒が見逃すはずがない。
「徐々に後夜祭をもっとちゃんとやりたいって声が大きくなって、それに押される形で時の生徒会長が学校サイドと交渉して、冬星祭の規模をデカくしたんだと」
「元々後夜祭だったものが拡大した結果、冬星祭になった。そういうことですね」
「だな」
大河がまとめてくれたので、俺も同意する。
ちなみに、交渉したのは流石に時雨さんではない。十数年前のことだしな。行事が盛んなうちの学校では、それなりの頻度で凄いことをする生徒会長が生まれるのだ。
大河もそうなればいいな、と思いつつ。
俺は第二部の方の説明をする。
「第二部は、有志の発表や生徒会企画を行う。第一部で発表だったり手伝いだったりをしない限り、大抵の生徒は第二部からの参加だな」
「もちろんボクたちは第一部からフルで働くんだけどね」
「あー……来客対応とか、面倒だった覚えがあります……」
「おいこら。経験者が未経験な奴らのやる気を削ぐようなことを言うんじゃねぇ」
その後、資料を配布してから少し踏み入った説明をする。
こくこくと真剣な顔で頷いている花崎と土井を見て、なんか先輩やってる感が凄いなぁ、とちょっぴり感動した。




