八章#06 秘密の暴露はコミカルに2
「トラ子は、休んでても一応話は聞けるだろうし。もう一つの私の話もしちゃうよ」
雫の膝を枕にする大河をどこか羨ましそうに見遣りながら、澪はそう言った。雫も大河も異存はなさそうだったので、俺も大人しく肯う。
ん、と声を漏らしてから、澪は続けた。
「もう一つは……さっき雫が言った、文化祭のときの話。私さ、リハの日に学校からいなくなったでしょ?」
「うん、そーだった。それで友斗先輩が探しにいったんだよね?」
「ん。それ自体は、嘘じゃないんだけどさ。そのときのことで、言えてないことがあって」
ああそれのことか、と澪の言葉運びから察する。
あの日のことで、話せていないことは――どこで過ごしたのか、ということに他ならない。
「あの夜さ、私と友斗はラブホに泊まったんだよ」
「「えっ」」
と、雫と大河の声が重なる。
送り出してくれた雫にも、俺の代わりに色々とやってくれた大河にも、あの日は家に泊まると告げていた。まさかそういうホテルに泊まっただなんて思ってもいないだろう。
「その晩、友斗とシてはないよ。ただ家に帰る気分じゃなかったし、前からラブホに行ってみたいって思ってたから行った」
「……澪先輩、そういうホテルの未成年の使用は倫理的にも法律的にもどうかと思います」
「まだ私の話でぐったりしてるくせにそういうこと言わない。分かってるよ、そんなの。それでも行きたかったんだからしょうがないでしょ」
「はぁ。ユウ先輩も、反省してください」
雫に膝枕してもらいながら、大河はぴしゃりと注意してくる。マジでごもっともな指摘だった。俺もあのとききちんと抵抗したし怒られる筋合いがない気もするが、結局一緒に行ったからな。甘んじて受け入れよう。
「もちろん、反省はしてる。あの日は色々と事情が重なったけど……それでも、もう軽率にああいう場所には行かないよ」
「はい、そう言ってくださるのであれば私からは言うことはありません。澪先輩が油断ならない方だとは思いましたが」
「うーん。私からも、特にはないかなー。そーゆうところは……恥ずかしいけど、私もちょっぴり気になるし」
「ふふっ。気になるなら今度二人で行く? 女の子同士でも今なら――」
「危ないから絶対にやめろ。あとそういうこと言うと姉妹百合っぽくなった結果百合ガチ勢によって俺が消されちゃうから」
澪と雫の姉妹百合とか、そりゃ捗りますけどね? 何なら同居生活が始まってから百合系の漫画にも徐々に手を出すようになったけどね?
と、くだらないことを考えている間に、大河がこめかみを押さえながら起き上がった。少しはマシになったのだろう。やや冷めたコーヒーをごくごく飲んだ。
「それでは次は、私の番ですよね」
「そうだな。俺が先でもいいけど」
「いえ、私が言います。私も……言えてないことは、二つです」
大河が何を言うのかは、一つも見当がつかない。俺がはてと首を傾げると、姿勢をピンと伸ばしてから言った。
「一つは、ユウ先輩とのこと。これはユウ先輩も覚えてくれていないんですけど……小さい頃、私はユウ先輩と会ってるんです」
「そうなの?! なにそれ超王道!」
「え、あ、うん……?」
「あ、ごめん。私が好きな王道展開すぎて興奮しちゃった」
「そ、そっか。……そういうときの雫ちゃんは本当にキラキラしてると思うよ」
褒めてるのか呆れてるのか分からない感じで苦笑する大河。
雫は、えへへー、と照れたように頬を緩める。
「昔、髪の色が周囲と違うことに悩んでいて。そのときに声をかけてくれたのがユウ先輩だったんです」
「ん……? ちょっと待て大河。そのとき、大河って髪切ろうとしてたか?」
大河の告白に、魚の骨が喉に引っかかったような感覚を覚えた。
昔大河と出会っていた、という話は聞いていた。だが具体的な状況を一切知らされていなかったせいで、今までピンときていなかったのだ。
俺が言うと、大河はパァと笑顔を咲かせた。
「覚えていてくださったんですか!?」
「え、ああ……いや。ぼんやりと、だけどな。昔金髪をはさみで切ろうとしてる変な奴に出会った覚えがある」
「変と言われるのは不服です。あのときはあのときで考えがあったので」
「それでも変じゃん。傍から聞いてた私でもヤバい子だって思うんだけど」
「なっ……澪先輩に言われたくはありません」
大河はそう言うが……実際、朧気な記憶の中だと、大河(らしき女の子)は相当変わり者だったんだよな。
前日にいじめらている犬を助けている姿を見て、ああ美緒みたいだな、と少しだけ思って。でも翌日に髪を切ってるのを見て、いや美緒はここまでヤバくないわ、と思い直した気がする。
ただあいにく、大河と話した内容は覚えていない。エピソードこそ衝撃的なものだったが、それでも昔のことだからな。あの頃の記憶は、やはり大半が美緒とのもので埋め尽くされている。
「っていうか、不服なのはこっちなんだけど。トラ子の秘密だけピュアすぎない?」
「澪先輩の秘密が爛れすぎなんです」
「はいはい、無垢なフリどうも。で、最後の秘密は? そろそろお腹空いてきたし、さっさと言ってよ」
澪の言葉で見遣った時計は、既に7時を指していた。思いのほか話していたらしい。夕食の後にはケーキもあるし、その後にプレゼントを渡しもする。確かにそろそろ食べてもいいだろう。
分かってます、と無愛想に言ってから大河は続けた。
「最後は……夏休みのときのことです」
その声は、さっきとは打って変わってどこか沈鬱なものだった。
深刻な話だと悟った雫は、すぐに大河の手を握る。そういう優しいところなんだよな、と思いつつ、俺も話を待った。
「私はユウ先輩がまだ『好き』だと言えない状態で雫ちゃんと付き合ってるのを見て……澪先輩とも仲良さそうにしてるのを見て、間違ってるって言いました」
「そう、だったな」
「あのときは……ユウ先輩とか、雫ちゃんとか、澪先輩とか。私じゃなくて、三人のためだって思ってたんですけど。でも今から考えてみるとそうじゃなかったな、と思って」
俯く大河の表情には、僅かに翳が差す。
澪はばつが悪そうに顔をしかめ、大河の指をちょこんと摘まんだ。
「夏休みに入る前に、霧崎先輩に相談に乗ってもらったんです。そのときに、もしかしたら私もユウ先輩の隣にいられるのかもしれない、って思ったのも事実で。あわよくば、って少し思ってしまったんです」
「「え」」
俺と澪の声が被る。
ここで時雨さんの名前が出るとは思っていなかったからだ。澪が怪訝そうにこちらを見てくる。その視線の意図を測りかね、しかし、時雨さんの名前が耳の奥にざらざらと残った。
時雨さんが、大河の背中を押した……?
夏休み前の状況を考えれば、それは妥当であるようにも思える。でも何故だろう。チリチリと頭の奥で何かが弾ける。
けれどもそんな俺の胸中に気付かず、大河は真っ直ぐに言い足した。
「だから、雫ちゃん、澪先輩、ごめんなさい。きっと私は――こうして仲間に入れてほしかったんだと思います。そのせいで外野から色々と言ってしまって、ごめんなさい」
それは、選挙を経て、少しだけ変わった大河だからこその呆れてしまうほどの大河らしさだった。
雫はお日様みたいな笑顔を浮かべ、ううん、と答える。
「大河ちゃんはなーんにも間違ってなかったよ。謝る必要も、全然ない。私たちの関係が拗れてよく分かんなくなってたのは事実だもん。ね、お姉ちゃん?」
「う、うん……まあ。確かにあのときのトラ子は外野だったし、外野が口出すなとは思ってたけど――今は、内野だしね」
「――っ、澪先輩……!」
「ま、やけに話を掘り返したな、とは思ったけど。その話を言い出すと最終的に悪いのは友斗って結論になるしね」
そうだな、と澪の言葉のパスを受ける。
「その辺っつうか、割とほぼ全部俺が一番悪いし、一番悪いっていう座を俺以外に譲る気もないからな。これで手打ちにしてもらえると助かる」
これは、心からの言葉だった。
もちろん夏までのアレコレは、或いはそれ以降の色んなことも、俺だけが悪いわけじゃないのだと思う。そんな風に思い上がってはいけない。
でも一番の悪者は俺。これだけは揺らがない事実だし、揺らがせてはいけない。
懺悔会(?)が始まってからずっとしたままだった正座で頭を下げると、土下座っぽい感じになる。
いっそもっと深く頭を下げて土下座にしようかと思うが、それはそれで違う気がして、やめておいた。
「っていうことは、これから私たちがし合う予定だった罰は全部友斗が引き受けてくれるってこと?」
「ん? あ、いやそういう話では――」
「なるほどー♪ 流石ですね友斗先輩! それじゃあご飯が終わったら、私たち三人分の罰を執行することにします。大天使・シズクエルの名に於いて!」
「あ、ちょっと天使の格が上がったんだ……」
「そーだよ。何せ、仲間ができたからねー♪ ミオリールさん、タイガエルさん」
「それは天使じゃなくて悪の帝王だろ!?」
え、なに、俺なにされんの……?
不安で胸がいっぱいになりつつも、まぁ三人が楽しそうならいいかな、とちょっぴり思った。




