八章#05 秘密の暴露はコミカルに
「じゃあ、まずは言い出しっぺの私から」
「シズクエルはどうしたんだよ」
「シズクエルとキュートな雫ちゃんは別物ですよー? それとも友斗先輩は私のことを天使だと思って――」
「オーケーよく分かった。約二名ほどマジで天使だと思ってる奴が目の前にいるから、このツッコミはやめておくよ」
真っ先に口を開いたのは雫だった。もはやツッコミの居場所はないらしい。苦笑しつつ、雫の先手を譲る。
マグカップに口を付けてから、雫は胸に手を当てて言う。
「私が明かす秘密は、二つです」
「二つ……」
「うん。と言っても、一つは友斗先輩と……それから多分、お姉ちゃんも知ってるんだけどね」
雫はこちらを見て、ふんありと大人びた笑みを浮かべた。
俺は肩を竦め、雫の言葉を待つ。
「まず一つ――三日前、かな。友斗先輩が私のところに来てくれた日のこと。私は……友斗先輩を、襲ったんだ」
「襲った……? えっと、雫ちゃん。それって――」
「エッチな意味で、だよ」
「っ?!」
雫の告白に、大河は目を見開いた。驚愕の色がその顔に滲む。「エッチな意味で……」と雫の言葉を数度反芻する大河を、はっ、と澪が鼻で笑った。
「うぶぶっちゃって。女子高生にもなれば意味くらい分かるでしょ? つまり雫は友斗とシようとした、ってこと」
「それは――ッ、意味は、分かりますけど……」
「ごめん、驚かせちゃったよね。私もとんでもないことしたなーって今は思ってる。でも、あのときはそれしかないって思ったんだ。友斗先輩に初めてを捧げて、エッチなことをたくさんしてあげて……そうするしかない、って」
バカだよね、と雫が頬を掻きながら苦笑する。
あのときの雫を知っているから、容易く笑い飛ばせはしない。でもだからこそ、笑い話にするための懺悔なのだと思う。
大河の疑るような視線に、しかし、俺は首を横に振って応じる。今は雫の番だ。俺の番ではない。
「雫ちゃん、聞いてもいい?」
「うん、なにかな」
「ええっと、その……し、シちゃったの? ユウ先輩と」
この手の話には抵抗がないのだろう。大河はぽっと頬を朱に染めながら言う。
「うーん、それがね? そのときに凄い事実が発覚しちゃったり、友斗先輩が変なところで理性マンだったりしたせいで、全然そーゆう空気にならなかったんだよ。私、下着姿になって迫ったのに」
「……あの、ごめん雫ちゃん。風邪だったんだよね?」
「んー、そーだよ? 治ってたけど」
「婚前の男女が、とは言わないけど。風邪引いたその日に下着姿になるのはよくないと思う。風邪だって拗らせたら大変なことになるんだから今後は反省して」
「大河ちゃんはお母さんか何かなの?! 怒るところそこ⁉」
「怒ってはないよ。注意してるだけ」
「……トラ子、そういうところだから」
「それな」
「え? 何がですか……?」
心底訳が分からなそうに首を捻る大河。
だがその仕草は、むしろこっちがしたいくらいだった。どうして性的なことをしそうになったって話より、体調の方に意識が行くかね。その変な律儀さというか真面目さは、どうして身に付いたのか。
ぷっ、と起こった笑いが止むと、雫は楽しそうに目を細めながら言った。
「まぁ、ともかく。抜け駆けしてエッチなことしようとしちゃった、っていうのが一つ目の秘密」
で、もう一つはね。
雫はそう告げると同時に、澪と大河の方を向いた。そして真剣なトーンで、本当に懺悔をするように口を開く。
「私は、お姉ちゃんと大河ちゃんにずっと嫉妬してた。二人は、キラキラしてるから。お姉ちゃんは文化祭で、大河ちゃんは選挙で、友斗先輩に助けてもらって。そういう“物語”がある二人がズルいって思ってた」
「そんなこと――」
「トラ子、今はステイ」
「……すみません」
嗜めるような澪の口調は、決して冷たいものではなかった。むしろ姉が妹に向けるような、そんな優しさがある。
ありがとね、と言ってから雫は続けた。
「今も、私はキラキラしてないな、って思う。でもお姉ちゃんと大河ちゃんと友斗先輩……みんなのことが好きだから、『好き』で輝くって決めた。だからもう、今は嫉妬してないよ。私のキラキラは、ちゃんとここにあるもん」
「そっか」
甘いミルク入りのコーヒーに口をつけて、澪は慈しみのこもった声を漏らす。
「ありがとう、雫。言いにくいこと、話してくれて。雫のキラキラっていうのが何を指してるのか分からないし、私からすれば雫の方がキラキラしてるけど……多分、もう言葉は要らないだろうから一つだけ。私は雫が、大好きだよ」
「なっ、澪先輩! 人に黙らせておいて私が言いたいと思ってたことを言うのはズルくないですか?!」
「さあ? 速さが足りないんだよ。鍛えなおしな」
「この性悪!」
大河は澪に言い捨ててから雫の方に向き直った。
そのまま、私も大好きだよ、と真っ直ぐに言う。
堪えきれないとばかりに雫は二人の間に飛び込み、ぎゅーっとハグをした。
「もー! 二人ともありがとうっ! 私もお姉ちゃんと大河ちゃんのこと、大大大大大好きだよ!」
「ふふっ、ありがとう雫。でもトラ子と密着するのは嫌だから個別にハグしてほしいかな」
「澪先輩、そうやってわがままばかり言わないでください」
「うっさいな。トラ子はさほどサイズに差がないかもだけど私は違うからハグされると色々複雑なんだよ。相手の心情くらい想像したら?」
「サイズって……あ」
「その『あ』がめちゃくちゃムカつく」
「もうっ。仲が悪い二人も大好きだよっ♪」
くつくつと笑い合う三人を見て、ぽっ、と胸が温かくなる。
同時に、思った。
これ、俺いらなくない……?
◇
「さてと。じゃあ妹が頑張ったんだし、次は私の番かな」
暫くのハグの後、澪が口を開いた。大河が言いたそうにしているが、流石にこれ以上ケンカしていてもしょうがないと思ったのか、口を噤む。
澪はとんとんとマグカップの縁を指先で叩き、言葉を選ぶようにしてから言った。
「私は……私も、秘密は二つかな。まぁ大半は友斗に関することだし、そういう意味では友斗の秘密でもあるわけだけど」
「そう思うなら、俺に先を譲ってくれてもいいんだぞ? というか三人とも俺と関わる秘密を打ち明けるんだし、俺が先に言ってもいいと思うんだが」
「それはダメ。友斗はそこで正座して黙っとく」
「そうですよ、ユウ先輩。雫ちゃんが自分の口で言ってくれたんです。私たちも自分の口で言わなきゃ、ダメじゃないですか」
「さいですか……分かったよ」
言っていることは分かるので、こくと頷いた。
三人に秘密を打ち明ける役まで任せてしまうのは心苦しいけれど、きっと、それも必要なことだから。
「まず一つ目は……これも、雫と友斗は知ってること。私と友斗の関係の話」
「それって、ユウ先輩の妹さんの代わり、ってことですか?」
「ああ、そのことは話したんだ」
澪が俺に視線を寄越す。
「大河の家に泊まったとき、ちょっとな。勝手に言ってすまん」
「別にいいよ、隠すことでもないし。けど残念だったねトラ子。今から話すのは、それじゃない」
ごくんと大河が息を呑む。
澪は嗜虐的な笑みを浮かべ、そして言った。
「私と友斗は……セフレだった。中三から高一までの約二年、ね」
「せ、せふ? ええっと、あの……え?」
「くくっ、案の定混乱してる。いい気味だね。セフレだよセフレ。セックスフレンド。箱入り娘ちゃんに理解できるかな?」
「せっく――っ、へっ???」
目を白黒させる大河。嬉しそうに澪が肩を震わせると、こら、と雫が頭にチョップを入れた。
「お姉ちゃん、あんまりからかわないの。私だってお姉ちゃんにはちょっぴり怒ってるんだからね?」
「うっ」
「それぞれへの罰は後でってことで。とりあえず説明して?」
雫に言われ、澪はきまりが悪そうな顔をした。
俺も口を出したいのは山々だが、どう考えても藪蛇なのでやめておく。とりあえず大河が今にもショートしそうなので、ほれ、と飲み物を手渡した。
「あ、ありがとうございます……ん、んっ」
「はぁ。トラ子も落ち着いたみたいだし、説明するけど……って言っても、もうほぼ説明することはないよ。頻度は多いときで週二。シてたのは、この家」
「あー! だからお姉ちゃん、初めてきたはずなのにこの家に慣れてたんだ」
「ん、そういうこと。あとは……今はもちろんシてないし、シてた当初も愛し合ってはなかった。それくらいかな。質問は?」
と、澪が告げる頃には大河の顔は真っ赤だった。
その反応自体はうぶで可愛いんだけど、如何せん話題が話題だからなぁ……。
雫が大河を揺さぶると、大河はこちらをチラチラ見つつ、ぼしょぼしょと呟いた。
「あ、あの澪先輩……そのシたって言うのは、どこまで、なんでしょうか」
「どこまでって、そりゃあ、最後までだけど」
「ちゅ、中学生のときからですか……?」
「もちろん。そのときから私は処女じゃないし、友斗は童貞じゃないよ」
「しょっ、どっ!?!?」
「なぁ澪。絶対からかってるよな?!」
「でも事実だし。トラ子が聞きたいのもそういうことでしょ」
いやそうなんだけどね? それでも伝え方があるでしょ?
と、言おうとしていたとき。
口をぱくぱくさせた大河は、いよいよ雫の方に倒れた。
「う、うぅぅ……」
「おーい、大河ちゃーん」
「……雫ちゃん、少し休ませて」
「あ、うん。そうだね。ゆっくり休んで」
よしよしと大河を撫でる雫を見ながら、ふと思う。
雫もうぶだと思ってたけど、まだマシな方だったんだなぁ、と。




