七章#26 修学旅行の班決め
SIDE:友斗
球技大会の喧騒も、二日ほどすると冷めていった。
我がクラスは授業としての球技大会では総合優勝したものの、『おかわり球技大会』ではあっさりと三年B組に大敗を期したこともあり、喜ぶべきか悔しがるべきかよく分からない感じになっていた。
それでもまぁ、勝ちには変わりがないわけで。
これまでの流れならば打ち上げに興じているところなのだが、今回ばかりはそうもいかない。何せ、約二週間後には修学旅行があるのだ。
その他の行事こそ大規模なうちの学校だが、修学旅行はその限りではない。私立校のなかではむしろ慎ましやかな部類だろう。まぁそれは三学期に全学年で行く宿泊行事があるからなんだけど……それは今は関係ないので割愛する。
「じゃあそーいうわけで! 修学旅行の話を始めるぜー!」
と、教卓のところで仕切るのは俺……ではなく。
今回そこにいるのは八雲だった。
何故かと言えば、理由は単純。先日、八雲が修学旅行委員に任命されたからである。
修学旅行も学級委員が仕切っていい気もするのだが、学級委員にも現地でそれなりに仕事があるらしく、負担が集まりすぎるために別途で委員会を結成することになっているそうだ。まぁその辺の事情はどうでもいい。
「つっても、話は今配ったしおりに書いてあるのがほとんどだからなー。二泊三日で京都に泊まって、メインは各班での自由行動って感じ」
「雑すぎるでしょ」
「そーそー。やっぱり百瀬くんとは違うよねー」
「えーい、友斗と比べるんじゃねぇ! つーか、実際説明することなんてほとんどないんだからしょうがないじゃん!」
明け透けな八雲の口ぶりに苦笑しつつ、俺は話題に上がったしおりに目を落とした。
薄い本と言って差し支えないそのしおりの表紙には『修学旅行のしおり』と書かれている。小学校や中学校の頃を思い出して、くすり、と笑った。
開けば、中には色々とスケジュールが書き込まれていた。しかしまぁ、概要は八雲の言う通りだ。基本的には各班での自由行動で、適宜集合場所や集合時間が指定されている。
「あーもう! じゃあ早速だけど班を決めようぜ。班は四人から五人で一班な。男子も女子も、必ず二人は入れてくれ」
はい、と八雲が手を叩くと、教室は自由に動き回って班決めをしていい空気になった。LHRとはいえ授業中なんだしうるさくね……?と思うが、隣の教室からもガヤガヤと騒がしい声が漏れ聞こえたので、どこも今同じことをやっているのだろうと結論付ける。
さて……ということは、である。
我らにとって宿敵である『好きな奴とペア組め』の進化系、『好きな奴らと班組め』が襲来したということではないか。
『好きな奴とペア組め』ですら一般兵数百を一蹴できるほど強力なのに、それが進化するだなんて……絶望しかない。レイドボスの討伐難易度がイージーとハードで急に跳ねあがるアレみたいだ。四倍攻撃しても勝てない。
――と、少し前の俺ならばビビっていたことだろう。大勢が決まるまでは読書し、上手いこと三人組しか作れず困っていそうなところに入っていたに違いない。
しかし、今回の俺は一味違う。なんなら七味くらい違う。今朝作ってもらった豚汁に七味入れたし。あー、あれ美味かったなぁ……と、話が逸れた。
強力なレイドボスに対してプレイヤーが取るべきなのは、使用スタミナ三倍で使える四倍攻撃だけではない。
フレンドに救援要請を出せばいいのである。
「なぁ澪」
というわけで。
俺は席を立ち、まず真っ先に澪の席に向かった。
俺が声をかけると、澪はやや意外そうに顔をあげ、そしてふっと口の端だけで笑う。
「友斗、どうしたの?」
「その顔……完全に何言おうとしてるか分かってるよな」
「それでも言ってほしいと思うのが女の子だよ」
「……さいですか」
少し照れ臭いから分かってもらえるなら口にするのはやめようかとも思ったが……まぁそうはいかないよな。
大丈夫だ。照れ臭いには照れ臭いが、覚悟はしている。
「俺と修学旅行、行こうぜ」
「……いや、修学旅行は普通にみんなと行くでしょ」
「あっ、そっか」
あまりに当然な指摘をされ、間抜けな返事をしてしまう。
すると澪は、ぷっ、と可笑しそうに吹き出した。
「そういう友斗の抜け方、嫌いじゃないよ。可愛いし」
「――っ」
「やーい、照れてやんの」
「うっせぇ!」
そりゃ照れるでしょうよ、急にそういうこと言われたら。
澪はくすくす肩を震わせると、頬杖をつきながら口を開いた。
「ま、いいよ。行ったげる。私のところに真っ先に来るってことは、他の人に盗られるのが嫌だったってことだろうし?」
「ぐっ……やかましい。ずばずばなんでも見透かせばいいってことじゃないんだぞ」
「そうかもね。でも、嬉しかったから」
またそういうことを……っ!
反応に困るが、ここで照れて目を逸らせばまた攻撃されるのがオチだ。俺はなんとか平静を装い(多分装えてないが)、こほんと咳払いをする。
「それじゃあ他のメンツを集めないとだな。折角組めたのに人数の関係でバラバラにならざるを得ないとかありえそうだし」
「あー」
「ちなみに誰と組みたいとかあるか?」
澪がクラスメイトと上手くやっていることは知っている。だから特に組みたくない奴はいないと思うが、念のため希望を聞いてみた。
澪は逡巡の後、答える。
「男子は八雲くんか、そうじゃなくても彼女持ちがいい。私のこと少しでもそういう目で見てくるのは鬱陶しいし」
「容赦ねぇ……」
「あれ? 誰かさんが嫉妬しちゃうかもって気を遣ってあげてる部分もあるんだけど?」
「……別に、嫉妬はしねぇし」
「どうだか」
肩を竦め、女子は、と澪が口を開く。
「誰でもいい。鈴ちゃんは人気っぽいし」
澪が指さす先では、伊藤がクラスメイトに囲まれていた。クラスの中では俺も伊藤と仲がいいし誘おうかとも思っていたが、なるほど。あそこまで人気なら難しいかもしれない。
「分かった。じゃあとりあえず、八雲に声かけてくるわ」
「ん」
おつかいクエスト、スタートである。
八雲がいる方を見遣れば、あいつも男子に囲まれている。既に班が決まっている可能性もあるが……最近は二人で修学旅行の話をしてたし、きっと大丈夫だろう。
「なぁ八雲」
「おー! 友斗じゃん! ちょうどよかった。俺と同じ班になろーぜ」
「え、お、おう……いいのか、他の奴は」
思いのほかあっさり進みすぎたことに戸惑い、俺は尋ねる。
あー、と笑った八雲は、
「いーんだよ。独り身の奴らは今回協力してクリぼっち解決を目指すらしいから」
「……? なんだそれ」
「よーするに、協力し合って彼女作ろう大作戦中ってこと」
な? と八雲が小声で男子たちに言うと、みんな神妙な面持ちで頷いた。
すげぇな、目がマジだわ。
まぁ修学旅行だしな。そういうのも、定番っちゃ定番だろう。
「そーゆうわけで、彼女持ち兼イケメンの俺はお払い箱らしい。だから組もーぜ!」
「まぁそういうことなら。澪も一緒だからな」
「あ、それは知ってる。どーせそんなとこだろーと思ってたし」
「あっ、そう……」
まぁ俺もクラスメイトとは仲良くやってるが、主に仲良くしてるメンツは固定されてるしね。
さて、問題はここからだ。
残り一人をどうするか。女子なのは確定しているが、ここからが困った。
どうしたものか……と視線をスライドさせていると、伊藤と目が合う。ちょいちょい、と手招かれた。はて、なんだろうか。
八雲と別れ、俺は伊藤のもとに向かう。女子がたくさんいるのでやや居た堪れないが、まぁしょうがない。
「伊藤、俺になんか用か?」
「んー、それなんだけどさ。よかったらウチと一緒の班にならない?」
「は?」
思わぬ提案に驚いた。眉間に皴を寄せると、伊藤は苦笑いを浮かべながら言い足す。
「いやさー。百瀬くんは口が堅いだろうから言っちゃうんだけど。今ね、女子の間で修学旅行をきっかけに好きな男子といい感じのムードになれるよう協力しようって話になってて」
「ほ、ほーん……?」
どこかで、というかつい数分前くらいに聞いた話だった。
意外……ではない。冬星祭も近く、人肌が恋しくなる季節になるのだから。
「でさー。とりあえずはクラスに好きな男子がいる子を応援する方針でいこうって話になって、班の組み合わせを調整してるんだけど」
「けど?」
「そーすると、ウチが余っちゃうんだよねー」
「ああ、そういうことか」
それで『一緒の班にならない?』、ね。
納得した俺は、なるほどな、と漏らして頷く。
「そういうことならちょうどよかった。うちも、あと一人を探しててな」
「お、ラッキー。みおちーとも回りたかったしねー」
と、いうわけで。
結局おつかいクエストは、呆気なく完了した。俺は実質何もやってないじゃんとか言ってはいけない。これも今年の俺の人徳だ、きっと。
結局、現地でのスケジュールなどは後日昼休みに話し合うことになり、LHRは終わりを迎えた。
何はともあれ、修学旅行まで慌ただしくも楽しい日々が続きそうだな。




