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七章#24 対決

 球技大会は、あっという間に過ぎていった。

 それは忙しいからなのか、それとも楽しいからなのか。後者なのかな、と思えるくらいには楽しかった。

 バスケとバレーは大河が考えたように進行し、少し前に無事終わりを迎えた。


 男子バスケは三年B組、女子バスケは三年F組が優勝。

 バレーの方では二年A組が男子、三年B組が女子で優勝した


 と、いうわけで。


「ねぇ先輩。こーゆうのって普通、先輩に教えてもらったことを活かせて優勝、もしくは惜しいところまでいくものじゃないんですかね」

「そんなことを俺に言われてもな……これは現実だから、としか言えん」


 決勝トーナメント初戦であえなく惨敗した雫は、ぷんぷんとお怒りモードだった。

 お怒りっていうか、拗ねてるのか……?

 むすぅとむくれて観客席に座る雫を見て、澪はふふと笑う。


「どんまい雫。でも決勝トーナメントには出られたんでしょ? それだけでも充分頑張ったじゃん」

「うぅ……そうなんだけどさー。なんかこうも全競技で一年生が勝ててないと、ちょっと悔しくなっちゃうっていうかさぁ」


 ぶつくさと言いながら雫が見遣るのは、現在行われているサッカーの決勝戦である。

 そう、もうサッカーですらも決勝戦にまで辿り着いているのだ。その隣ではテニスの三年生予選が行われている。


「まぁ、それはしょうがないんじゃない? 二年生と三年生ならともかく、やっぱり一年生は体格的に……」

「それお姉ちゃんが言うの?」

「…………」

「澪、あまりにストレートに言われたせいで無言で傷つくのやめようぜ」

「あ、ごめんねお姉ちゃん! 悪意はなかったよ!」

「悪意がないのは余計に酷いんだよ雫」


 慰めるつもりが、がっくしと肩を落とすことになる澪。

 今度は俺と雫で澪を慰め、そしてくすっと笑った。くだらないことを話していられることが楽しくて、嬉しい。


 ――ぴぃぃぃぃ


 そんな風に思っていると、高らかにホイッスルが鳴った。

 サッカーのゴールが揺れ、点がきまったのだ。


 決勝戦を戦っているのは――二年A組と三年B組。

 ここで三年B組が勝てば、時雨さんたちのクラスの総合優勝が決定してしまう。

 そして現在得点したのは、


「八雲、ナイス――ッ!」


 八雲だった。

 今は審判席ではなく、観客席にいるからだろうか。気付くと、そう叫んでいた。


「おうッ! まだまだ行くぜー!」


 八雲はこちらを向いて、にかっ、と爽やかに笑う。

 嘘何それめっちゃイケメンじゃん。

 レモンスカッシュみたいな笑みと同時に、ぐっ、とサムズアップしてくる。太陽の光を浴びて、キラキラ輝いているように見えた。

 青春そのもののような眩しさに、目を細めそうになる。


「かっけぇなぁ、八雲」


 呟いた言葉は、思っていたよりもずっと嬉しそうに聞こえて、それがどうしようもなくこそばゆかった。

 体育祭のときにはきっと、俺はこんな風に言えなかった。

 応援する“理由”がないから、そういう“関係”ではないから、って踏み出さずにいた。


 あの日から今日まで、変わったものはたくさんある。

 そのなかでも一番変われているのが、俺自身なのだとしたら。


 それはとても、素敵なことだと思えた。



 ◇



 ――そして、テニスの決勝戦が始まろうとしている。

 サッカーは、なんとか八雲たちが勝ってくれた。よって現在、二年A組と三年B組が二勝ずつで総合優勝を競い合っている。


「最後にボクたちで総合優勝を争うなんて、なんだか楽しいね!」


 ネットを隔てて、せらせらと子供みたいに笑うのはチート性能の権化・霧崎時雨。

 その隣の男子は……ごめん、名前よく分からん。でも見たことはある。体育祭でも活躍してたっけ。

 時雨さんの言葉を受けて、はっ、と澪が鼻で笑った。


「楽しんでいられるなんて余裕ですね、霧崎先輩。そんなに私と友斗に勝つのが簡単そうですか?」

「ふふっ、まさか。キミはともかく、澪ちゃんは強敵だもんね」

「俺を『ともかく』カウントしないでほしいんだけど」

「事実だからね」「事実だし」

「あんまりだ……」


 苦笑いしつつも、事実なので口を噤んでおく。

 澪と時雨さんはネットを挟んでバチバチと視線を交わしていた。澪の挑発的な目とは対照的に、時雨さんはとても楽しそうに見える。

 澪や雫と違い、お団子ヘアーにしている時雨さんは、前髪を軽く弄りながら言う。


「なんだか懐かしいなぁ、こういうの」

「えっ?」

「思い出すよ、美緒ちゃんとキミと遊んでたときのこと」


 なんてね、と微笑を浮かべてから時雨さんはネットを離れ、定位置につく。

 嫌にノスタルジックで、妙にざらざらしたその言葉は、居心地悪く耳に残った。


「そういうこと……だから、あのとき……」


 と、呟く隣の澪の声には苛立ちがこもっていた。

 澪? と窺うように呼ぶと、はっとした様子で顔を上げる。


「ごめん、何でもない。まんまとあの人の思惑通りに動いたんだな、って思って悔しくなっただけ」

「は……? 思惑通りって一体――」

「分かんなくていいよ。たとえあの人の思い通りだとしても、全部私の意思だから。少しもあの人にあげるつもりはない」


 澪はそう、きっぱりと言い切る。

 きゅっと下がっている目尻は、しかし、少しも優しくはない。決意と怒気が綯い交ぜになっていた。


「勝つよ、友斗。あの人が何を考えてるのかはまだ分からないけど、それでも、負けてやるのは癪につくから」

「よく分からんけど……分かったよ。クラス優勝もかかってるしな」

「そういうこと」


 言って、俺と澪も定位置につく。

 じゃんけんの結果、時雨さんのサーブから始まることになっていた。

 ぽむ、ぽむ、ぽむとラケットでボールをバウンドさせる姿は、それだけでも既に様になっていた。


 他の競技が終わり、既に昼時を過ぎている。

 試合を見ずに校庭で駄弁っている生徒ももちろんいるが、大半は俺たちの試合に注目していた。

 ぶっちゃけ、緊張する。

 人前に出るのは慣れているが、それは緊張しないこととイコールでは繋がらないのだ。からからになった喉から、かはっ、と息が零れた。


「行くよ~」


 時雨さんはそよ風のような微笑に声を乗せ、ボールを空に投げた。

 雲一つない青空の星の如く飛び、そして落ちてくる球。時雨さんは軽やかに助走し、宙を舞った。


 ――白銀の妖精


 まさに、その言葉が適切だと思った。

 綺麗、では足りない。奇麗、も違う。華麗も美しいも形容するべく語としては不足している。

 刹那、スパーンと高くボールが鳴いた。


「澪ッ」

「分かってる――っ」


 サーブは、ちょうど俺と澪の中間を狙って放たれていた。

 厳密なルールがないからこそ、どちらかレシーブをするのか俺たちが迷うと思ったのかもしれない。

 けれども甘い。

 少なくともこういうときの俺たちは、阿吽の呼吸だ。お互いの体のことは嫌というほど分かってるんだからな。


「っ」


 相当に鋭いサーブだったのだろう。

 澪の返球は、やや不恰好なものになってしまう。それでも俺と同じくらいだが。

 あちらの男子は、きっちりとしたフォームで力強くボールを返してきた。狙うのは、俺がいるのとは対角線。ぐっと地を蹴り、全力で走ってなんとか返球に成功する。


 が、返した先には時雨さんが待ち構えていた。

 完全に読まれていたらしい。そのまま時雨さんは、すぽーんと力強くボールを放った。


 失点か――と、思ったそのとき。

 敗色ムードを振り払うように、澪がラケットを薙いでいた。


 一閃。

 鋭くコートに突き刺さったボールは、ターンと調子よく音を立て、ころころと転がっていった。


「よっし!」

「澪、ナイスっ!」

「お姉ちゃんすごーい!」


 ひとまず、一点だ。

 澪が小さくガッツポーズをするのと同時に、雫の声が聞こえた。俺もナイスって言ったつもりなんだけど、澪は雫の方を見てご機嫌に笑っているだけである。落差よ、落差。


「なんだ、口ほどにもないじゃん」


 澪はニィと口角をつり上げ、満足げに呟く。

 その割に汗凄いぞ、と思うが、口にするのはやめておく。凄い気迫だし、下手に何かを言ったら後頭部を射抜かれそうだ。


「澪、次サーブだぞ」

「ん、分かってる。誰かさんはさっきのサーブに見惚れてたみたいだし……私にも、見惚れさせてやるから」

「っ、無駄な対抗心はやめとけ」

「ちぇっ」


 子供っぽく舌打ちしながら、澪はサーブの位置についた。

 ぴぃとホイッスルが鳴り、澪も時雨さん同様にボールを空に投げる。


 そうして放つジャンピングサーブを見ながら、思った。

 澪にはとっくに見惚れてるんだよ、と。


 そして、もう一つ。

 マジで澪の威を借りまくることになるわ、と大河に心の中で謝りもした。

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