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七章#21 バスケ

 球技大会は順調に進行していた。

 俺たち生徒会は、基本的にトラブルが起こった際の対応や結果の記録、用具の準備や生徒の案内などを行う。そのためトラブルが起こっていない試合中なんかはかなり暇で、俺は審判席にしれっと混ざり、試合を観戦していた。


 きゅっ、きゅっ、きゅっ。


 体育館履きが擦れる音は、非常に軽やかで心地いい。バスケをやってるんだなぁと思う。隣ではバレーも派手にやっているのだが、俺の視線は専らバスケの方に吸い寄せられていた。

 伊藤にバレーを進めた分際で、とか言ってはいけない。今は各学年でのトーナメント中だから二年生は休憩時間だし、構わないのだ。


 ちなみに、全体の流れとしては、一年女子、一年男子、二年女子、二年男子……といった感じで行われてから、決勝トーナメントが男女別で開催されることになっている。そこまでにこなす試合数を考え、敗者復活はない。


 そんなわけで、バスケに割り当てられた二面中の一面では、雫たち一年A組女子が現在試合をしていた。


「入江さんっ」

「うん――ッ」


 やはりと言うべきか、試合の中心にいるのは大河だ。雫も練習したが、それはあくまで得点するための技術のみ。パスを繋いだり、ディフェンスを抜いてドリブルをすることは難しいだろう。

 その辺りは説明済みなのかもしれない。チームのパスは基本的に大河に回され、あいつがドリブル突破したり、フリーの選手にパスをしたりしてゴール近くまでボールを運んでいた。


 彼女らの相手は一年F組。雫や大河たちより5cmほど平均身長が高いように見える。そのせいもあり、一年F組メンバーは高いパスを出し合い、大河たちはパスカットしにくそうにしていた。


「やぁやぁ監督クン。女バスをにやにや見てどーしたのー?」

「……伊藤。絡む相手がいなくなったからって俺を狙うのはやめてくれないか?」

「えー、やだー。ほら、ウチら友達だしぃ? 友達見つけたら話すものでしょ普通」


 俺の知らない普通を繰り出しながら、伊藤は当然のように俺の隣に腰かけた。

 まぁ審判席って言っても椅子を多めに用意しちゃったし、いいんだけどさ。バレーに入るよう頼んだのが俺だっていう罪悪感はあまりないものの、やはり注意しにくい。友達って言われているからだろうか。


「あと、にやにやは見てないからな。後輩が試合やってるから応援してるんだよ」

「ふぅん。それって、会長ちゃん?」

「会長ちゃん……大河も、だな。それと雫」

「雫? ドロップ?」

「まんま英語にしただけじゃんそれ……大河と同じチームの子で、澪の妹」


 俺が指し示すとき、ちょうど雫にボールが渡っていた。ゴール下シュートを決めるには些か場所が悪い。

 雫は僅かな逡巡ののち、だむっ、とドリブルしてゴールに近づく。


「雫ちゃんッ」

「うんっっ」


 大河の声に応じるように、雫はレイアップシュートの動作に入った。

 はねるポニーテール。後ろから迫るディフェンスの手よりも早く雫は跳び、そしてボールを放った。

 うーむ……やはり練習してたときほど完璧ではない。

 しかしここは、なんとか雫の努力が実を結んでくれた。


 ゆらゆら、と揺れるゴール。

 リングの縁をぐるりと不安定に回ったのち、ボールはネットをくぐった。


「やっった!」

「雫ちゃんナイス!」

「えへへー!」


 雫と大河のやり取りを眺めつつ、俺も小声で、っし、と漏らす。

 すると隣にいた伊藤は、ぷっ、と吹きだした。つい、訝しむような視線を向けてしまう。


「なんだよ」

「いや、声ちっさ、と思って」

「ああ……まぁ、ここにいる以上、あんまり大っぴらに応援するのもよくないだろうからな」

「真面目だねぇ」


 真面目だろうか……? 多分妥当だと思う。だって審判ではないとはいえ、審判席にいる奴がどっちかのチームに肩入れしてたらよく思わないだろ? 少なくとも俺は思わない。

 或いは、そうやって思う俺が神経質なだけで、実際には誰も気にしないのかもしれないけれど。それでもこういうところではフェアに行きたかった。


 ぴーっ、とホイッスルが鳴り、試合が再開する。

 F組チームは巧みにパスを回し、ボールをどんどん運んでいた。


「で……そんなんだから、一年A組負けちゃってるけど?」

「負けてるって言っても、まだ二点差だろ。っていうかそんなに俺が応援してるところ見たいか?」

「見たいか見たくないかで言えば断然前者。みおちーが喜びそうだしね。動画撮ろうかと思って」

「動画はやめろ動画は。あと、もし澪を喜ばせたいなら雫の動画撮って送っとくだけで充分だぞ。あいつシスコンだから」


 これ以上応援話をしていても変なことをさせられそうな予感しかないので、話を移す。

 そうして話題に上がった澪本人がなぜ大好きな妹の試合を見れていないかと言うと、サッカーの女子枠に欠員が出たためである。補欠を用意していなかったので、急遽澪が出ることになったのだ。時間的にテニスの試合はもうちょい後だから、被らない限りはあっちに出てもらう。被ったときのために一応何人か女子に声をかけてはあるけどな。


 俺が澪への動画の献上を提案すると、伊藤はくつくつと可笑しそうに笑った。


「百瀬くんのより喜ぶんだ?」

「俺の動画を送ったら喜ぶって認識の方が、澪に怒られる気がするけどな」

「ま~ね。でも事実だし」

「そうか……」

「お、照れた?」

「照れてない」


 照れてないのは、まぁ、半分本当だ。澪ならそういうことを言いそうだし、驚きがないって意味では照れはない。

 と、そんなことを考えている間に今度は大河がシュートを決めた。二人ほどドリブルで抜いたあとの強引なレイアップシュートとか、かっこよすぎやしませんかね?


 その後も、試合は進行していく。

 五分前後半に分けて行われる試合も、前半が終わった。

 一分間のインターバルの間に雫を見遣ると、大河と一緒にこちらにピースサインをしてきていた。

 ……可愛いかよ。


「へぇ……モテモテじゃん?」

「っ、別に、そういうんじゃ……なくはないけど」

「あ、なくはないんだ?」

「ないって言おうと思ったけど、伊藤に嘘を言うのは違う気がしてな。友達だし」

「ふふっ、そーだねー。友達だし、なんならフラれてるしぃ?」


 言って、伊藤はけらけら笑う。

 フッた側としては笑っていいか迷うが、暗い顔をされた方が嫌だろうと思い、軽い笑みを浮かべる。


「あのさ、百瀬くん」

「ん?」

「ウチ、あのときなんか勢いで告っちゃったじゃん? 青春っぽいなー、みたいなのに中てられて」

「…………そうだったな」


 おそらく、だけれども。

 あの日伊藤が俺に告白してきたのは、あのときの昂った気持ちとか、校内に漂う文化祭ムードとか、そういうのが影響しているんだと思う。


「こーしてあの子たちとかみおちーを見てると、ちょっと後悔かも。ウチは恋に真っ直ぐ、みたいになれなかったからさー。その証拠に今は百瀬くんのこと、マジで友達としか見てないし。告白されてもフるもん」

「告白してないのにフる宣言される俺の気持ちよ」


 と、言いつつも。

 俺は伊藤の言っていることがなんとなく分かる気がした。

 雫も澪も大河も、自分の想いに真っ直ぐで、それを俺にも伝えてくれる。あんな風に恋に真っ直ぐになっているのは眩しいものだ。


 俺もいつか。

 そう思っていると、でもさぁ、と伊藤は言葉を続けた。

 ちょうど後半スタートのホイッスルが鳴り、試合は再開する。俺は伊藤とコート、どちらを見ていいか迷って、結局後者に目を向けた。


 だから、


「けど、恋に真っ直ぐで、眩しくて……そういうのって、キツそうだよね。ちょっとウチには、無理かな。恋以外に何かがないと。それだけじゃいつか、焼き切れちゃいそう。イカロスの翼みたいにさ」


 そう告げたときの伊藤が何を見ていて、どんな顔をしていたのかは、俺には分からなかった。

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