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七章#11 時雨さんとの下校

「お疲れ様です、百瀬先輩」

「お先に失礼しまーす」

「ん、おう。お疲れさん。気を付けて帰れよ~」


 生徒会室にて。

 今日も今日とて下校時刻が近づいてきたところで、仕事を終えた一年生ズが声をかけてきた。如月と現書記クンは職員室に書類を提出しに行っている。そのままあの二人は直帰する予定だ。


 月曜日はやや距離があったものの、一週間をかけてそこそこに距離が縮まってきた。仕事をしながら雑談していたおかげだろうか。

 わざわざ名前を呼んで声をかけてくれることにささやかな嬉しさを覚えつつ、にこっと笑って見送る。まぁ今は時雨さんと大河も生徒会室にいないから俺に声をかけただけなんだろうけど。現実を見てはいけない。


 そんな二人が出ていき、俺も今日の仕事の仕上げに入る。

 かたかたかたかたかったーん。

 頭悪そうにキーボードを強く鳴らして、フィニッシュだ。この後はちょっとした楽しみもあるし、何より明日は休みだからな。ちょっと気分がいい。


 と、考えていると生徒会室の扉が開く。

 見遣れば、外に出ていた時雨さんと大河がそこにいた。


「ユウ先輩、お疲れ様です。こちらは無事、手筈通り進みました」

「そりゃよかった、お疲れさん」

「はい! ユウ先輩も、今日も遅くまでありがとうございます」

「どういたしまして」


 肩を竦めて応じていると、時雨さんがふふと楽しそうに微笑む。

 うーむ……時雨さんは、俺と大河が話してるときにやたらと嬉しそうにするんだよなぁ。どうにも拭い切れないくすぐったさを覚えつつ、話を変える。


「大河も、今日はそろそろ上がるよな?」

「あ、はい。そのつもりです」

「んー? 今日は何かあるのかな?」


 はてと時雨さんが首を傾げる。

 別段隠すことではないため、俺は素直に答えた。


「今日、大河が家に泊まることになってるんだよ。その前に雫と澪の二人と買い物に行くらしいから」

「そうなんです。まだ具体的なことは決まっていないんですけど……一応、ハロウィンということで」

「へぇ?」


 興味深そうに目が見開かれると、ベイビーブルーの泣きぼくろが僅かに動く。

 滑らかな月のように口もとが微笑ましげに緩み、そうなんだな、と軽やかな声で呟いた。


「すごく楽しそうだね。ハロウィンってことは、仮装でもするのかな?」

「えっと……分からないですけど。流石に衣装を買うわけにはいかないので、仮装はしないんじゃないかと思います」

「あはは、それもそっか。残念だなぁ。大河ちゃんならお姫様とか似合いそうなのに」

「お姫様っていうかファンタジーな衣装を着せたら一番似合うのに決まってる人がなんか言ってる」


 言うと、時雨さんはくすくす笑った。

 別に大河を貶しているわけではないし、お姫様みたいな衣装だって似合うとは思う。元々が美人なのに加えて、どことなく顔立ちに外国人っぽいところがあるからな。

 しかし時雨さんの方がよっぽどだろう。明らかに精霊の泉とかに住んでそうだし。


「酷いなぁ……そんなにお姉さんの仮装が見たいのかな?」

「別にそういうわけじゃないから。従姉相手にそういうことを考えたりはしません」

「ふぅん?」

「……何その意味ありげな目」

「へぇぇぇぇ」

「大河もその目はなんだ⁉ いや言いたいことは何とか分かるけどやめて?!」


 時雨さんと大河にジーっと見つめられ、俺は居た堪れなくなって言う。

 まぁね? 肉親っつうか実の妹が初恋の時点で時雨さんに何を思ってもおかしくないしね?

 ……けど、違うのだ。時雨さんは昔から()()()()対象ではない。宇宙人とか妖精とか、そういう風な存在なのだ。


 とはいえ、そんなことをここで一から説くのもおかしいため、話を変える。

 時間もそろそろいい感じだしな。


「それなら大河は先に上がったらどうだ? 戸締りは俺がしていくし、あんまり遅いと三人でも不安だからな」

「過保()ですね。でもありがとうございます。お言葉に甘えさせていただこうと思います」

「お、おう。過保護を更に強調された後にそれを言われると複雑な気分だな……」

「ユウ先輩が心配しすぎなのは事実ですから。だって澪先輩がいるんですよ? 何かあると思います?」

「あー」


 言われて、ないわな、と思ってしまう。

 いや澪が夜に出歩いても心配なんだけども。でも最近の澪はナイフみたいに鋭いときがるからな……。


「そこで納得するのも澪先輩に失礼な気がしますが。まぁあの人のことなのでどうでもいいです」

「どうでもいいとか言ったよこの子……お前らマジで仲悪すぎない?」

「先にトラ子って呼んできたのはあっちですから。私は悪くありません」

「あ、うん。それはごもっともだわ」


 大河が澪に変なあだ名をつけてないだけマシかもしれないな。

 苦笑している間にも大河はてきぱき片付けを済ませる。といっても土日で持ち帰るほど逼迫しているわけでもないので、筆箱やファイルをしまう程度だ。

 すぐに片付けを終えると、スクールバッグを両手でちょこんと持ち、こちらに言ってくる。


「それではお先に失礼します。霧崎会長、今日もありがとうございました」

「ううん、楽しかったから平気だよ~。澪ちゃんと彼と、楽しんでね」

「はい、そうします! ユウ先輩も……また、後で」

「おう、また後でな」


 少し照れた感じで大河が言うので、俺も若干引っ張られた。

 後で会うのに一旦別れるのってちょっとこそばゆいな。大河を見送りながらぽりぽりと頬を掻いた。


「さてと。じゃあ俺たちも帰り支度しよっか」


 そうだね、と頷く時雨さん。

 それから二人とも片付けをする。パソコンの電源を落としたり散乱してる資料を元の位置に戻したりはするものの、基本的には大河がしていたのと同じなのですぐに終わった。

 あとは戸締り。さて鍵を閉めて職員室に戻しの行こうというところで、時雨さんが思いついたように言った。


「それじゃあ今日はボクが送って行ってもらおうかなぁ」

「……へ?」

「あれ、そんなに驚く? いつもは大河ちゃんを送っていってるんだし、たまにはボクを送ってくれてもいいかなーって思ったんだけど」


 突然の申し出にフリーズする俺。当たり前だ。時雨さんがこんなことを言うなんて珍しい。

 何が目的だ……?と疑るような視線を向けると、苦笑いを返されてしまう。


「別に何かを企んでるわけじゃないよ。キミとちょっと話して帰るのもありかなぁって思っただけ。それとも、どこか寄るところがあった?」

「えーっと。まぁ、俺もちょっと寄るつもりではあったかな」


 まだ信じ切れていないこともあり、やや歯切れが悪くなってしまう。

 時雨さんは不思議そうに首を傾げると、そっか、と呟いた。


「それならボクもついていくよ。その代わり、ちょっと送って?」

「え……マジで、なにか企んでない?」

「企んでないってば。愛しの従弟と時間を作ろうとしてるお姉さんの気持ちをそんな風に言うのはどうかと思うなぁ」

「日頃の行いを鑑みてほしいとは言っておくよ」


 特にこの前のアレな。俺は未だに根に持ってるぞ、討論会でのこと。

 ……が、まぁ、時雨さんがこうして手伝ってくれてることには俺だって感謝すべきなわけで。

 まして従姉弟って話をされてしまうと、断りにくい。


「分かった。なら、ちょっと付き合ってくれる? 自分以外の意見も欲しいところではあったし、ちょうどいいや」

「うん、もちろん。お姉さんに好きに頼るといいよ」

「そこはかとなく『猿の手』臭がするね、それ」

「キミ容赦なくない? ボクだって傷つくんだよ?」


 嘘つけ。時雨さんが傷つくとか、想像できないぞ。

 肩を竦めて笑い、それじゃ、とスクールバッグを肩にかける。


「まずは鍵返しに行こっか」

「だね」


 たまには、まぁ、時雨さんと一緒に帰ってもいいだろう。

 そう思ったのは、もしかしたら美緒の夢に時雨さんが出たからかもしれなかった。

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