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七章#10 ハロウィン

 金曜日の朝。

 夢を見て、それで自分の弱さを思い知って、それでもいつものように雫と澪と三人で登校していた。とはいえ流石に三人で傘を差して並んで歩くのは邪魔すぎるため、俺が一歩後ろに下がっている。


 ざたざた、ざたざた。

 嫌な雨が傘を叩く。水溜まりを踏んでしまったのかスラックスの裾がぴちゅりと濡れる。思いのほか冷たい雨水に顔をしかめて溜息をついた。


 雫とのことでいつまでも鬱屈な気分になっていれば、むしろ雫を悲しませてしまうことは分かっている。

 だから朝シャワーで目を覚まし、朝食を多めに食って気分転換したつもりなのだが……それでもこの雨だ。否が応でも気分は下がってしまう。


「雨だなぁ」

「雨ですねぇ」


 俺が呟くと、雫もわざと俺の真似をするように言った。


「先輩って、雨そんなに嫌いでしたっけ?」

「ん……別に、そういうわけじゃないが。それでも朝からこうだとな。ここ最近は晴れてたわけだし」

「あー……まぁ確かに。しかも、折角のハロウィンですもんねぇ」


 しみじみと言う雫に俺は苦笑を返す。

 その通り。今朝夢を見ているときにも思ったが、今日はハロウィンなのだ。やたらとコスプレをして渋谷に集まったりする、かの鬱陶しい行事である。

 ……ん?


「そう考えると雨も悪くない気がしてきたな。むしろ歓迎するまである」

「え、急に声が明るいんですけど……どうしたんですか一体」

「あれでしょ。ハロウィンではしゃぐ人のことを考えたら、雨の方がはしゃげないだろうからいい、みたいな妬み」

「間違ってないけどそこまではっきり言われるのは癪だな」

「間違いないんですか……そんなこと思っちゃう先輩も、当てられちゃうお姉ちゃんもちょっと性格が悪いです」


 ぐ……反論はできない。

 とばっちりを受けた澪も少なからず俺と同じことを考えていたのだろう。不服の意を表さない。ま、澪もどちらかと言えばハロウィンを嫌うタイプだよな。


「いやいや待てよ雫。よく考えてみろ」

「しょーがないですね。弁護の機会を差し上げましょう」

「弁護ってなんだ弁護って。俺は犯罪級に性格悪いの?」

「えーっと、あははー。本当のことを言っちゃうのはどうなんだろうなー、みたいな」

「幾ら何でも酷くないっ?!」


 言うと、雫はけらけらと笑ってから冗談ですよー♪と上機嫌に伝えてきた。

 澪が肩を竦めるのをよそに、俺は本題に戻る。いや本題っていうか雑談だけど。


「あのな雫。いつの間にかハロウィンはクリスマスやらその他のイベントに並ぶ行事みたいになってるけど、それはあくまで若者の間だけの話だ」

「は、はあ……」

「考えれば分かる。青春モノのラノベでも漫画でも、ハロウィン回なんてほぼ描かれないだろ? せいぜいスピンオフ的な形でハロウィン回があるだけで、その他のイベントのようにはならない」

「むむ……まぁ、言われてみれば。クリスマスと比べちゃうと、どうしても見劣りしますね」

「だろ? つまり俺みたいな奴がハロウィンに馴染めないのは当たり前なんだ。文句があるというのなら、もっとハロウィンの良さと伝えろって話だ」

「それ妬みですらないじゃないですか⁉」

「軽い逆ギレだよね、今の」


 当たり前である。

 実際、ハロウィンは本当にピンとこないんだよな。経緯みたいなところはテレビで特集していたりスマホのニュースに流れてきたりするが、イマイチ身近なイベントって感じがしない。

 ハロウィンというとどうしてもソシャゲのイベントやコスプレイヤーのコスプレ、神絵師さんたちのイラストUPなどが思い浮かぶ。


「ま、友斗の気持ちは分かるかも。ハロウィンとか正直どうでもいいし」

「だろ? まぁうちの学校だとハロウィンってことで色々とやる部活も多いんだが……そう考えるとむしろ、仕事だけが増えるって印象だしな」


 もっとも、その辺の処理は時雨さんがやってくれたんだけどな。俺は今、球技大会の詰めと庶務の創設に向けて色々と資料を作っている。

 あははと枯れた笑みを浮かべた雫は、少し考えた後、くるくると傘を回しながら言う。


「そーゆうことなら、今日はハロウィンを楽しみませんか?」

「「え?」」


 俺と澪の声が被る。

 雫はふっふっふ~とテンション高めに鼻を鳴らし、続けた。


「大河ちゃんを呼んで、ハロウィンパーティーをするんです! それで大河ちゃんに泊まってもらったら楽しそうじゃないですかー?」

「大河か……なるほど」


 一理あるな、と思う。

 〈水の家〉を作った日、寂しかったらうちに泊まれって話もした。しかし大河のことだ。いきなり自分の意思でうちに来るのはハードルが高いように思う。

 その点、こちらが一度呼べば、そのハードルはぐっと下がるだろう。


「確かによさそうではあるんだが……ハロウィンパーティーってなんだ? かぼちゃでも食うのか?」

「ん~? さぁなんでしょーね。それは私が放課後までに考えておきます!」

「テキトーだ……超テキトーだ……」

「むぅ。うるさいですよ先輩」


 回れ右をしてこちらを向いた雫は、頬を膨らませながら言ってくる。

 そんな可愛らしい姿に笑みを零し、俺は肩を竦めた。


「ま、いいんじゃないか? ハロウィンパーティーが何かは知らんが、楽しそうではあるし」


 唯一懸念事項があるとすれば、それは……。

 大河と複雑な関係である澪に目を向けると、はぁ、と嫌そうな吐息が聞こえた。


「別にいいんじゃない? トラ子がくるのは嫌だけど、来るなって言うほどじゃないし」

「「出たツンデレ」」

「二人の傘折るよ」


 傘の隙間からギリリと睨まれる俺と雫。

 だが、怖さよりも微笑ましさの方が勝ってしまい、ぷっと笑みが零れた。


「まぁそういうことで。後でRINEで聞いてみるか」

「ですねー。あ、お姉ちゃん。絶対ケンカしちゃだめだよ?」

「それは私じゃなくてトラ子次第でしょ。私は別に、ケンカ売ってるわけじゃないんだから」


 くつくつと笑いながら、俺たちは登校していく。

 そうして楽しく笑えたおかげだろうか。

 さっきよりも少しだけ、雨が悪くないものに思えた。



 ◇



「おはよー友斗! トリックオアト――」

「黙れ八雲そのカチューシャを外れどこから持ってきた」

「朝から当たりがきつくね?!」

「いいや、妥当だ」


 教室に入ると、真っ先に八雲がいた。

 しかもどこから持ってきたのか分からんが、ネコのカチューシャを装着している状態。可愛くもない猫なで声の『トリックオアトリート』を言わせまいと低い声でツッコみ、俺はそのまま席についた。


「でもよ~友斗。今日はハロウィンだぜ? 仮装するのは当たり前だろ?」

「学校で仮装をするなってのとお前のは仮装っていうより鼠の遊園地に行ったカップルみたいだったぞってのと朝からそれはきついっていうのとでツッコミが止まらないんだけどどうすればいい?」

「俺に聞かれても。俺はボケ要員だし」

「あ、自覚はあるのか」


 おうよ、とサムズアップする八雲。

 うぜぇ……。

 朝からハロウィンに囲まれすぎじゃないか? 俺が知らない間にハロウィンって二段階くらい進化した?

 俺が苦笑していると、八雲はこほんと咳払いをして仕切り直す。


「けどハロウィンって言ったら仮装が定番なのは事実じゃん? それか、逆にお菓子を用意しておくか」

「そういうもの……なのか?」

「さぁ。少なくとも俺の周りだとそんな感じだな」

「そうか……流石は友達百人」


 あと、如月の彼氏。

 どっちの肩書きでも納得できてしまうあたり、八雲は八雲だよな。最近の昼は俺と過ごすことが多いけど、それ以外のときは色んな奴と楽しそうに話してるし。

 それにしても、とハロウィンに思いを馳せてみる。

 流石に仮装は柄じゃないし、そうなってくるとお菓子か。何かあるかなぁとバッグを漁り、一時期噛みまくっていたブラックガムを見つける。


「八雲、お菓子ってこれでもいいか?」

「それ、トリートじゃなくてトリック寄りじゃね?」

「まぁそれは否めないな」


 プラスチックケースから二粒ほど取り出して八雲に渡すと、なんだか複雑そうな顔をし、ぱくりと口に入れた。


「からっ……くぅぅぅ。めっちゃ目が覚める」

「それならよかった。炭酸飲むか?」

「いよいよトリックじゃねぇかそれ!」


 半ギレ気味の八雲の目尻には涙が滲んでいた。相当キたらしい。コーラでも飲めば軽く痛くて気持ちいいんだが……無理強いはしまい。俺も行くべきじゃない領域に達しつつあるのは自覚してる。


 ある程度噛んで味がなくなってきたところで、ふぅ、と八雲は一息ついた。

 じっと俺を見つめ、あのなぁ、と言ってくる。


「俺はこれでいいけど、女の子にはもうちょっとマシなお菓子用意してやれよ? 特に雫ちゃんとか、こーいうの好きそうだし」

「あぁ……肝に銘じとく」


 あまりにももっともな指摘すぎて、俺は深々と頷かざるをえなかった。



 ――ちなみに。

 澪は如月に同じようなことをやられ、激辛スナックをあげていた。用意していたらしい。何気に抜かりがないよね、あいつ。

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