六章#30 討論会でバトれ
「――以上で、私の発表を終わります」
如月は、よどみなく自身の意見を述べた。
彼女が野球を実施するうえで挙げたメリットは二点。
まず、サッカーに比べて肉体接触の機会が少なく、怪我をする可能性が低いこと。
次に、サッカーに比べて一度に大きく得点することが可能であり、最後まで結果が読めないこと。
二つ目のメリットについては、なるほどな、と感心させられた。
勝負が全てではないが、大会と銘打っている以上、勝ちたいと思うのは当然だ。体育祭はA~D組、E~H組で赤と白で別れていたからクラスごとの身体能力の差は顕著に表れなかったが、球技大会はクラス別に行われる。なら、試合の途中で明らかに差がついてしまうことはあるだろう。
それでも逆転の目があれば、試合にもギリギリ身が入る。まぁ、それでも諦めるって人はいるだろうけれど。
「次に、一年F組入江さん。よろしくお願いします」
「はい」
続いて、大河がきっぱりと返事をした。
体育館によく通る声だ。やや固い気もするけれど、心配するほどではないと思う。
如月に代わってマイクの前に立つと、ふぅという小さな呼吸の後に大河は話し始めた。
「生徒会長候補の一年F組入江大河です。私が考える、サッカーを球技大会で実施すべきだと考える理由は二つです」
俺も考えるのは手伝ったが、これは基本的に大河が考えたものだ。大筋の原稿も大河が組み立て、俺と澪で赤を入れた。
だからこれは、大河の言葉だ。
「一つ目は、時間によって試合を区切ることができる点です。球技大会は授業として行われるものであり、時間やスケジュールも予め決まっています。しかし毎年このスケジュールが大幅にズレれてしまい、結果としてその日の各生徒の予定が崩れてしまう例があることを否定できません。その点サッカーであれば、多少の時間のズレはあっても概ねスケジュール通りに行うことができるはずです」
なお、これは伊藤談である。
球技大会が延びたせいで欲しかった限定コスメが買えなかったのだとか。久々に伊藤のギャルっぽい一面を垣間見た気がした。
「二つ目は、サッカーであれば全校生徒が一度は授業で履修している、という点です。一年生では男子も女子も、先月の体育の授業でサッカーを行いました。一方の野球はまだ一年生では行っていません。先生方に確認したところ、三学期に行うそうです。球技大会はあくまで授業の一環として行われる行事です。このことを鑑みると、サッカーを実施することが妥当なのではないかと考えました」
二つ目は、やや理屈っぽい。聞いたときには大河らしいなぁと思ったものだ。
実際、授業でやってもいないことを球技大会でやらせるのはどうなんだよ、って思うし、『おかわり球技大会』についてお伺いを立てにいったときに体育科の先生にもチョロっと話したら、「確かになぁ」と笑っていた。それで何かが変わるわけではないが、一定の妥当性はある。
「以上で終わります」
大河が一礼をすると、ぱらぱらと感心した風な拍手が起こった。
――なんか立派なこと言ってる感じがあるし、拍手しとくか……?
そんな軽い雰囲気だが、ひとまず温かい反応だったことに感謝する。ま、元々サッカー推しは多いし、それも理由の一つだろうけれど。
「それでは続きまして、双方の意見に対する質問に移ります。質問がある討議者はその場で挙手をしてください」
さて、本番はここからだな。
どれだけ耐えて、どれだけ攻めることができるか。大河のアピールタイムだ。
まず最初に手を挙げたのは――大河だった。
司会に指名され、所定の位置に立って述べる。
「如月先輩にお伺いします。先ほど野球はサッカーに比べて肉体接触が少なく怪我のリスクも低いと仰っていましたが、私がこの点を疑問に感じました。野球でも走塁の際などに肉体接触は生じますし、そういった肉体接触による怪我は決して少ないものではないはずです。加えて野球はバットや硬球など器具による怪我のリスクもあるのではないでしょうか。この点について、どのようにお考えですか?」
あくまで、相手が安全性を押し出してきたから質問している。
その体を守りながらも話す大河。
それに対して、如月は柔和な笑みを浮かべながら答える。
「質問、ありがとうございます。走塁の際の肉体接触ですか……考えてもいませんでした。確かに、そうケースも考えられるとは思います。しかしそれはサッカーも同じです。リスクをゼロにはできない以上、『怪我には注意するように』と喚起するほかありません。それでも怪我をしてしまうのなら……それは、勇気の証であり、勲章でしょう。いいじゃないですか、青春っぽくて」
「確かに」「やるなって言われてもやるならそいつが悪いよなー」「くっ、古傷が疼くぜ」「中二病やかましー」
「っ」
くっそぅ、まったく論理的ではないのに人心を掴みやがった。遠目にも、大河が渋い顔をしているのが分かる。
いいや、大丈夫だ。まだ立て直せる。流石に今の理屈に手放しで賛成しているのは全員じゃない。中には「そうか……?」って顔の奴もいる。
しかし――そうなんだよな。怪我の問題は言い出せばキリがない。怪我しにくいって言ったもん勝ちなところがある。
チッ、と思いつつ、俺は清聴を続ける。
ありがとうございました、と大河が告げると、次の質問に移った。
「次は……二年F組如月さん、お願いします」
攻守交替ってところか。
かちゃりと眼鏡の位置を直してから、如月は口を開いた。
「お伺いします。私は見ての通り文学少女なのでスポーツには疎いんですが……サッカーは最小で11人の選手が必要ですよね? 交代の選手を考えればもう少し増えるはずです。そうなると他の競技との兼ね合いで、出たくない人が出なければいけない可能性も高くなるのではないでしょうか。私自身、昨年は観戦に徹したかったところ本意でない競技への参加を余儀なくされた経験がありますが、入江さんはどうお考えですか?」
そう来たか……。
俺たちが考慮しなかった、スポーツが苦手な層に対して「あなたたちのことも考えているよ」とアピールしつつ、野球の優位性を示す質問だ。
野球とサッカーではさほど人数は変わらない気がするが、この質問をできた時点で選挙戦にはプラスに回る。
討論ではなく、あくまでアピール。
あっちもそのことは重々承知してるってことだ。
けれど――大丈夫なはずだ。
如月はわずかに瞑目してから答えた。
「なるほど。如月先輩のご指摘はごもっともだと思います。私が友人や先輩と話している中でも『サッカーでも野球でもどっちでもいい。どうせ興味ないし』という声が上がっていました。どちらにも参加せず、観戦していたい。そう思う方がいることは当然だと思います」
ほっ、と胸を撫で下ろす。やっぱり大丈夫だったな。
討論練習の際、澪は如月みたいな厭らしい攻め方をしていた。そのせいで正統派の大河はぼろ負けしていたが、ある程度は対応できるようになっている。
しかし、と大河は強く言って続ける。
「野球でもサッカーでも、人数にさほど差はありません。どちらかというとこの問題は構造的な問題なのだと思います。できる限りそれぞれが不本意な出場をする必要がないように調整したり、試合ごとに出場選手を変えたりすることによって配慮できるようにすべきだと考えます」
「……ありがとうございました」
なんとか、上手いこと打ち返せた気がする。
心の中で賞賛を送っていると、ふぅん、と小姑みたいな声が聞こえた。
ふと見遣れば、斜め後ろに澪が。いやそこにいるのは知ってたけど、お前その不服そうな顔やめとけよ……。
目が合うと、渋い顔をされた。
「ま、よかったじゃん。頑張れてるみたいで」
「お、おう……そんな嫌そうな顔で言われてもな」
「あの子は、天敵だし」
「あっ、そう」
ん、と目で合図をされ、俺は大人しく視線を前に戻す。
まだまだ討論会は始まったばかり。
また大河に質問の番が回ってきた――。




