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六章#27 四人で

「そんなわけで、だ。まずはどっちにつくべきかを決めるか」

「えっと、それっていつ決まるんでしたっけ?」

「当日相手と話し合って、だな」

「結構直前なんですねー」

「あぁ。だからこそ、その前から準備しておく必要がある」


 どっちについてもいいように、な。

 討論とは二つの意見を戦わせる、一種の協議だ。うちの討論会はそこまでシビアではなく、単純によりよい意見を得ようとするニュアンスが強いが、原理的にはポジショントークをすることが求められる。


「とはいえ時雨さんが相手だからなぁ。流石にどっち側につくかくらいは選ばせてくれるだろ。というか、そうしてもらるように俺が交渉する」

「ひゃー、かっこいいー」

「さすがはゆうとだね」

「棒読みヤメロ」

「百瀬先輩、ありがとうございます。頼りになります」

「えっ、あ、ああ……素直に感謝されるのも詐欺してる気分で微妙だな」


 クソ真面目で律儀な大河らしいっちゃらしいけども。

 気まずさを振り払うように、んんっ、と喉を鳴らす。


「はい、じゃあどっちがいいか意見がある人~」


 折角の会議なんだし、活発に意見交換をせねばなるまい。

 俺が聞くと、まず真っ先に雫が答えた。


「球技大会自体あんまり乗り気じゃないのでどっちでもいいです。どっちも怖いですし」

「それすぎる」

「二人とも⁉」


 俺も流れるように同意すると、大河が驚いたように声を上げる。

 が、こればっかりはしょうがない気がするんよ。


「そうは言っても、俺は球技とかあんまり得意じゃないしなぁ。苦手でもないけど」

「ですねー。っていうか私、基本的にインドアですし。球技大会でもみんなとは盛り上がるでしょうけど、何をやるかはどうでもいいかなーって」

「えぇ……役に立たな――んんっ。すみません、なんでもないです」


 役に立たないって言おうとしたようなこいつ⁉

 ……まぁいいんだけどね。自覚はある。俺も雫も、この中だと運動苦手勢だからな。俺はできないわけじゃないが、夏のビーチバレーで負けたこともあり、自信喪失気味だし。

 一方で、ここには時雨さんをも凌駕するくらいに運動が得意な奴がいる。

 澪を見遣ると、彼女は退屈そうにスマホを弄りながら答えた。


「私は、サッカーかな。走れるし」

「理由が雑ぅ……」

「うっさい。野球はルールややこしいし、一人じゃ勝てないし、正直つまんないんだよ」

「全国の野球少年に謝れってツッコミと、サッカーなら一人で勝てるとかお前は孤独のエースかよってツッコミが渋滞してる」

「というか……その理屈ならビーチバレーも一人では勝てないんじゃないでしょうか」

「細かいなぁ」


 澪が憎らしそうに大河を睨む。八つ当たりもいいところだ。お前ら本当に相性悪いのな。


「でも、そういうことになる気がしたので」

「気がしたからってわざわざ口にしなくてもいいじゃん。それにあの流れでビーチバレーを断れるわけないし」

「けれど澪先輩、かなり楽しんでいたような」

「ん……まぁね」


 拗ねるようにぷいっと澪がそっぽを向く。大河が申し訳なさそうにこちらを見てくるので、大丈夫だと首を横に振った。


「と、ここまで来れば分かったと思うが、俺たちの好みでどっち側につくかを決めたところで悲惨なことになるのがオチだ」

「あ、はい。それはなんとなく分かってました」

「私は真っ当な意見言ったのに」

「言ってないからな」


 運動バカキャラまで剽窃してくるんじゃありません。

 澪のことはスルーし、話を進める。


「百瀬先輩。それなら、どうやって決めるんですか? この議論って、どちらが勝ちやすいということもないと思うんですが……」

「簡単な話だ。民意に委ねればいい」

「え?」


 当然理解してもらえないので、俺は大人しくスマホを差し出した。

 画面には、


『サッカー派45%、野球は35%、どうでもいい20%』


 とと表示された円グラフがある。


「これは……?」

「昨日八雲に頼んで、全学年の男子が入ってるライングループで取ったアンケートだな。回答率は90%だし、俺みたいにこのグループに入れてもらってない奴もいるからあくまで参考程度だが」

「まだぼっちなんだ……」

「うるさい澪。もうここまで来ると参加したら負けって気がしてくるんだよ」


 八雲に頼んだときにも全然招待してくれる様子はなかったし。まぁ中立って言ってるのにこうやって協力してくれることが助かるのでいいんだけどさ。

 大河はグラフに目を落とし、ほぅ、と嘆息を漏らしていた。うむうむ。その反応は素直に嬉しいぞ。


「ありがとうございます、百瀬先輩」

「おう、そのお礼は素直に受け取っとく」

「やったの八雲くんなのに?」

「資料作ったのは俺だから。なんとなく学年別に仕分けたりしたの俺だから!」

「千々承知してます。本当に、ありがとうございます。必ず応えますから」

「お、おう……そこまで感謝されると気まずいな」


 澪をジトっと睨むが、ろくな反応は返ってこない。

 視界の隅で雫がくすくすと微笑していた。くすぐってぇ。


「この結果を考えると……今回はサッカー側につけばいい、ということですよね」


 ちょこんと手を挙げて言う大河。


「近いが、少し違うな。サッカー人気があるからサッカー側について、それでサッカーが選ばれたところで選挙にはなんらメリットがない」

「なら……野球側について逆転を狙うんですか?」

「できると思うか? 如月だけでも厄介なのに、時雨さんがブレーンとしてついてるんだぞ」

「…………無理、ですね」


 苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「でしたら……どっちもやる、ってことですか?」

「そういうことだ。具体的には、サッカー側につきつつ、野球も実施できるプランを提示する」

「実施できるプラン……でも、球技大会は先生方が主催なんですよね? なら難しいんではないでしょうか」


 こくこく、と雫も頷いた。澪は興味がないのかスマホに視線を戻している。

 大河の怪訝な視線を受けて、そうだな、と応じた。


「確かに、時間的にきつきつだ。サッカーにしろ野球にしろ、めっちゃ時間がかかるしな」

「なら――」

「けど、それじゃあ選ばれなかった側が可哀想だろ。みんな幸せが一番だ。白か黒かなんて、日本人には向いてないんだよ」

「そんな、めちゃくちゃな……」


 めちゃくちゃかもしれない。討論会の意図に反している。

 しかし、討論会での勝敗は重要ではないのだ。討論会は、あくまで選挙戦の一部なのだから、アピールポイントとして使うべきに決まっている。


「と言っても、大河が正攻法で戦いたいなら、俺はそれを止めはしない。所詮は討論会だ。きっちり話せるところを見せるってだけでも充分だろうしな」


 どうする?

 そう視線で問うと、大河は一瞬考えてから答えた。


「いえ。百瀬先輩の案に乗らせてください。必ず、勝ちたいので」

「ふっ、了解。じゃあプランを説明するぞ」


 言って、俺は昨夜用意した企画書を見せる。

 プランと言っても大層なものではない。球技大会の日の放課後、生徒会主催で『おかわり球技大会』を開くってだけだ。

 概要を説明し終えると、なるほど……、と大河は小さく呟いた。


「流石は百瀬先輩です。邪道なやり方をさせたら右に出る者はいませんね」

「褒めてるのが下手すぎるでしょ君」

「本心なので。でも、本当に凄いと思います。確かにこれなら、会長候補としての株を上げられる気がします」

「だろ」


 ふふんと胸を張ると、一気に照れ臭さが増した。

 こほん、と咳払いをして話を区切る。


「とはいえ、だ。このプランをいきなり出すのは、討論会の趣旨に反しすぎてる。ある程度は討論をしたうえで提示するのがいいだろうな。授業でやるのはサッカーって流れにもっていければベストだ」

「なるほど……そこは私次第ですか」

「そうなってくるな。もちろん、サッカーを推す理由とかを出すのは手伝うけど」


 この時点で既に俺が手を貸しすぎている節があるのだ。ある程度は、大河を信じて託すべきだろう。

 けれども、大河の表情はどうにも晴れない。


「私に……できますかね。如月先輩に、言い負けるかも」

「そればっかりは、大丈夫だ、とは言えないな。あっちは野球でも勝てるような話の持っていき方をするだろうし」

「そう、ですよね……っ」


 俯く大河。

 俺は雫と顔を見合わせ、こくりと頷いた。


「そーゆうことなら練習しよ! 討論の練習すれば、だいじょーぶだよ!」

「練習……?」

「うんっ。ですよねっ、先輩!」

「ああ。練習でできないことは本番でできないって言うしな」

「友斗に似合わない言葉だね」

「俺を罵倒するためにだけ話に戻ってくるのやめてくれませんかねぇ⁉」


 確かに努力とか練習とか熱い展開が似合う奴じゃないけれども!

 体育祭のときは一緒に頑張ったでしょう? あ、でもあれも一夜漬けだったか。

 澪は、ふっ、と笑ってから言った。


「別に罵倒するためだけじゃないし。討論の練習するなら、手伝ってあげようと思って」

「えっ、いいのか? てっきり『興味ないから部屋に戻る』とか言い出すのかと思ってたぞ」

「いや、本当はそうしたいんだけど……そろそろ雫にはテスト勉強をさせた方がいいから」

「「あ」」


 俺と雫の声が被った。

 そうだった。自分では問題ないって言ってたが、万一があると困るからな。この土日くらいは勉強に割こうと話していたのだ。


「あっ、そうだったんだ……ごめん、雫ちゃん。私のせいで――」

「ううん、平気だよ! っていうかほんとーは平気なのに二人が過保護すぎるんだよ」

「雫ちゃん。過保護の時点で過ぎてるから、過保護すぎてるって言うのは日本語としてちょっと」

「大河ちゃんが厳しい⁉ うぅ、分かったよぉ。そこまで言うなら大人しく勉強してくる」

「うんうん、雫はいい子だね。今日は雫が好きなもの作ってあげるから」

「そのお母さん目線やめてぇっ! なんか情けないよぉ」


 へなへなと声を上げる雫。がっくしとテーブルに項垂れるのを見て、三人で笑った。


「ま、そんなわけだから。面倒だけど練習相手になってあげる」

「あ、えと、はい。よろしくお願いします」

「ん」


 斯くて、澪と大河が討論をすることになった。

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