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六章#25 抵抗

「皆さん、初めまして。生徒会長候補の一年A組入江大河です」


 如月たちに完璧すぎる先手を打たれた以上、どうしたって大河の言葉は浮いてしまっていた。

 気が利いたジョークなんて、折りこめてはいない。

 ピンと背筋を伸ばしたまま、大河はめげずに続ける。


「ごめんなさい。私は、面白いことは言えません。だからその分、一生懸命公約を説明します。聞いてもらえたら嬉しいです」


 一礼。

 その後、大河は本題に入る。


「私の公約は大きく分けて三つです。一つは目安箱の設置と活用です。生徒会は――」


 生徒会だけでは見つけられないことを目安箱で見つけて云々。

 教科書通りのことを、教科書以上に真摯に語り続ける大河。その姿はクソ真面目という他ない。

 不器用さは、滲み出てたと思う。

 だって過剰なほどに教科書通りだから。面白いことを言えないとか謝るし、謝る口調も冗談めかした感じじゃないし。

 クソ真面目。その印象は俺だけでなく、他の生徒も抱いているはずだ。


「第二に、文化系部活動が活躍できる生徒会行事を三学期に開催します。これは、私が生徒会の手伝いをさせていただき、七夕フェスや文化祭などを通じて必要だと感じたことです」


 それでもなお、沈黙は痛くて。

 苦しいくらいに痛くて。


「この学校は、体育会系部活動も文化系部活動も、どこもとても活気があります。入学してからの半年間、私はそこがこの学校のいいところの一つだと考えました。ですが、見たところ、三学期には部活動が活躍できるような目立った行事はありません」


 如月たちが盛り上げたからこそ、静けさは嫌というほどに響いた。


「だから私は、三学期に活躍の場を作りたいと考えています」


 ぐっ、と唇を引き結ぶ。

 何か、してやれればよかった。先輩として何かしてやりたい。

 でもこの場は、大河一人で立たなくてはいけない。隣に立つことはできないし、そんなことをするのは、大河は一人で立てない弱い奴だ、と言うようなものだ。


「最後に。これらのことの他にも、実際に会長になることでやるべきことが見つかるのではないかと思います。そんなとき、たった五人の生徒会では、やらなくてはならないことに忙殺され、手をつけられずに終わってしまうかもしれません。

 事実、現在の生徒会は通常のメンバー五人に加え、私と学級委員長の百瀬先輩が常時助っ人に入っていました。私は未熟なので力になれていませんでしたが……百瀬先輩がいたからこそ、体育祭では新しいことに取り組めましたし、安定的に他の行事も行えたと思います」


 ふぅ、と自分を落ち着けるように一息。


「そこで私は、生徒会を恙なく運営していくための助っ人的な立ち位置として、庶務という役職の新設を最後の公約としたいと思います。詳しいことは、今後配布させていただく資料や玄関にて説明させていただきます。

 あと二週間、如月先輩に負けないように頑張りますので応援してくだされば幸いです。よろしくお願いします」


 大河が、深く一礼をする。

 怖くなって俺が瞑目すると、ぱちぱち、ぱちぱち、と拍手の音が聞こえた。

 それは如月たちと比べれば、遥かに少なくて小規模だ。票を約束するものではなく、どちらかと言えばお情けの拍手だろう。


 それでも――無反応より、ずっといい。

 俺は澪を頷き合う。

 澪は短く吐息を漏らすと、大河と代わってマイクの前に立つ。


「こんにちは。二年A組の綾辻澪です。今話していた、入江大河さんの推薦人としてここに来ました」


 言うと、澪はこちらを軽く睨んでくる。

 挨拶だけじゃないじゃん、とでも言いたげな顔だ。マジでそれな。入江先輩も時雨さんも、挨拶レベルの短さで爆弾を仕込んできた。

 俺が肩を竦めると、澪は渋々視線を戻す。

 そして、


「『朝、ぜひ会いに来てほしいな。みんなとたくさん話したいんだ。来週からはテストが始まっちゃうけれど……テストが明けたら、会いに来てくれると嬉しい』」


 時雨さんが言ったことを剽窃した。

 当然時雨さんが話していたのはついさっきだから、え? って空気になる。澪はそんな全体を見渡して、ふっ、と微笑む。


「なんて、私も霧崎先輩と思っていることが同じなので、真似しちゃいました。いや、いいこと言いますよね。《《一年生のときから生徒会長をやっていた人は違うなぁ》》。やっぱり、《《二年連続で生徒会長になるような人が生まれると面白いことが起きますよね》》。しかも《《人気の先輩の妹とかだと尚更だろうな》》って私は思います。あくまで私は、ですけどね」


 以上です。

 そう告げて下がる澪の顔は、「貸し1だから」と言っていた。

 本当にその通りだ。澪が起点を利かせてくれたおかげで、半矢くらいは報いることができた。なら後は、俺だな。


 けれども。

 俺はマイクの前に立って――あ、無理だわ、と気付いた。

 いやぁ、無理っしょ。こんなところで気が利いた台詞とか言えるわけがない。


「あー、どうも。美少女でもなければ人気者でもない、こんな奴が立候補挨拶のトリを飾っちゃってすみません。学級委員長やってます、百瀬友斗です。巷では綾辻姉妹のマネージャー扱いされてたんですけど、まぁ、今日はマネージャーっていうよりプロデューサーさん気分で後ろにいました」


 う、うーむ……?

 一部の男子はくすって笑ってくれたかなー程度か。そりゃそうだよなぁ。俺ってマジでカリスマ性ないんだよ。

 はぁぁぁ、と大仰に溜息をついて続ける。


「ほら滑った! この立ち位置、そりゃ滑るでしょうよ。だってそもそも相手がえげつないでしょ。絶対的な生徒会長と看板女優って……あの二人に勝てるのなんて、うちのクラスの綾辻澪くらい――って、ああ、ごめんなさい。その綾辻澪がもう一人の推薦人でしたね。ん……? ってことは俺ってマジで邪魔じゃね?」

「そーだそーだ!」「俺と場所代われー!」「羨ま死ねー!」

「容赦ない罵倒⁉ いやぁ民意こわっ。しかもほら、今巻きの合図が出ましたよ。さっきみたいな爆弾発言は許されてたのに、しがない男子の戯言は許されないとか。酷いわぁ」


 滑りすぎて泣きたい。いや実際にはもうちょっと笑いが起こっているけれども。

 だがまぁ、こうして話しているうちに、終着点が見つかった。


「まあそもそもこれは選挙であって、推薦人の喋りを競う勝負じゃないですからね。仕方ありません」


 だから、と言いながら、マイクスタンドからマイクを取った。

 意味はない。迫力あるかなーって感じ。


「来週この場所で行われる討論会で、どっちが生徒会長にふさわしいか決めましょうよ。未熟だけど推せるうちの入江大河と、ラスボス二人を引き連れる熟練者・如月白雪。この二人の勝負、ぜひとも見届けてやってください」


 やりすぎた感は否めないけれど。

 先にやったのはあっちだよなってことで、俺はどうにでもな~れな気分で乗り切った。



 ◇



「キミ、お疲れ様。凄かったね」


 立候補挨拶は終わった。

 討論会の議題が発表され、撤収しようかと思っていたところで、時雨さんが話しかけてくる。その手には二人分のコーンポタージュ。

 しょうがない。澪と大河に先に行ってくれと目で合図をして、片方のコンポタ缶を受け取る。


「そっちこそ。容赦ないじゃん」

「んー、ボクは容赦したつもりだよ?」

「あれでしたつもりなのか……容赦なくやるならどうしてた?」

「恵海ちゃんと反対側にキスをしてあげるよ、とか」

「えっぐ……そしてその戦い方はどうなの」


 自分たちの魅力を前面に押し出しすぎじゃないですかね。それなら女子ですらミスターコンに出たいとか言い出す可能性があるぞ。

 だがまぁ、その辺りの話を聞いたおかげで改めて気付いた。

 この人たちは、団結しているわけではない。


 何故なら、入江先輩の挨拶は、その前の如月の話と食い違うからだ。


 ――女子の皆さん。身近な男子の、普段は見れないかっこいい一面を見たくありませんか? 男子の皆さん、ミスターコンでいい結果を出した後に最後の三大祭で告白したくありませんかっ?


 そういう層に標準を定めたいのであれば、頬にキスっていう提案はそぐわない。

 意味がないとは言わないが、どちらの発言も最大限の効果を発揮できなくなるだろう。まぁその辺のことが気にかかる奴は少ないと思うけど。


「それなら、キミが会長をやったら? 女の子の魅力を推すだけのボクたちより、キミの方がいいかも。ミスターコンだけは受け継いで、『俺がグランプリを獲ってやるぜ』とか言ったらいいんじゃないかな」

「最悪すぎる。絶対にやらないから、それ」

「そっかぁ。残念」


 プルタブを開けて、ちみちみと時雨さんがコンポタを飲み始める。

 まだ秋なのに、もうこんな冬向けの飲み物があるんだな。

 そんなことを思いながら、俺も時雨さんに倣った。


「なんか、こういうの楽しいよね。キミもそう思わない?」

「思わない。それは勝ってる側だから言えるんだよ」

「そうかなぁ。ボクは負けてても楽しめると思う。キミだって、そっちで一緒に準備してて、楽しいって思わない?」

「それは……」


 そんなわけがない。

 そう言えるわけの方がよっぽどなかった。

 楽しいに決まっている。


「懐かしいなぁ」

「え? 懐かしい?」

「ううん、こっちの話」

「そっちの話なら懐かしいってことになるわけが分からないんだけど」

「そうやって気にしてばっかりだと、胃におっきな穴が開いちゃうよ」

「もうできてるかもね。それでも、気にしないで後悔するよりはマシだから」

「そっか」


 さらさらと風が吹くと、初雪みたいな髪が揺れた。


「ねぇ時雨さん。どうして、こんなことしたの?」

 

 問いは、ごく自然に出てきた。


「どうして、って?」

「幾ら刹那主義な時雨さんでも、流石に今回のことはおかしい。分かるでしょ」

「そうかな」

「そうだよ」


 惚けないでくれ。

 そう目で訴えると、時雨さんは肩を竦めた。口元についたコーンポタージュを舐めとる仕草が無邪気で、胸が痛んだ。


「なら探偵くんが当ててみればいい。ボクの動機は、なんだと思う?」

「…………」


 分からない。

 そう、分からないのだ。

 如月からは口頭で聞いたし、入江先輩は幾らでも予想がつく。姉として立ちはだかるとか、俺を試すとか、色々とな。

 だが時雨さんの動機だけは見当がつかない。


「まぁ、今考えるべきはそこじゃないかもね。キミは、ボクらに負けないような討論会の作戦を練らなきゃいけないわけだし。キミが上手く討論会に焦点を当てたおかげで、もしもそこで勝てればキミたちにも勝機が生まれるんだから」

「…………だね」


 そうやってがむしゃらに走り続けた結果が今回の対立なんじゃないのか?

 チリチリと頭を焼く言葉を、しかし、今はしまわなくてはならない。時雨さんが言っていることもまた事実なのだから。


「俺はもう行くよ。やらなきゃいけないことは、山ほどある」

「うん、そうするといい。大河ちゃんと澪ちゃんと、頑張って」

「あぁ」


 頭にチラつく違和感を無視したことを悔いるのは、いったいどれほど先のことになるのか。

 俺はこのとき、知る由もなかった。

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