六章#21 思いは届く
園芸部(および手芸部)への挨拶を終えて。
その後も予め目をつけていた部活に行くと、あっという間に時間は過ぎていった。
今日訪問できた部活は6つ。そのうち3つでは好意的な反応を得られたが、残り3つでは微妙な顔で「頑張って」と言われるだけだった。冷たくあしらわれなかっただけマシ、と考えるべきだろう。
勝率は五割。
低くはないが、高くもない。狙っているのは小規模な部活と大河が関わりのある部活だけだから、今日で確保できた票数は全校生徒の5%にも満たない。明日からの結果がどうなるかは未知数だが、今日のように上手くいくとは限らない。
「ふぅ。お疲れ様、大河ちゃん」
「う、うん……雫ちゃんも、お疲れ様」
「私は何にもやってないけどね~」
「そんなことないよ。雫ちゃんがいてくれたおかげで、私も頑張れたから」
「ふふっ。そう言ってくれると嬉しい。ありがとー!」
しかし、ゼロ勝では終わらなかった。半分もよい結果を残せた。集められた票は少ないし、こんなんじゃ価値には程遠いけど。
それでも――思いは届いたのだ。
今日回ると決めていた分はもう終わって、でもまだ帰る気分にはなれなくて、俺たちはグラウンドを眺めながらチビチビと自販機で買った飲み物に口をつけていた。
サイダーを選んだ大河といちごオレを選んだ雫が仲良さげに話すのを横目に、ほぅ、と俺も安堵の息を吐く。
思いは届く。
伝えようとすれば、伝わる。
そんなのは当たり前のことで、今更のことだった。
大河は夏休み、俺に伝えてくれたじゃないか。そのおかげで俺は間違いを正せた。澪とも話ができた。
なのに、また教えられちゃったな。
不器用で気高い大河の背中は、何度でも教えてくれる。忘れそうになったり、目を背けそうになったりしたとき、目を逸らすなと叱りつけるみたいに。
「あっ……よかった……いた……」
と、考えていると。
どこからか小さな声が聞こえた。小さいっていうか、小動物みたいな声。仔犬とか子猫とかハムスターとか、あとはあれだ。リス。
ん、リス……?
そういや前に園芸部に行ったとき、リスさんに出会ったな。
「えと、あの……百瀬くんと……入江大河さん……ですよね……?」
「「えっ」」
名前を呼ばれて、俺と大河は間抜けな声を漏らす。
そして、そこで初めて気が付いた。俺たちの目の前にいるちんまい女子生徒のことに。澪よりも更に小さいその人を、俺も大河も知っている。雫だけは分からない様子で、こちらを見てきていた。
「本多先輩。お久しぶりです」
「久しぶりなのです……シャバの空気、おいしいのです。ぷはぁ」
「「「…………」」」
どうして俺の周りって、ちょっとヤバい人が多いんだろう。類は友を呼ぶ? 知らない子ですね。
つーかシャバの空気ってなんだよ、シャバの空気って。
「あー、雫。この人は手芸部の部長な。三年E組の本多先輩」
「今は元が……つくのです……」
「――だ、そうだ」
「は、はぁ。先輩の周りって個性的な人が多いですよね」
「お前が言うなお前が」
雫は俺の周りって意味じゃ、一番俺の周りにいる奴だからな?
と、考えている間に、大河が口を開いた。
「本多先輩、その節はお手間をかけてしまいすみませんでした」
「全然大丈夫なのです……あなたのおかげで……爆売れしたのです」
「ば、爆売れですか」
「爆売れなのです」
断言だった。そうか、爆売れか。
雫は相変わらず訳が分からなそうだが、まぁいい。その辺の事情を説明するのには時間を要しそうだしな。
リス先輩こと(呼んだことない)本多先輩は、あれだ。めっちゃ高いカメラを持っていて、入江先輩の信者だったあの人である。
「それなら、よかったです。それで……私に何か御用でしょうか?」
「です……さっき、畠山さんから連絡を貰ったのです……あなた、生徒会長に立候補してるんです……?」
「は、はい」
戸惑いつつも大河が頷く。
なるほど。詳しい事情は知らんが、畠山に連絡を受け、俺たちを捜してくれたらしい。
「でしたら……渡したい物があるです。少し……待ってほしいです」
「渡したい物、ですか」
「です」
『です』を強調して言うと、本多先輩は肩からかけていたバッグを漁りだした。
うーん、なんだろこの小動物感。小動物だけど中身は微妙にヤバいから素直に可愛がれない感じが複雑だ。
少し待つと、本多先輩はバッグから何かを取り出す。
「これを……差し上げるです……」
「えっと。髪飾り、ですか?」
「です」
それは、花で作った髪飾りだった。
真っ白な花の髪飾り。
「本当は……恵海様の引退祝にと思って……家で花を育ててたのです。でも……やめたです。この花は……恵海様より、あなたに似合うです」
「似合う、ですか」
「です。絶対似合うです。だから……恵海様じゃなくて……あなたのために……作ったです」
受け取ってほしいです、と。
本多先輩は上目遣いで言った。
「こんなものに……意味がないのは……知ってるです。選挙も……私には……よく分からないです。でも――」
拙くて、弱々しくて、唐突で。
けれども本多先輩は、
「――頑張ってください、です」
大河の背中を押してくれた。
「っ……ありがとうございます。頑張ります」
よかったな。
俺は心から、心の中で呟いた。
◇
本多先輩は、髪飾りを渡すとすぐに帰っていった。三年生は三年生で忙しいらしい。
雫だけ仲間外れなのも可哀想なので事情を説明すると、そうなんですね、と慈母のようにはにかんだ。
「大河ちゃん、よかったね」
「うん……よかった」
「ふふっ。ねーねー! 着けてみてよ、それ! なんかすっごく綺麗じゃん!」
そう言われている大河の顔は、今朝よりもずっと明るい。
もしかしたらまた明日上手くいかなくて、曇ってしまうかもしれないけれど。
少なくとも今の晴れには、『あいにくの』ってつけなくてよさそうだった。
「えと、じゃ、じゃあ」
照れたように言って、大河は受け取った髪飾りを着ける。
以前貰った髪飾りを着けることが多かったからか、その手つきは慣れていた。
「で、できた……。どうかな」
「綺麗! すっごく綺麗だよ! なんかお姫様みたい! ですよね、先輩っ」
感想を求められて、俺もまじまじと大河を見つめる。
ややくすんだ金髪の中で咲く白い花。
これは……姫っていうか、あれだろ。
「女騎士が慣れない舞踏会に参加するときみたいだな」
「……? すみません、本当によく分からないです」
「許してあげて。先輩、大河ちゃんが綺麗だから見惚れてるんだよ」
「っ、そ、そっか」
大河は顔をしかめ、そっぽを向いた。
そんな顔をさせるのは本意ではない。今のは照れたんじゃなくて、本気で思ったことなんだけど、伝わらなきゃ意味はないだろうし。
「よく似合ってるぞ、大河。本多先輩が言ってた通りだ。その花は、大河に似合う」
「そう、ですか」
「あぁ」
その花の種類が分からないのだから、花言葉なんて分かるわけもなくて。
だからこそ、その花に込められた思いは、見る側が勝手に汲み取ればいいのだと思う。
「その花も、さっきの応援も、大河がしたことに返してもらったものだ。大河以外に似合う奴は絶対にいない」
「~~っ」
「だから、勝とう。返してもらったものの分、また律儀に返そう」
何故だかこのタイミングで、今朝の澪の言葉が頭をよぎった。
或いは、前向きになれたことで、視野狭窄から少しは脱せたのかもしれない。
一人で登校するのが嫌だ、とあの子は言っていた。
俺と雫と三人で登校できないことへの文句だったのだろう。俺たちは大河の朝立ちに付き合うため、一足早く出ていたから。
大河は言っていた。澪に不倶戴天の敵と見做された、と。
ならば澪は、大河に俺と雫が取られたような気がしてムッとしたのか?
本当に、そうか?
「大河。現状を打破できる策を、思いついたかもしれない」
完璧ではないし、成功する確証もない。
せいぜい少しはマシになる程度でしかないだろう。
だがそれでも、
「昨日の味方が敵に回ったなら、昨日の敵を味方にすればいいんだよ」
思いは届く。
そう信じたい。




