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六章#20 部活回り

 きーんこーんかーんこーん。

 今だけは、間抜けなチャイムの音が憎々しい。折角放課後を報せてくれているのに、どうしてこうも気分が晴れないのか。


 その答えは、今朝の結果にあった。

 大河と雫が一生懸命ビラを配ったおかげで、なんとか想定の八割くらいは受け取ってもらえた。が、それでも校内は如月の話題で持ちきりになっているのだ。


 時雨さんと入江先輩がバックにいるというインパクトに加え、公約にミスターコンを打ち出している。

 如月個人には興味がなくとも、退屈な高校生活の話題としてはぴったりなものだったわけだ。


 俺たちがビラを受け取ってもらえたのは、如月たちのおかげでビラを受け取る心理的ハードルが下がっていたからでしかなくて。

 俺たちが出した公約は、話題にすら出されない程度で終わってしまった。


「もーっ! 先輩も、大河ちゃんも! そーゆう暗~い顔をしてると上手くいくものも上手くいきませんよっ!」


 放課後。

 部活回りのために雫、大河の二人と合流してみたものの、やっぱり陰鬱な気分になってしまっている。

 ぷんすかと雫が怒るが、俺も大河も、苦い笑みを浮かべることすらできない。


「すまん……けど、こうも旗色が悪いとな。雫に手伝ってもらってるのも申し訳なくなるっていうか」

「ごめんね、雫ちゃん。私のせいで」

「初日から敗戦ムード! もう、ダメですってばぁ!」


 ぶんぶんぶんぶんと凄い勢いで首を横に振る雫。

 底抜けに明るく振舞ってくれているのは、とても助かる。雫がいなければ暗い空気になりすぎて大変だったろう。

 けれども俺には俺で、色々と思うところがあって。

 それはきっと大河も同じで。

 だからこそ、ダウナーになってしまうのはしょうがないことだった。


「はぁ。すまん、雫。ちょっと顔洗ってくるわ」

「そーしてください! 大河ちゃんも!」

「う、うん……」

「ほら行くぞ、大河。このままでいる方が雫に迷惑だ」


 ぽんと大河の背中を叩いて、俺はトイレに行く。

 手洗い場の鏡に映る自分を見て、確かに酷い顔だな、と思った。

 澪にも雫にも迷惑をかけてしまっている。選挙戦はまだ始まったばっかりなのにな。冷水でぱしゃぱしゃと顔を洗い、パシーンと頬を叩いた。


「あいったぁ」


 思いのほか力が強かったらしい。

 頬がひりひりと痛む。急に力を持ってコントロールできないパワーアップ後のキャラかよ!

 ――ふぅ、『いつも』を取り戻せたかな。


「悪いな、待たせた」

「大丈夫です。今来たとこなので♪」

「その嘘何の意味があるんだ……?」

「先輩の癒しになろうと思いまして。健気でしょ?」

「ふっ……だな」


 さんきゅ、と言うと、いいえ、と柔らかい微笑が返ってくる。

 大河はまだなようなので、俺はなんとなく今朝のことを話題に上げることにした。


「そういえば。澪が拗ねてたぞ」

「お姉ちゃんが?」

「ああ。一人で登校するのは嫌だ、って」

「あ~……うわぁ、お姉ちゃんらしい。めんどくさいなぁ、お姉ちゃん」

「そこまで言うか?」

「言いますよ――って、え? 先輩、もしかして気付いてないんですか?」


 マジか、みたいな顔で見てくる雫。

 気付くとはなんぞ。首を捻ると、はぁぁ、と深く溜息をつかれた。


「よ~く考えてください。私が言っちゃったら先輩のためにも、大河ちゃんのためにもならないので」

「……分かったよ」


 そうこうしている間に大河がやってくる。

 似合わない笑顔を繕う様は痛ましいが、無愛想な顔をしているよりもマシだ。今のところはこうするしかない。


「じゃあ行くか」

「はい。雫ちゃん、待たせてごめんね」

「ううん! 今来たとこだからだいじょーぶ!」

「……? さっきまで、いたのに?」

「定番ネタなのに……!」


 雫が戦慄を覚えたような顔をする。

 アホか。

 そう思ったら、可笑しくてけらけらと笑えた。


「えっと。最初ってどこでしたっけ?」

「最初は――園芸部、だな」

「園芸部」


 いつぞやの写真撮影を思い出す。

 七夕フェスのとき、大河は幾つもの部活に顔を出した。そのうちでも印象深かったのが園芸部と手芸部だと言えよう。


「頑張ります」


 大河は覚悟を決めた声で、言い聞かせるように呟いた。



 ◇



「どーもっす! あっ、いつぞやの変態カメラマンパイセンじゃないっすか!」

「先輩……なにやったんですか」

「何もやってないから白い目を向けんな。で、お前は今の発言を撤回しやがれ!」


 散々な出迎え方をしてきたのは褐色の少女だった。

 てっきり夏だからこんがり焼けているのかと思ったが、今でもまだ褐色のままだ。地肌だとは思えないし、かなり運動しているのかもしれないな。

 そういえば澪は運動してるくせに全然焼けてないよな……って、今はそれは関係ないか。


「えー、でもパイセンは変態カメラマンっすよね? この前に入江さんの写真を撮ってたときとか、まさにそうでしたし」

「そんなことないだろ……ただ話しながら撮ってただけだよな? え、なにお前はケンカ売ってんの?」

「目が怖いっす!」

「先輩、どーどー、です。落ち着いてくださいって」


 雫が俺と少女の間に滑り込み、囁いてきた。

 ぐぬぅ。文句は山積しているが、今日は応援を頼みに来たわけだし、抑えておくか。ほぅと息を漏らし、自分を落ち着かせた。


「えっと、雫。こいつは――」

「畠山(けい)ちゃんですよね。やっほー、慧ちゃんっ!」

「やっほーっす! 今日は何しに来たんすか?」

「んー、えっとねぇ」

「ストッープ! え、なにお前らって知り合いだったの?」


 スムーズに話が進もうとしているので声を上げると、雫と畠山がぽかーんとした顔で見てくる。

 え、なに当然のことを。

 そんな感じの目を向けられる。


「当たり前じゃないですか。友達ですし」

「そーっすよ。っていうか、二人は雫ちゃんと知り合いだったんすね。そっちの方が驚きっす」

「あー、なるほどね」


 同じ学年だし、活発な女子って意味では同カテゴリーだし、二人が友達でも何もおかしくはない。今更になって納得してしまった。

 友達がいなさそうな大河にジト目を向けると、ムッとされる。


「百瀬先輩が何を仰りたいのかは分かりませんけど、畠山さんとは私もたまに話しますよ。体育のときとか」

「えっ、ぼっちのお前が?」

「そこではいって言うのも複雑ですが、はい。七夕フェスで来てから、少し」

「マジか」


 なんだろう。先輩としてちょっと嬉しくなってきたぞ。

 目尻を拭う素振りを見せると、大河は無愛想にこほんと咳払いをした。


「畠山さん……というか、園芸部と、それから手芸部の皆さん。突然来てしまってごめんなさい」


 大河は一歩前に出て、部室全体に向けて言う。

 言われて気付いたが、確かに今日も部室には園芸部だけでなく手芸部がいた。この二つの部活は普段から一緒に活動することが多いのだそうだ。

 畏まった口調に戸惑う部員をよそに、大河が真摯に言い続ける。


「今日は、生徒会役員選挙での投票をお願いしに来ました」


 雫と目配せし、俺は部員一人一人にビラを配る。

 そこにはもちろん、公約について書かれている。自慢じゃないが、昨日大河が出した公約を分かりやすくまとめたつもりだ。


「時間は取らせないつもりです。少し、私の話を聞いてくれませんかっ?」


 祈るようなその声に、部員たちは顔を見合わせた。

 どうする? と尋ね合うような視線の交錯の後、畠山が代表して口を開く。


「いいっすよ。どうせ今はやることもあんまりないっすしね」


 にかっと快活な笑みを浮かべる。

 それを見て大河は、ほっ、と胸を撫で下ろし、真剣な顔で話し始めた。

 話の内容は昨日、大河宅で話したことに似ている。三つの公約を考えた理由や生徒会長になった際のビジョンなどを不器用ながらも丁寧に語っていく。


 その姿を見て、俺は嬉しくなった。

 朝の挨拶は上手くいかなかったけれど、それでも大河はブレていない。目指すものに対して誠実に、真っ直ぐに、クソ真面目に、入江大河らしく在り続けている。

 眩しいな、と思う。

 だからこそ応援したい。俺は、こんな風に在れないから。それでも大河の隣に立っていたいから。


「――私が生徒会長になった暁には、以上のことを実施するつもりです。一年生だから未熟だと思われるかもしれませんが……信じて任せていただけると、嬉しいです」


 話し終えたとき、大河は苦しそうに息をした。

 走った後のような息切れ。

 話すのに集中して、ろくに息継ぎもしていなかったみたいだ。


 果たして、反応は……?

 どうか届いてくれ。

 そう祈りながら畠山たちの方を向くと。


 ぱちぱち、ぱちぱちぱちぱち。

 そんな拍手が聞こえた。


「おおー! すごいっすね、入江さん! めっちゃ考えられててすごいっす! 尊敬したっすよ!」


 畠山は興奮気味な口調で大河に言う。

 大河の手を取って詰め寄ると、すごいっす、と何度も繰り返した。


「――って、すごいって言ってばっかっすね。けど本当にすごいって思ったんで! 会長になろうって、本気で考えてるんすね」

「もちろんです。生徒会長に、どうしてもなりたいんです」

「ふふっ、燃えてるっすね。その気持ちはよぉーく分かったっすよ」


 お、好意的か……?

 いやだが待て。この展開は『でも』と続いて、既に時雨さんたちが手を回しに来てるパターンかもしれない。

 もしそうだったらあまりにもえげつなさすぎるが、時雨さんのことを考えるとそれくらいしてもおかしくなさそうなんだよなぁ。


 不安で目を瞑りそうになっていると、スポーツドリンクみたいに爽やかな声が聞こえた。


「私、入江さんを応援するっす! パイセンたちは、どーっすか?」

「私も」「うん、私も応援するよ」「前に使わせてもらった写真、好きだったし」「いい子そうだしね」

「――だ、そうっす」

「っ」


 言葉にならない声を漏らしそうになったのは大河か、それとも俺だったか。

 素直に、嬉しかった。

 届いたんだ。届いてくれた。まだ指先がかすった程度でしかないかもしれないけれど。


「ありがとう、ございます! 期待に応えられるよう頑張るので」

「はいっす! 頑張っすよ!」


 畠山は、少年漫画みたいに拳を突き出した。

 大河は少し戸惑い、それから嬉しそうに微笑んで、こつんとグーで応えた。

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