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六章#18 笑顔

「お待たせしました」


 暫く経って大河が台所から運んできたのは、三人分のオムライスだった。

 なんだか大河っぽくなくて、可笑しい。

 食卓を囲み、ケチャップをかけてから、三人で合掌した。


「「「いただきます」」」


 三人だけど、いつもの三人とは違う。

 澪も連れて来ればよかったかな、と少し後悔した。四人なら、もしかしたらもっと楽しかったかもしれない。


「お、美味い……けど、かなり甘いな」

「すみません、普段作ってるのがこの味で。急に変えて失敗するよりはマシだと思ったんですが」

「ほーん、そうなのか。いやこれはこれで美味いから全然謝る必要ないぞ」


 フォローしているわけではなく、心からの事実を言った。

 大河が作ったオムライスは、玉子でくるまれたチキンライスが甘口だ。単にケチャップで炒めたのではなく、味を加えたのだろう。

 お子様用のオムライスって感じはするけれど、それでも玉子の方がしょっぱめに作られているからか、飽きないし美味い。


「うんうん、そーだよ! メイド喫茶、これを出してもよかったかも」

「め、メイド喫茶は……そんなに上等なものじゃないから」


 照れているのか、大河は謙遜しながらそっぽを向いた。耳の先っちょが仄かに赤らんでいる。

 それを好機と見たのか、雫はにまぁと笑って続けた。


「ならなら! 大河ちゃん、今日だけメイドしてみてくれない? 大河ちゃんにあーんしてもらいたい!」

「え、あ、あーん……?」

「うん! ケチャップかけちゃったし、萌え萌えきゅんするタイミングもなくなっちゃったから、せめてあーんだけ。ねぇねぇ、ダメっ?」


 雫は目を輝かせておねだりをする。

 あー、これはダメですね。断れるはずがない。ソースは俺だ。何度もあの目でねだられてきたが、一度たりとも断れたことがない。


「そ、そんなに言うなら……一度だけ」

「やった! じゃあお願い!」


 ワクワクした様子で構える雫に、はぁ、と大河は小さな溜息をついた。

 それは嫌そうなものというよりも、恥ずかしさを吐き出す吐息に近い。メイド喫茶にいたときよりも顔を赤くし、スプーンで雫のオムライスを一口分すくう。


「あ、あーん」


 ふるふると震える手は、しかし、辛うじて雫の口元にオムライスを運んだ。

 きゅぽっとスプーンをくわえる雫。


 ……うぅむ、悪くない。百合の波動をひしひしと感じる。


 大河がスプーンを引き抜くと、雫は唇についたケチャップをぺろりと舌なめずりした。それから、えへ、と小悪魔な笑みを浮かべる。

 大河はやりきったことへの安堵からか、ほぅ、とやや色っぽい息を漏らした。


「最高! よーし、しょうがないから大河ちゃんの公約三つとも賛成しちゃおう! 買収されてあげる」

「え、えと……ありがとう、でいいのかな」


 困惑気味に、けどいつもの雫のノリであることを悟る大河。

 弱々しく呟くと、雫がウインクしながら答えた。


「ありがとうございますご主人様、だよ♪」

「っ。あ、ありがとうございます。ご主人様……」

「雫のおねだりへの抵抗がなさすぎだろ……雫も、調子に乗るんじゃない」


 分かるよ、気持ちはめっちゃ分かるよ? けどやられすぎだし、やりすぎである。非常に眼福だったが、ここは間に入っておこう。

 軽くチョップをすると、雫は不服そうにむくれた。


「むぅ。先輩も見てて楽しかったくせに」

「…………」

「あ、これ絶対『否定できないけど肯定もしにくいよな』って顔だ」

「違うから。勘違いだからそういうことを言うのはやめなさい」


 百合って今までさほど興味があるジャンルじゃなかったけど、今度暇ができたらアニメ見てみてもいいかもしれん。

 そんな風に目覚めるくらいにはよかったのだけど、正直に言うのは大河の視線が怖いからな。あと、脳内澪が罰してきそう。


 苦笑しながら答え、俺はオムライスを食べ進めた。

 もちろん自分で、だぞ? 大河も俺にあーんしてくれる気はなさそうだったし――って、これじゃあまるで期待してるみたいじゃないか。

 あぁまったく。俺はダメな先輩だよ、ほんと。



 ◇



「まぁそんなわけで。庶務云々ところだけが不安要素ではあるな」


 食事を終えて、再度会議に戻っていた。

 大河が掲げた公約は三つ。目安箱はキャッチーさがない代わりに反発も受けにくいし、『冬の文化イベント』についても説明のしようでどうとでもなるだろう。

 無論、新しいことをするのは大変だ。しかし文化系部活に活躍の場を与えることが目的なのであれば、他の行事を元にすればいい。新しいことすぎず、ちょうどいい提案だ。

 けれども、生徒会の新役職についてはそうもいかない。


「第一に、庶務って役職を立てたところでメリットがない。公約ってのは、自分が受かったら皆さんにはこんなメリットがありますよ、って提示するもんだ。身内のことをどうこうするって話をされても、誰も魅力的には思わない」

「先輩、そこまで言わなくても」

「いいよ、雫ちゃん。百瀬先輩が言いたいことを、きちんと聞く。……お願いします」

「あぁ、そのつもりだ」


 初っ端から反対意見を並べ始めたこともあり、雫が気遣わしげに大河の手を握る。

 それでも大河は真っ直ぐにこちらを見据え、こくりと頷いた。

 妥協を許すべきではない。俺は先輩で、大河は後輩。俺は大河の補佐をすると決めた。ならば徹底的に議論すべきだ。


「第二に、庶務が生徒会と顧問の承認だけ選べるってのもまずい。そんなのマジで内輪の話だろ」

「っ」

「で、もう一つ。そもそも変えるのが難しいって話もある。選挙に向けて立候補挨拶や討論会があるのも、少ない生徒会を精鋭にするためだ。生徒会の構成を変えるには生徒総会で決を採る必要があるしな」

「それ、は……ッ」


 昼を食べているときとは打って変わって、大河は険しい表情になった。

 鋭い目は伏せられ、ぎゅっと唇を噛んでいる。


「意見があれば聞く。なければ、この公約はなしだ」

「――あります」

「ほぅ?」


 なら話してみろ、と目で伝える。

 大河は、すぅ、と息を吸い込んでから答えた。


「まず一つ目。メリットの話ですが、これは充分にあると思います。生徒会がたった五人では、現行の業務が忙しくて新しいことに取り組むのは難しいはずです。生徒会を増員することで新しいことに取り組みやすくなれば、結果としてメリットになるはずです」

「つまり説明次第、か」

「はい。生徒会と顧問の承認だけで庶務に就任できるようにするのも、あくまで庶務が実務的なサポートを担う役職だと説明すれば問題ないように思います」

「なるほどな……他とは立ち位置が違うってことか」


 大河は首肯した。

 その語り口は、どこか切迫しているように見える。


「変えるのが難しいという意見は……もっともだと思います。ごめんなさい。実情を知らない以上、反論できません」

「そっか」


 だからダメだ、なんて言うつもりはなかった。

 大河の持つ庶務に対するビジョンであれば、一概に変えるのが難しいとも言いにくい。新たな役職を作るというよりも、有志協力者に名目上の役職を与えることが目的のようだからな。


「ねぇ大河ちゃん。私からも、聞いていい?」


 俺と大河のやり取りを見ていた雫が、ちょこんと手を挙げた。

 もちろんと大河が言うと、雫は恐る恐るといった感じで尋ねる。


「どうして大河ちゃんは、そこまでして庶務が作りたいの? 先輩みたいに、助っ人って形じゃダメ?」

「ダメ、だと私は思う」


 即答なのに、言い切ってはいなかった。

 大河は、手探りで言葉を探し、続けて言う。


「そういう不確かで、不安定で、名前が付けられない立ち位置は……よくないと思う」

「私は、違う、って思うな」

「そっか。でも……私はこれが正しいと思うから」


 思う、思う、思う。

 そればかりだった。とても頑固で、もう他の考えを取り入れようとしていないように見える。

 はぁ、と俺は溜息をついた。これ以上は話してもしょうがない。


「この話ばっかりしててもしょうがない。ぶっちゃけ、公約なんてめちゃくちゃ気が利くものを思いつかない限りは大事なファクターでもないしな」


 ぱんぱんと手を叩き、この話を切り上げる。

 雫は何故か腑に落ちなさそうな顔をしたが、すぐに何でもなさそうな顔に戻った。


「あー、じゃあ次。明日からやることを確認するぞ」

「んー? 部活に行くだけじゃないんですか?」

「それだけだと、部活に入ってない奴に周知できないからな。古典的だが、朝立ちくらいはすべきだと思う」


 ……ちなみに。

 この空気の中で下ネタとか最悪だから具体的には言わないが、朝立ちとは()()()()ことではない。政治家が朝、人通りの多いところで演説活動をすることを言う。


「いいですね! 挨拶! 握手! ファンサ!!!」

「途中から若干違うが、そういうことだ」


 どう取り繕っても人気投票のニュアンスが否めない生徒会選挙だしな。ファンサもあながち間違いではない。

 やるよな? と大河に尋ねると、力強い首肯が返ってきた。


「なら作戦考えないとですねーっ!」

「さ、作戦? 挨拶に作戦なんてあるのかな……」

「もっちろん! 大河ちゃんのスマイルでみんなに元気を与えちゃうよ~!」


 ぶいぶい、と雫がピースをする。

 そのスマイルは俺と大河に元気を与えてくれたから。

 あながち冗談じゃないのかもしれない、と思えた。

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