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六章#17 罪悪感

「――と、こんなところでいいか」


 ひとまず今後の地盤固めについて説明し終えた。

 無数の部活のうち、大河を応援してくれそうな気風の部活をピックアップして説明したのだが……やはり数が多かったせいでかなりの時間が経っている。


「数、多いですねー。これ、明日から回るんです?」

「そういうことになる。うちは部活が多いからな。人数が多いところを狙っても効果は薄いし、数で稼ぐしかない。大河、いけるか?」

「もちろんです。折角百瀬先輩が考えてくださったんですから、私も頑張ります」


 そう答える大河の頬は、やや強張っている。出会った当初の大河を彷彿とした。それだけ気合が入ってる、ってことなんだろう。俺に啖呵を切ってきたときの大河は凄かったもんなぁ。


「それにしても先輩。たくさん調べてて……これって、大河ちゃんの立候補が決まってから調べたんですか?」


 もう無くなりかけている紅茶を口にしながら、雑談っぽ雫が聞いてきた。

 だがその問いに、俺は顔をしかめざるを得ない。何故ならば、その問いがある可能性を浮上させてしまうからだ。

 不安になって大河を見ると、案の定、後ろめたそうな顔をしていた。


「……やっぱり、百瀬先輩も生徒会を目指してたんですか? だから、自分が当選できるように調べてた、とかじゃないんですか?」


 事実、そう捉えられてもおかしくない。

 大河の立候補が決まっている時点ではここまで調べておく必要はなく、如月たち三人と争うことになって初めて綿密な情報を必要とするからだ。

 あの二人と争うことが決まったのは一昨日の夜。昨日一日でこれだけの情報を調べられるかと言えば、難しい。


 一方、俺は。

 俺が今年から生徒会長を目指していたとすれば、事前に調べていてもおかしくはない。二年生の枠は最大三人なわけで。会計クンがやめるって話は最近上がったものなので、それ以前から調査をしていたと考えれば矛盾は生じない。


 まして、屋上で俺が生徒会長に誘われているところをはっきりと見ていた大河のことだ。

 しつこいと分かっていても、俺が一度は否定した話を思い返してしまうのは仕方がない。


「違ぇよ。生徒会を手伝っているなかで得た情報を昨日帰ってからまとめただけだ。俺がそんな事前に選挙対策する奴なら、それ以前にもっと人に好かれる行動をしてる」

「確かにー!」

「確かにって言われるのもそれはそれで複雑だなオイ」


 が、まぁそういうことだ。

 しかしそれでもなお、大河の顔は浮かないまま。

 罪悪感は、消えない。俺はそれを、つい先日実感した。言葉を尽くせば伝わるわけではないし、そもそもこの気持ちは言葉にできるものじゃない。


 好き、だとか。

 そんな想いに昇華できるほど、確かなものならよかった。

 或いは、そのほかの。もっとおぞましい感情であれば、きっと自分を責めつつも大河を騙すことができた。


 そうではないから、せめて。

 こんなことに意味はないかもしれないけれど、美緒がそうしてくれたとき、兄のくせに随分と救われたのを覚えているから。

 俺は大河の頭を撫でようと、手を伸ばし――


「あっ、すまん」


 ――避けられた。

 明らかに、撫でられるのを厭うような避け方だった。

 咄嗟に俺が謝ると、大河はハッとした表情でふるふると首を横に振った。


「い、いえ、こちらこそすみません。急に手を出されて驚いてしまって」

「いや、今のはこっちが悪い。急に頭を撫でるとか、まぁ、普通にキモイわな」

「気持ち悪いとか、そういうことじゃないんですが……」


 大河が俯くのを見て、雫はふっと優しく笑んだ。

 それからこっちを見つめ、にやーっとからかうように言う。


「ほんとーですよ、先輩っ。女の子の頭を触るとか、ちょーセクハラですから。ちゃんと合意を取ってからにしてください」

「……だな。合意なしが許されるのはそれこそラノベ主人公だけだわ」

「ですですっ。あ、ちなみに先輩がどーしてもって言うなら、私のことナデナデしてもいーですよ! 特別に!」


 キラキラとした目で言ってくる雫。

 どこまでが素でどこまでも演技なのかは定かじゃないが、少なくともナデナデをご所望な感じではあった。

 だから、俺はあえて冷たく応じる。


「あ、それは大丈夫」

「むかーっ! なんでですか! 私の頭が撫でられないって言うんですかっ⁉」

「いやそうじゃねぇけど、今日の雫は髪型頑張ってる感じあるし、可愛いし、それを崩しちゃいそうで怖いし」

「あう……そーゆう不意打ちはよくないと思います」

「褒めないのは褒めないので色々言ってくるだろうが」

「ザットイズザット、ディスイズディス、です!」

「英語で言う意味とは」


 ぷふっ、と二人で吹き出す。

 けらけらと笑うと、大河もそれにつられて破顔した。

 ひとしきり笑って空気が軽くなったところで、俺はぎゅぅぅと空腹を訴える体の新語を受信した。

 もう昼時だ。朝食は遅めだったが、体内時計は割かし正確に動いているらしい。


「腹減ったな」

「あ、そーですねぇ……もうお昼ですし、なんか買いに行きます?」

「だなぁ」


 腹が減っては戦はできぬ。

 以前近くに店がないって話は聞いたが、ちょっと歩くくらいは気分転換になっていいだろう。

 そう考えていると、それなら、と大河が声を上げた。


「私が作りましょうか?」

「え、またか……? 別に俺と雫を客人扱いする必要はないんだぞ。今は仲間だ」

「うん、そーだよ。大河ちゃんは気を遣わなくても――」

「お礼、きちんとしたいから。私が百瀬先輩と雫ちゃんにできるのは、これくらいだから……もし嫌じゃなければ、振舞わせてください」


 大河は、はっきりと言った。

 どこか縋るようにも聞こえる声。


「そ、それに……その。できれば二人には、私が料理を作ってる間に見てほしいものがあるんです」

「見てほしいもの?」

「はい……公約を、幾つか作ってみたので。ダメですか?」


 恥ずかしそうに、誇らしそうに、大河は言う。

 その様子を見たら、くすっと笑みが零れた。それは雫も同様だったようで、俺は雫と二人で肩を竦める。


「分かったよ。そういうことなら、公約を見せてもらおうじゃないか」

「ふっふっふー。雫ちゃん、プレゼンをするならお昼のメニューはよぉく考えた方がいいよ。ちょっとやそっとじゃ買収されてあげないんだから」

「……なんで急に悪徳企業みたいなノリになったんですか」

「「なんとなく」」

「…………『類は友を呼ぶ』って言葉、今改めて実感した気がします」

「おいちょっと待て雫と同類扱いすんのはやめろ」

「そうだよ大河ちゃん私は先輩とは大違いだから」

「そういうところですよ、二人とも」


 大河は柔らかい表情で言うと、一冊のノートを俺たちに渡し、台所へ向かった。



 ◇



 大河が考えた公約は、全部で三つだった。

 一つは目安箱の設置と活用。うちは何だかんだ目安箱がないからな。ぶっちゃけ目安箱に入る意見がしょうもないものばかりだったので取りやめたんだけど、やり方次第では工夫できるとは思う。


「めっちゃ大河ちゃんらしい公約ですよね」


 とは、雫談。俺もそう思う。生徒会選挙に出ようとする中高校生の半数くらいは目安箱の有効利用を公約に掲げるだろう(個人の感想です)。


 二つ目は、三学期に文化系部活が活躍できる行事を主催すること。仮題『冬の文化イベント』としよう。

 七夕フェスと文化祭を終えると、活躍の機会を得られない部活は多い。冬星祭で出番が回ってくるところも多々あるが、確かに三学期には行事が少ないので、これも悪くはない。生徒会を手伝うなかで考えたことなんだろうなと思って、嬉しくなった。


 で、三つ目。


「……これ、絶対先輩のためですよね」

「俺っていうか、俺を見てたからこそ生徒会のために、って感じだと思うけどな」

「それでも、ですよ」


 三つ目は、生徒会に庶務という役職を設置することだった。

 生徒会と顧問の承認のみで任命できる役職であり、実質的な助っ人ポジション。内申などにも影響を及ぼす、正式な役職にしたいということらしい。


 よかったですね、と雫が呟く。


「私、嬉しいです。大河ちゃんが先輩のこと、こんなに大切に想ってくれて」

「……嫌じゃ、ないのか?」

「ない、ですよ。二人を引き合わせたのは私ですし、こんなことで病んじゃう地雷系の女の子じゃありませんから」

「そっか」


 きっと、と思う。

 雫は分かっているのだ。大河が俺を好いていてくれることに。あの夏祭りの日に大河にいた時点で、察しているのだろう。

 それくらいに雫は、誰かの心の雫を大切に拾ってくれる。


 俺もそうなれたら、と思った。



 ◇



「だからこそ、これでいいのかな、って思いますけど」

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