六章#15 作戦会議
激動の金曜日を終えて。
それでもしれっと「やぁ」って感じで居座る土曜授業を乗り越えて。
ようやく休日たる日曜日がやってきた。
休日。休む日、である。
が、最近の俺にとっては実際に休めた日の方が少ない。文化祭準備の最中には締切に追われたり、家で仕事を処理したりしていた。思えば先日の振り替え休日はかなり久々の『オフ』と呼べるオフだった気がする。
さてはて、では今日は休める休日なのか休めない休日なのか。
答えから言ってしまうと後者だった。
週明けからは本格的に選挙戦が始まる。
正直に言えば、まだ様々な言葉が胸の中で蟠ってはいる。罪悪感は、消えない。
でも、だからこそ。
正しくて強い大河の背中を押すくらいのことはしたいと思う。そうやって、先輩をちゃんとしたいと思うのだ。
そんなこんなで今日の俺は、大河と選挙についての打ち合わせをすることになっていたのだが。
「雫さんや。どうしてお前さんまでついてきてるのかね」
「急に老後の縁側みたいなノリはなんなんですか……あっ、もしかしておじいちゃんとおばあちゃんになっても愛し合おうっていうプロポーズ的な?」
「これはそういうのじゃないし、仮にそうだったとしてこのタイミングとノリで言われて嬉しいのかよ……」
「んー。どーでしょうね。日常会話のノリで『そろそろ結婚するか』『そーですねぇ』みたいなプロポーズも憧れるかもです」
「そ、そうなのか……」
隣を歩く雫は、唇に指を当ててあざとく考えてから答えた。
なるほど……俺も想像してみるが、それはそれでエモいかもしれない。めちゃくちゃ歴史を刻んでる感じがある。
けどまぁ、それって本当に長い付き合いの相手とだけだよな。
「で、なんでいんの?」
「繰り返された?! っていうか先輩、そんなに私がいるのが嫌なんです?! 倦怠期ですかそうなんですかっ?!」
「いや、別に雫がいるのが嫌なわけじゃなくてだな……」
むしろ喜んでしかるべきだろう。とびきりに可愛い後輩との休日。これを嫌がるなんて、どこかに致命的なエラーを抱えているとしか言えない。
だが、それはそれ、これはこれ。
「今日、大河のところに行くって言わなかったか? 雫と出かけるわけじゃないんだぞ」
「むぅ、分かってますよ。まぁ確かにたまには私と一緒におでかけしてほしいなーって思わなくはないですけど……」
ツンと口を尖らせる雫。
そりゃそうか。雫が中学校の頃は、少なくとも月に一度は出かけていた。忙しくても雫に誘われたら時間を作っていたし、そうして誘われることを先輩冥利に尽きるな、なんて思っていたはずだ。
すまん、と本気で謝ると、雫は困ったように笑った。
「もーっ! そんなマジな感じで謝るのはやめてください。冗談ですよ、冗談。あ、冗談と言っても嘘ではないですけど……わがままな女の子の可愛らしいおねだりだと思ってください」
「わがままなぁ……雫よりも澪の方がわがままだし、雫はむしろ良心的じゃね?」
「それを言っちゃおしまいです!」
自覚はあったらしい。そうなんだよな。もはや雫はわがままではなく、普通にいい子なのよ。小悪魔っていうより天使な感じがして、今日もちょっと頭を撫でてやりたくなっていたりする。
と、こんな無駄話をしていてもしょうがない。
目的地まではそこそこ歩くとはいえ、本題に戻らないとダメだな。
「で、改めて聞くけど。どうしてついてきてるんだ?」
「もう……三度目の質問とか、先輩って本当に鈍感さんですよね。そんなの、私も大河ちゃんを手伝うからに決まってるじゃないですか」
「ほーん……ん? は? え、ちょ、今なんて……?」
訝しむように雫を見つめると、むくぅっと頬を膨らませて言ってきた。
「だ・か・ら! 私も大河ちゃんを手伝うんです。昨日話して、そーゆうことになったんですよ。っていうか、なんで聞いてないんですかー?」
「いや、そんなこと言われてもな……今日話せばいいと思ってたから、昨日は会議の詳細を話して終わったし。大河に言われなきゃ、『雫に手伝い頼んだのか?』なんて言わんだろ」
「はぁ~。ほんっっと、先輩は先輩ですねー。悪い意味で」
やれやれ、と呆れた風に溜息をつく雫。
うーむ、申し訳ない。一緒についてきてるんだし、確かにそういう可能性もあったんだよな。生徒会と雫が俺の中で結びついていなかったせいですっかり選択肢から外していた。
「すまん。……で、ありがとな。どう考えてもヤバいし、雫に手伝ってもらえて助かるわ」
俺が言うと、雫はぽかーんと間抜けな顔をした。
「雫?」
「……えっと。先輩は、私に手伝ってもらえると助かるんですか?」
「は? そんなの当たり前だろ」
「そ、ですか……そっか。えへへ」
「なんだその反応」
なんでもないです、と雫はふんあり笑う。
変な奴だ。こんな程度のことで照れる付き合いでもないだろうに。
思えば、である。
家族以外で俺が一番長い付き合いをしているのは雫だ。ま、結果的に雫も家族になっているわけだけど。
きっと雫は、分かってくれる。
だからこそ俺も分かりたいし、分かろうとするべきだ。
――なんて思うのは、雫より長い付き合いの時雨さんともまた、すれ違っているからなんだろう。
あの人が考えていることは、分からない。
「先輩。お顔が暗いですよ。笑ってください」
「ん……そんなにか?」
「はい、そんなにです。ぶすーってしてたら大河ちゃんもつられちゃいますし、そんなんじゃ負けちゃいます。笑う門には福来る、です」
にぃぃ、と雫は120点をつけたくなる可愛い笑顔を見せてくる。
あぁ。雫が来てくれてよかった。
雫の真似をして笑いながら、俺は心からそう思った。
◇
会議の場所は大河宅ということになった。
近所のファミレスでもいいと思ったが、大河は案の定、長居するのに後ろめたさを覚えるタイプだった。
今から考えれば、その時点で雫がくることは決まっていたのだろう。男一人を家にあげるのは流石に躊躇う気もするしな。
そんなわけで、大河宅。
ここに来るのは今回で二回目。
相変わらず立派だが、古めかしい家だった。ここに一人で住んでるんだな……と思うと、何とも言えない気持ちになる。
ぴんぽーん。
ベルを鳴らすと、トタトタと足音が聞こえた。
「百瀬先輩と、雫ちゃん。おはようございます」
「ん、おはようさん」
「おはよーっ!」
「今日はありがとうございます。どうぞ入ってください」
「おう」「うんっ!」
今日の大河は、なんだかとても生活感のある服を着ていた。
寝巻や部屋着ではないだろう。が、外行きの服って感じでもない。ラフなシャツとパンツ(もちろん下着のことじゃないぞ)を履いた姿は、キャリアウーマンの休日を彷彿とする。
大河に通されたのは、前回勉強会で使った部屋だった。
チクリと胸が痛む。今日は、あのときの半分しかいないのだ。
「飲み物、用意してきますね。何がいいですか?」
「お構いなく」
「お構いなくではなく、何がいいか聞いてるんです。来客なのに何も用意しないのは私が気持ち悪いので素直にもてなされてください」
「あっ、そうっすか……ならコーヒーで。砂糖多めだと助かる」
「私は紅茶がいいかなぁ。ミルクも欲しいかも」
「分かりました。少し待っていてください」
大河は台所の方へ向かう。そういえばあのときは八雲と二人で飲み物を買いに行ったんだっけ。
――って、ダメだな。こんなことを考えていたら暗い気分になる。雫も言っていたが、笑わねば。
笑う、そうだ。にっこにこだ。にっこにっこ(自主規制)だ。ラブなライブに立てる勢いで頑張ろう。
自分でくっだらないことを考えて笑いつつ、大河が用意しておいてくれたパソコンを起動させる。
慣れない機種を使うなら自分のを持ってきた方がいいかもと思っていたが、この機種ならさほど勝手も変わるまい。少し安堵する。
「なんかあれですね、先輩」
「ん、あれ?」
「不思議だなーって。ほら、私って大河ちゃんにタメ口を使ってもらえるじゃないですか。けど先輩には敬語で」
「あー……俺と一緒のときは自分も敬語を使われるのが不思議、ってことか」
「ですです!」
分からないでもない。年の差や身分差のあるコミュニティでは、そういうことはままあるだろう。
「私まで先輩になった気分ですっ! えっへん」
雫は、ドヤ顔で胸を張る。
どこまでも賑やかし役をしてくれるんだな。
「似合わねぇ……雫に先輩とか一ミリも似合わねぇ……」
「酷くないですかっ⁉ 私、来年はきちんと先輩になるんですけどっ!」
「そうは言われてもなぁ」
何しろ雫は、最強の後輩だから。
それから俺は、大河が来るまでの間、雫とけたけた笑っていた。
◇
「……よかった」




