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六章#04 打ち上げ2

 文化祭最優秀団体賞の景品は、焼肉無料券。

 これを具体的に説明すると、学校から少し離れたところにある焼肉屋の二時間食べたい放題券だった。しかもクラス全員分。一緒に行ってもいいし、バラバラに行ってもOKということで、そりゃ文化祭も盛り上がるよな、とつくづく思う。


 というか去年までの二年間は演劇部が似たような景品を独占してたかと思うと、色々とえげつないよな。


 クラスの中で今日都合がついたのは全体の八割ほど。

 夕飯時の使用はNGだとお達しが下っていたので、参加可能なメンバー全員で昼すぎに集まり、そこから打ち上げを開くことになっていた。


 ……なお、この辺の手筈を後夜祭の間にまとめたのは俺である。成長したね。


「というわけでー! 食べ始める前に百瀬くんから一言もらおっか!」


 大体四人から五人で一テーブルを使えるように別れると、ぱんぱん、と伊藤が手を叩いて言った。大声を出すのはマナー違反なような気もするが、お店も高校生の打ち上げに使われることは承知しているらしく、快く頷いてくれる。


 そうなると、みんなの視線は俺に集まる。

 それぞれの手には先んじて注文したドリンク。おお、これはあれか。いわゆる『乾杯』って言うあれか。


「ええっと……一言って言われてもな」

「ふっ。この前かっこつけたこと言ってたくせに、こういうときになると言葉が出ないんだ」

「おいこらすぐ隣で毒を吐くんじゃねぇよ――ったく、だったら澪が言えばいいだろ? 主演女優兼学級委員なんだから」

「総責任者が責任を取って言うべきでしょ。空気のリーディング能力を鍛えたら?」

「英語みたいに言うのやめてくれますかねぇ⁉」


 と、隣に座る澪だけは頬杖をついて茶化してくる。

 こんなことを言っててもクラスのみんながついてきてくれるはずもないし、しょうがないので即興で言葉を考える。


「あーっと……まぁ色々あったけど、このクラスで最優秀団体賞を取れてよかったなって思ってる。主演は澪だったけど、クラス全員が主や――」

「なぁ友斗。いつから綾辻さんのこと下の名前で呼ぶようになったんだ?」

「へっ? えっ、あ」


 ちょっといいこと言ってたのに、八雲が茶々を入れてきた。

 しかも割と致命的な茶々だ。俺はようやく、無意識のうちにクラスメイトの前でも『澪』と呼んでいたことに気付く。

 あー……やっべー、色々と思うところがあるわー。

 苦笑いしていると、はぁ、と澪が溜息をついた。


「ま、友斗とは腐れ縁だから」

「そ、そうそう! 同中らしい距離感で行こうってことになったんだよ」

「ふぅん……?」

「とにかく! みんなお疲れ! 乾杯!」


 みんなの前で詮索されるのは気まずいので、さっと切り上げることにした。

 俺がグラスをかかげると、みんなも、まぁいいか、みたいな顔になって乾杯してくれる。

 なに、打ち上げは二時間近くあるんだ。何とかなるさ、きっと。


 かつん、と八雲が控えめにグラスを合わせてくれた。

 澪は苦笑しながら、その正面にいる伊藤はけらけらと笑いながら同じくグラスをぶつけてくる。

 四人分のグラスがこつんとぶつかったら、なんだかくすぐったい感じがした。


 クラスのみんなもめいめいに肉やらサラダやらを取りに席を立っていた。

 まずは一口飲み物を飲んで口中を潤し、俺たちも取りに向かう。当然だが昼を食ってないので、お腹ぺこぺこなのだ。


「ん、ご飯」

「え、あ、さんきゅ」

「別に。量はいつもと同じ? 少なめ?」

「あー、いや、多めで。肉だけ食うのってあんまりしっくりこないんだよ」

「なるほど」


 焼肉に来た経験が少ないのもあるのだろう。肉を食べるときにはご飯のおかずに、という感覚が染みついている。

 が、同じように感じる奴が少ないらしく、炊飯ジャーの周りには俺と澪くらいしかいなかった。


 つーか、ナチュラルによそってくれるのな。家でも割とそういうところあるけど、地味にずるいよな。口にはしないけど。

 春先まで料理をしてこなかった奴が肉に詳しいわけもないので、とりあえず周りに合わせて無難な肉と適量のサラダを取ってテーブルに戻った。


 澪と伊藤はサラダと肉に加えて、海鮮系のメニューを少々。

 八雲は肉多めって感じで持ってきていた。特に相談するわけでもなく、なんとなく目の前の焼き網を4分の1にしてそれぞれのエリアを確保するように焼き始める。こういうの、特に言葉を交わさずにやれるのがリア充って感じだよな。俺は面倒な奴なので、本当はきちんと言葉を交わして明確なルールを作りたくなってしまう。それこそKYなのでこの場ではやらないけど。


「「いただきます」」


 俺と澪がハモると、八雲と伊藤もそれに続いた。

 さてどれを焼こうか、と思っていると、こんこんと肩を小突かれる。


「友斗。焼こうか?」

「え?」

「友斗、こういうとき地味に不器用だし。気付けば焦がしてるとかありそうじゃん」

「あー、それは、まぁ」


 ないとは言い切れない。食べ放題だからと言って食べ物を無駄にしたくはないし、澪が焼いた方が絶対に美味しくなるのは何となく分かる。

 けど……澪さん? 急に優しくなりすぎじゃありません?

 疑るような視線を向けると、澪は顔をしかめた。


「なにその顔。うざい」

「あ、いや。急に色々尽くしてくれるからなんか企んでるのかと思って」

「……別に尽くしてないし。パーカーの分の埋め合わせと、あといつもの癖。隣であわあわされる方が鬱陶しいし」

「おお! みおちーが照れてる!」

「っ。鈴ちゃん、別に照れてないから」


 トング片手にやや早口で答える澪に対し、伊藤はテンション高めに言った。

 そっかそっかーと適当に流すと、伊藤は嬉しそうに続ける。


「なんかあれだね。みおちーのこんなところが見れるなんて、ウチめっちゃ感慨深い! 夏休みの前はなんかこう、みんなに優しい天使って感じだったし」

「それ、今より前の方がよかったことにならない?」

「ならないよー♪ ね、百瀬くん?」


 ぱちん、と何かを期待するようなウインク。

 けれどもうその問いには答えている。肩を竦め、視線だけで会話のボールを八雲に投げた。


「まー、確かに。心を開いてもらってる感じはあっていーよな」

「こいつ、これでも別に心開いてるわけじゃないけ――痛い⁉」

「俺だけはこいつのことを分かってる的な言い方がうざかった。あと、焼いちゃうけどいいのね?」

「え、あ、うす。お願いします」


 一分足らずで、話し始めたら肉のことが頭から消えることを証明してしまった。これでは話しながら焼いて食うのは至難の業だろう。

 素直に任せると、ん、と小さく声を漏らして焼き始める。めっちゃ手際いいな……焼肉も和食カウントなんだろうか。


「ぷっ……すげぇな、友斗と綾辻さん。めっちゃ仲良くなってるじゃん」

「ほんとそれねー。ウチもみおちーと仲良くなれたって思ってたのに……完全に百瀬くんに負けちゃった」

「勝ち負けとかないし、俺たちは割と前からこんなんだったぞ。特に澪がみんなの前で猫被ってただけで」

「友斗は焼きたてのお肉を頭から被りたいの?」

「あまりにも激しすぎる飴と鞭はやめてね?」


 いちいち茶々を入れんでもよろしい。

 とか言ってる間に、タンが焼けた。ひょいひょいっとトングでお皿に取ってくれるので、さんきゅ、と呟いてからタレにつけて食べる。

 タレ皿には焼肉のタレ、ポン酢、岩塩を出してある。ちょいちょいっと焼肉のタレにつけて口に運ぶと、めちゃくちゃご飯が進む味がした。うめぇ……。


 ご飯とタンを交互に食べ、間にサラダを挟む。

 焼肉っていいな……目の前で焼いているというだけで、なんか特別な感じがする。うちにもホットプレートあったし、家でやるのもあるかもしれん。


「もっと焼いた方がいい?」

「んや、これくらいで。澪も食えよ?」

「余計なお世話。別にそこまで奉仕するつもりはないから」

「さいですか」


 澪とこんな風に食事をするのも、とても楽しい。先日〇〇ホテルに泊まったときもそうだったけど、気兼ねのない友達って感じがするんだよな。


「なるほど……確かにこの距離感は腐れ縁って感じ」

「それな。大学生になって、どっちかの家で深夜までダラダラしてそう」

「あー、分かるかも。王子様じゃないけどアリな感じの関係だ」

「それなー! いいなぁ。俺も白雪と……」

「勝手に妄想した挙句しれっと惚気るのやめてくんない?」


 そう言ってはみるけれど、『腐れ縁』って言葉が馴染むのも事実だった。

 この気持ちを『好き』と呼ぶわけじゃないと思う。初恋と照らし合わせれば、そこには微妙な差異がある。

 でも全くの別物ってわけでもないからタチが悪い。


「ま、なんだかんだ今回は表のMVPがみおちーで裏のMVPが百瀬くんって感じだしね。二人がどういう関係であれ、ウチのクラスの名コンビであることには変わりないよ」

「ほんとそれな!」


 もぐもぐと食べ進めながら二人は笑う。

 そんな風に真正面から言われると、大っぴらに反論する気も起きない。

 澪を見遣ると、ふっ、と微笑まれる。目ッセージを読み取らずとも、何を言いたいのかは容易に推測できた。


「目でなんか言い合ってるし。二人だけの世界作っちゃってる……?」

「「違うから」」

「そーいうところで息ぴったりなあたり、二人だけの世界は作ってなくても以心伝心ではあるよな」

「やかましい」


 今度はハモらなかった。

 けどやっぱり、同じことを思っていると思う。

 だって俺たちは、以心伝心とは遠い。相手が考えることが分かったとしても、きちんと口にしないと伝わらないことがたくさんあるから。


 たとえば、そう。

 美緒の死以来トラウマになった結果、今も生のトマトは苦手になっちゃってること、とかな。

 食卓で出ることは少なかったけど、ここのサラダにはがっつり入ってしまっている、今はトラウマとか抜きにあのうにょうにょが無理なんだよなぁ……。


「友斗、好き嫌いはダメだから」

「あ、はい」


 …………訂正、もしかしたら以心伝心かもしれん。

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