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五章#48 後夜祭1/3

「最優秀団体賞&ミスコン1位、おめでと~!」

「伊藤さ――鈴ちゃん。ミスコンはともかく、最優秀団体賞の方はみんなで取った賞だし、私にだけおめでとうって言うのは違くない?」

「そうだけど! そうだけども! でもやっぱりみおちーにおめでとうって言いたい! この気持ちはウチだけじゃないはずー!」

「「それね~!」」

「っていうか、鈴だけ名前で呼ばれてるのズルくない? ねぇねぇ綾辻さん。私たちのことも――」


 文化祭も、終わりを迎えた。

 三大祭のうちの3分の2が終結し、我ら二年A組は4月とは比べ物にならないくらいに一つになっている。

 今年度も折り返し地点。そう思うと切なくもあり、誇らしくもあった。


 文化祭の結果は、伊藤が先んじて言った通り。

 うちのクラスが最優秀団体賞をとり、澪はミスコン1位を獲得。あまりにもよくできていると思うけれど、それくらいにこの文化祭で澪が輝いていたのだから、しょうがない。


 俺はと言えば、クラスの喧騒にいるのは何だか違う気がして、少しだけ外れたところでキャンプファイアーの火とクラスメイトたちを眺めていた。

 クラスの一員だって心から思えるからこそ、一緒にいようって望むことを厭わなくなったらこそ、こんな風に一人の時間を選び取れる。


 畢竟、人間関係とはそういうものだろう。

 逃避で独りになったところで、そこに付き纏うのは不安だけ。

 誰かと一緒にいられるからこそ、一人になれる。一人になれるからこそ、誰かと肩を並べられる。

 ……なんて、こんなことを考えてる時点で、後夜祭の雰囲気に中てられてるのだろう。


 体育祭のときと違って、文化祭の後夜祭は少し寒い。

 秋の夜は冷えるし、長い。キャンプファイアーの火は5月末の後夜祭より存在感があって、夜を照らす太陽みたいだ。


 ひゅぅぅ、と冷たい秋風。

 人肌が恋しくなる季節にはまだ遠い。でも、人肌が恋しくなる夜だな、と思った。


 だから、ということもあるだろう。八雲は覚悟を決めたような顔で如月のところに行ったし、他にもカップルやその一歩手前っぽい男女が二人っきりになったりもしている。

 思い出すのは『3分の2の縁結び伝説』だ。

 最初の3分の1を、俺は雫と結んだ。あれもまた間違いの一つだったけれど、だからってなかったことにしたくはないし、する気もない。

 間違いも、尊ぶべき過去だ。積み上げた間違いのおかげで今がある。そう教えてくれたのは、他でもない、澪だった。


「そんなところで黄昏てるからぼっちになるんじゃないの?」

「……別にぼっちになんてなってねぇよ。誰かさんが賞賛されてるのを、プロデューサー気分で見てたんだ」

「ふぅん。『プロデューサーさん。今までありがとうございました! これからもお願いしますねっ!』とか言えばいい?」


 澪は俺の隣に身を寄せると、今度はどこぞのゲームからキャラを剽窃して、言ってきた。

 まったくこいつは……と苦笑する。情緒もへったくれもなくこういうことをやるんだもんな。


「残念。俺が好きなのは――」

「知ってる知ってる。あのシナリオが曇ってる子でしょ。リビングでやってるの、覗いたし」

「む……プライバシーってものを知ろうな」

「一つ屋根の下で暮らしてる男女にそんなものがあるとでも?」

「あると願いたいな」

「星に願えば叶うかもね」

「星に願うまでもなく叶えてもらえることのはずなんだよなぁ」


 澪はくすりと一笑だけして、ん、と視線を明後日の方向に向けた。

 それからゆっくりと歩き出すので、俺もついていく。喧騒の中ではできない話をするのだろう。


 キャンプファイアーからも離れると、一層夜を感じる。

 後()祭なんだな、と強く思った。


「最優秀団体賞、取れたな」


 まずは、と俺が口を開くと、澪は頷いた。


「よかったじゃん、脚本家兼総責任者さん」

「だな。つっても、主演女優のおかげすぎるけど」

「……まぁ、そうだけど。でも割と本気で、私だけの力じゃないから」


 らしくない謙遜かと思った。

 が、顔を見ればそうではないと分かる。ううん、違うな。そんなの見なくたって分かるに決まってるんだ。それだけの歴史を、文脈を、俺たちは刻んできた。


「鈴ちゃんが仕切ってくれて、八雲くんが衣装作りとか道具作りを進めてくれて」

「うん」

「クラスのみんなは、最初から私贔屓で『それはどうなの』って傍から見たら思えるような企画のために本気になってくれて」

「……だな」

「初めてだった。クラスの一員だ、って自覚したの」


 大切なアルバムを眺めるみたいに、澪はそっと言った。

 澪から滲む慈しみに似た感情が嬉しくて、そっか、と俺は呟く。


「中学校の頃。綾辻は、一人だったもんな。孤独よりも孤高が似合う女の子だ、とか思ってた」

「なにそれキモイ」

「酷くない⁉」

「事実だし」


 反論しようと思ったけれど、澪の指摘はもっともだったので口を噤む。

 澪は、まあ、と言って続けた。


「そんな私がこんな文化祭を過ごせたのは、()()のおかげ」


 俺の目を見ながら、澪は言った。

 視線がぶつかり、一秒、二秒、と時が刻まれる。


「俺のおかげじゃない。綾辻が頑張ったからだよ。練習して、練習しまくって、努力してたのを、俺は知ってる」


 俺が目を逸らすと、


「違う」


 澪は、ムッとした様子で首を横に振った。


「違くはないだろ。毎晩外に行って練習してたのは――」

「そっちじゃなくて。というか、そっちは当たり前。雫が頑張り屋さんなように、私だって努力できる人間なんだから」

「は? なら」

「何のことだ、とか白々しいことを言うのはどうかと思うけど。私が友斗って呼んだとき、ぴくって眉が動いてたし」

「っ」


 その通りだった。

 今まで澪は、一度だって『友斗』とは呼んでこなかった。

 『百瀬くん』『百瀬』『兄さん』『お兄ちゃん』と色んな呼び方をされてきたけれど、名前でだけは、呼ばれなかった。


「確かに、動揺はしたけど。でもさっき伊藤のことも下の名前で呼んでただろ」

「まぁ……そうだけど。それは女子社会のお約束みたいなものだから」

「この雰囲気で女子社会の闇を見せるのやめてもらっていいですか?」

「そっちが茶化すのがいけないんじゃん。安心して。()()には特別な意味をこめてるから」


 再び、視線がぶつかる。

 一秒、二秒、三秒。

 交差する視線には温度があるように感じられた。しかも、とても熱い視線。冬の日にカイロが入ったポケットの中で繋ぐ手みたいだった。


「特別な意味、か」

「そ。だから――私のことは、綾辻じゃなくて、澪って呼んで。綾辻澪なんて、戸籍上はどこにもいないんだから」

「……っ」

「ここからは、百瀬澪と百瀬友斗の話だよ。セフレだった過去があって、義理の兄妹だった日々があって、その延長線上にいる二人の話」


 セフレでも、義兄妹でもない。

 けれど同じ苗字になった、他人ではない二人の話。

 違うってのは、そういうことか。


「分かったよ、澪。それでい――って、何故急に眼を逸らした」

「別に。……久々に呼ばれて、ちょっとこう、胸に来たというか」

「そんなに嫌なら綾辻って呼ぶぞ? 或いはみおちー」

「前者なら無視、後者なら虫」

「…………澪でお願いします」

「ん」


 耳たぶを摘まむと、澪はまた目を合わせてきた。


「私は努力した。でも――友斗のおかげでもあるんだよ。友斗がいなかったら、私はクラスの子と仲良くなろうなんて思えなかった。ミュージカルの主演になることも、ミスコンに出ることもなかった」

「うん」

「霧崎先輩も、入江先輩も押しのけて、二冠をとれたのは友斗のおかげ。ざまぁみろって思えてるのも、友斗がいたからだと思う」

「最後のは澪の性格の悪さも理由の一端だろっていうツッコミはさておいて。そんな風に――」


 そんな風に“理由”をつける必要なんてないんじゃないか、と。

 自分が努力して手にできたんだから、それ以外の“理由”を貼り付ける必要なんてないじゃんか、と。

 そう言おうとした俺の唇は、澪の指先によって塞がれた。


 二秒、三秒、四秒――。

 視線が交わり、避け合い、絡まる。


「分かってるよ。こんな風に“理由”をつけるのは馬鹿馬鹿しいことだ、って」


 だからこそ、と澪は零す。


「私は今の想いにも、“理由”を貼り付けない。私を映し出してくれたからとか、見つけてくれたからとか、気付かせてくれたからとか、色々と思いつく“理由”はあるけど。そんな“理由”を貼り付けるのは、馬鹿馬鹿しいから」

「っ……」


 ゆらゆらと揺蕩う月夜の如く。

 澪の目尻が、きゅいっ、と垂れた。


「ねぇ友斗。『3分の2の縁結び伝説』って知ってる?」

「……知ってる。澪も知ってたのか」

「ん。昨日、鈴ちゃんから聞いた」


 それ以上の詮索は不要だと言いたげに、澪はふるふると首を振った。


「ミスコンで1位を取ったら、言うことを聞く。そういう約束だったじゃん?」

「あぁ」

「今から告白するから、目を逸らさないで。今日のところは3分の1でいいから私と縁を結んで」


 それが私のお願い、と澪は告げた。

 否が応でも鼓動は速まる。

 けどその痛みは甘くて、ちっとも苦しくなくて、俺は微笑と共に頷いた。


 ふぅ、と澪は深く呼吸をする。

 俺のネクタイごと胸元を押さえて、すぅ、と夜の空気を吸い込んだ。

 そして、


「私、百瀬澪は――」


 告白を、始めた。

 一秒、二秒。


「――百瀬友斗のことを――」


 三秒、四秒。

 視線は逸らせないから、もっと別のお願いをすればよかったのに、と場違いに思う。


「――心から、愛してます」


 五秒経って、六秒目になって。

 3分の1の縁が結ばれる。


「俺は……ごめん。まだはっきりと『好き』をあげられない」

「ん」

「もしかしたら澪にはあげられないかもしれないし、もっと最低なことをするかも……しれない」

「ん、知ってる」


 それでも、と言いながら。

 澪は俺の胸にグーパンをして、


「『《《大好き》》』の花束を手向けさせてみせるから」


 新月のように、煌めいた。


 じゃあ、みんなのところに戻るから。

 そう言い残して、澪は喧騒へと戻っていく。

 

 どく、どく、どくどく。

 毒ではない鼓動の音を確かめるように。

 俺は、胸を、押さえた。


 息苦しさを吐いた唇を指でなぞって、ぺろり、と舐める。

 綾辻澪―—もとい、百瀬澪。

 俺はあの少女の沼にはまったばかりなのかもしれない。


 もしこれ以上はまっていけば、俺は――。


 ありうるかもしれないIFを、夜闇のなか、静かに思った。

 

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