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五章#40 雫と文化祭デート

 メイド喫茶を出た俺たちは、それからも適当にぶらぶらと練り歩き、お昼頃になって教室に戻った。流石に今から5時までずっと化粧や衣装合わせってわけじゃないが、主演である澪は最後に確認することもあり、早めに戻ることになっていたのである。


 一方の俺はと言うと、鏡役にしろ王子役にしろ、澪くらいとしか共演しないため、その場にいてもあまりできることがない。運営としてパトロールしなくちゃいけないのも事実なため、俺は想定していた通り、3時頃に戻ればいい、と監督に言われた。


「俺、よく考えると要らない子じゃね……?」


 助かるには助かるけど、総責任者がいなくていいって言われるのもアレだよな。

 そう苦笑いしつつ、雫を待っている間に適当な買い物を済ませる。

 それにしても、昼時になって、一層人が多くなってきた。親子連れだったり、中学生だったり、はたまた大学生だったり、色んな層の客が行き交っている。


 ……なんか、緊張してきたな。

 早めに雫と別れて俺もクラスに戻ろうかなぁ。いや、今から練習したところでしょうがないか。つーか、今は歌の最終確認をしてるから鏡役も王子役もお呼びじゃない気がするし。


 はぁ、と溜息をつきつつ、澪の身柄の代わりに伊藤に押し付けられたビラに目を落とす。

 俺一人じゃ宣伝にならないだろうし、これを渡しながら練り歩け、ということらしい。


「しゃーない。これくらいはやりますか」


 おかしいなぁ、つい先日、めちゃくちゃかっこよくクラスの代表をしたと思うんだけどなぁ……。

 俺は結局こうなる運命なのかな、しくしく。

 なーんて、冗談めかして言うけれど、本当に疎外感を抱いているかと言えばそれは違う。今は一人一人がすべきことを一生懸命やっているのだから。


「あ、それ私にもくださーい」

「え、あ。どうぞ――じゃねぇよ。普通に喋りかけてこい」

「この前、ワンパターンって言われちゃいましたので」


 てへぺろっと可愛らしく舌を出し、とびきり眩しいウインクをしながら現れる雫。

 流石にメイド服からは着替えたようで、今は普通に制服だ。強いて違いを挙げるとすれば、長めで真っ白な靴下を履いていることくらいだろうか。きっとメイド服に合わせて、日頃は履かないようなものを選んだんだと思う。


「あの先輩。合流して早々にじろじろ見られるのは、なんかちょっと照れるんですけど」

「え、あー……すまん。さっきのメイド姿を思い出して、ちょっとな」

「ふむふむ。私の激萌えなメイド姿が忘れられなくてドキドキしちゃってるんですね、分かります」

「そこまでは言ってないからね?」


 そうじゃないのだけれど。

 むしろ、あれだ。さっきまでメイド服を着ていた子が制服を着ているせいで、『メイド喫茶でバイトをしているギャル』的な属性が滲み始めて、更なる萌えを生み出しているのである。


 とはいえ、文化祭でそんなことを熱弁するのも馬鹿馬鹿しい。

 ごほん、と大仰に咳払いをして話を区切る。


「ま、ともあれ。メイドお疲れさん。頑張ってたな」

「ふふー、なんかそれあれですね。アイドルと裏で付き合ってるマネージャーっぽいです」

「リアルにいたら炎上確定なのに創作の世界ではやたらとオタクが好きな設定だな」

「ほんとですよねー。三次元に対してはネットリンチを――って、何言わせるんですか! 私はあくまで小悪魔なので、そういう腹黒さを引き出そうとしないでください」

「勝手に言っただけなんだよなぁ……」


 くつくつと笑いつつ、配りかけのビラをまとめる。

 残すところあと30枚。これだけ客がいるんだだ。雫と回りながら配ればすぐになくなることだろう。その場合、雫も出演するっぽい雰囲気にはなっちゃうけど。


「じゃあ行きましょっか、先輩♪ 文化祭デート、れっつごーです!」

「だな」

「まぁ先輩はお姉ちゃんとちゃっかりデート済ませてましたけど。二股お疲れ様です」

「二股じゃないし、どう見てもデートじゃなかったからな?」

「はいはい、そーですね」


 言いながら、雫は手を差し出してきた。

 ふっ、と微笑が零れる。肩を竦めてから握ったその手は、あえかな温もりを伝えてくれた。


「恋人繋ぎはしないんですか?」

「流石にな。たまにはこういう繋ぎ方もいいだろ?」

「んー……まぁ。ちょびっとだけ距離が遠いですけどね」


 そう言う雫だけれども、ちっとも嫌な顔をしてはいなかった。

 だって、俺たちはもう恋人じゃないし、まだ恋人じゃないから。

 それなのに恋人繋ぎをするのは、なんだか未来を全部ふいにしてしまうように思えるのだ。


 とか色々理屈をつけて、ただ周りに人が多いから恥ずかしいだけなんだけどな。

 手汗とか掻かないといいなーと思いつつ、俺は言う。


「それで。雫は行きたいところとかあるか?」

「ありますけど、その前にどこかでお昼食べたいです。お腹ペコペコなので」


 雫は空いている方の手でお腹をすりすりと撫でた。

 そりゃそうだろうな。メイド喫茶は繁盛してたし、軽く何かを摘まめるような時間すらなかったはずだ。そんななかで働いている大河のことが心配になるくらいである。

 ま、あいつは執事だし、休み時間くらいはきちんと取れるだろうから気にしないでおくけど。


「それじゃあ……たこ焼――」

「青のりがつくのでNOです。デリカシーゼロですか?」

「うぐっ……」


 うがいすればいいだろ、と言える空気ではない。

 チッと舌打ちし、代案を出す。


「ならお菓子研究会がやってるパイとかはどうだ? 割と色々種類があるらしいぞ」

「パイ……じゃあそれで! 案内お願いしますねっ、先輩」

「うい。んじゃ、こっちな」


 雫の手を引いて、俺はすたすたと歩き出す。

 行く場所を提案したのが俺なんだし、こうして手を引くのは当たり前なんだけれど。

 なんだか、ちょっとだけ、くすぐったかった。



 ◇



「おー、百瀬くんじゃん。よく来たね~」

「米沢先輩、どうもです。今年も盛況なようで」

「ん~、まぁおかげさまでね~。浪費してきた部費も丸っと回収できてホクホクだよ」


 お菓子研究会は、今年も部室で出店している。部活の中には部室の立地条件が悪すぎるために他の場所の使用を申請してくるところも多いが、お菓子研究会はかなり利便性が高いのだ。


 お菓子研究会の部室に顔を出すと、部長である米沢先輩が朗らかに笑いながら対応してくれる。

 雫が首を傾げてこちらを見てくるので、軽く紹介することにした。


「雫。この人は米沢先輩。お料理研究会の部長だな」

「もうこの文化祭が終わったら元ってついちゃうけどね~」

「へぇ……そうなんですね。私、綾辻雫って言います。よろしくですっ!」

「はい、よろしくね~」


 ニマニマとにやけながら米沢先輩はこちらを一瞥する。


「で、その子が本命の彼女かな~?」

「ぶふっ……急になんてこと言うんですか!」

「急も何も、前に他の子を連れてきたときにも聞いたじゃん。その反応、もしかして……」


 にやーっとお節介おばさんみたいな笑顔を浮かべる米沢先輩。

 確かに、七夕フェスの監査で大河と来たときにも言われたけども。

 ――と考えて、ふと気付く。

 あの頃、俺と雫が付き合っているという噂は割と広まっていた。てっきり米沢先輩は知らないんだろうと勝手に思っていたが、伊藤がそうだったように、本当は知っていたのかもしれない。


 ほんと、あの頃の俺ってろくなことしてないよな。

 苦笑し、俺はふるふると首を横に振った。


「違いますよ。雫は、あくまでただの後輩です」

「《《まだ》》ってつきますけどね~」

「へぇ……?」

「っ……ま、まぁ。そういうことなんで、パイを選ばせてもらっていいっすか?」


 はっきりと否定してしまうのは躊躇われて、俺はそっぽを向く。

 かはは、と破顔してから、どうぞ、と言ってくる。


「んー。米沢先輩、おすすめとかありますかー?」

「お、聞いちゃう聞いちゃう? 私的にはシンプルなベーコンポテトパイがおすすめ。()()()研究会的にはホワイトチョコパイも推したいけどねぇ」

「なるほどなるほど――ねぇねぇ先輩!」


 パァと明るい顔がこちらを向く。

 言わんとしていることを理解した俺は、しょうがないな、と肩を竦めた。


「俺がベーコンポテトパイを注文するから、半分こにするか?」

「はいっ! 流石は先輩、私の言うことが分かってますね~」

「分かりやすいからな。ってことで米沢先輩。ベーコンポテトパイとホワイトチョコパイを一つずつお願いしま――あの、その顔はなんですか」

「ん~? べっつにぃ、なんでもないよ~。可愛がってる後輩の恋はいいなぁって思っただけだから」

「何でもなくないうえに言うほど可愛がられてないですよね!? はぁ、もういいです。とりあえずお願いしますね」

「はいはい、任せといて。料金はきっちり貰うけど、その代わりドリンクをおまけしてあげるよ」

「いやそれは悪いですよ……」


 ドリンク自体はそれほど高いものじゃないが、それでもおまけされるのは申し訳ない。

 が、米沢先輩はぶんぶんとかぶりを振った。


「い~のい~の。これくらいさせてちょうだい。部長として色々してあげられるのもこれで最後なんだから」

「米沢先輩……なんか、帰省したらお腹いっぱい食べさせてくれるお祖母ち――」

「お・ね・え・さ・ん、ね?」


 お姉さんっつうか、百歩譲っても姉御だろ。

 そんなツッコミは、「やめとけ」とばかりに袖を引っ張ってくる雫に免じて、胸にしまっておくことにした。

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