五章#39 萌え萌えきゅん
「お待たせしました、お嬢様、旦那様。萌え萌えオムライスと萌えタリアンナポリタンになります」
「メニューのネーミングセンス、くそだせぇ……」
「それは、うん。私も同意かも」
「おね――、お嬢様までっ!? 私たちメイド一同、一生懸命考えたんですが……しゅん」
わざとらしいくらいに凹んで見せる雫。
実際にメニュー名、というか特に萌えタリアンナポリタンって名前がくそださいんだけど、なんだかこちらが悪いことをしてしまったような気分になる。
ぐぬぬ。頑張り屋さんメイド、恐るべし。庇護欲が駆られてやばい。優秀なメイドも好きだけど、頑張ってるのにちょっと上手くいかないメイドもいいよなぁ。雫の場合は特にそんな感じだし。
「で、大河はどうしてまだここにいるんだ?」
「あ、大河ちゃんにも今回だけ接客をお願いすることにしたんですよ。ね、大河ちゃん♪」
「う、うん……。なかなかトラブルも起こらないので、暇してましたから」
雫の隣に立つ大河は、少し躊躇いがちにそう言った。
なるほど。さっき話してたのはこれなのか。まぁ実際、もう一人の執事役をやっている男子も暇そうにしている。メイド目的で来ている以上、野郎に接客されたいなんて誰も思わないだろうしな。
苦笑交じりに、なるほどな、と呟く。
雫が俺のナポリタンを、大河が澪のオムライスを持ってきてくれていた。テーブルにそれを置くと、雫はケチャップ、大河は粉チーズを手に取る。
「それではお嬢様、旦那様。とっておきの仕上げをしたいと思います」
テンション高めに雫が言う。
すると、澪がキラキラと目を輝かせた。
「ねぇねぇ雫。動画、撮ってもいい?」
「うーん、ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんだけにOK出すわけにもいかないから、今日は我慢して?」
「うっ……そっか……」
がっくりと肩を落とす澪。雫のアレを動画に残しておきたいとか、マジでシスコンすぎるだろ。
まぁちょっと残しておきたい気持ちは分からんでもないけど。それを言うと如月と同じノリになっちゃいそうだから黙っておく。
大河は、あの、と遠慮がちに小声で聞いてくる。
「澪先輩って、もしかして如月先輩と同じような感じなんですか……?」
「しれっと如月に酷いんだよなぁ」
「別に悪いとは言ってません。百瀬先輩の勝手な解釈を挟まないでください」
「苦笑いしながら聞くのをやめてからにするんだな」
「む……」
眉間に皴を寄せる大河をよそに、俺は質問に答えることにした。
流石に如月と一緒にされるのは澪の名誉に関わるからな。
「綾辻は雫のことが好きなだけだよ。いわゆるシスコンだな」
「なるほど……?」
曖昧に首を傾げるが、すぐに合点がいったような顔になる。大河自身、雫のことをめちゃくちゃ大切に思ってるわけだし、雫への気持ちには共感できる部分があるのだろう。
「そういう意味でも、きっと大河と綾辻は仲良くなれるはずだから。よろしくな、色々と」
「……っ! はい!」
嬉しそうに、誇らしげに、勇ましく。
大河はパァと笑顔を咲かせた。そして、ケチャップとオムライスをじぃと睨む。
「そ、それではご主人さ――こほん。お嬢様、ケチャップをかけさせていただきます」
「…………私、雫にやってほしいんだけど」
「私は先輩、もとい旦那様にチーズをかけるのでダメだよー! お姉ちゃんも、たまには大河ちゃんと仲良くして?」
「ん。別に、仲良くしてないわけじゃ――」
「よろしくお願いします、お嬢様」
雫と大河に押し切られ、澪が渋い顔をする。
雫と顔を見合わせてくすっと笑っていると、大河は澪に尋ねた。
「お嬢様、なにか好きな動物があれば教えていただけますか?」
「…………狐」
「狐ですか。承りました。では、狐の絵を描かせていただきますね」
礼儀正しくお辞儀をすると、大河は狐をケチャップで描き始める。
その手際はかなりよく、出来上がる絵も高クオリティだった。絵が苦手な澪は悔しそうにぷいっとそっぽを向く。
「ふふっ。お姉ちゃん、子供みたいですね」
「そうだな」
「先輩のおかげです。あんな風に、お姉ちゃんが笑えてるの」
さらさらと粉チーズをナポリタンにかけながら、雫は優しく囁く。
この流れで昨日のことを感謝しておこうか、と思って、すぐにやめた。
今はあくまで、旦那様とメイドだから。
こんな合間を縫うようなやり方でお礼を言うのは、純粋に嫌だから。
「なぁ雫。そっち、何時くらいに上がれる?」
「えっ? あ、あー……1時くらいには終われるはずですけど。すみません、お昼の時間帯はちょっと抜けられなくて」
「別に謝らなくても大丈夫だ。食事関連だし、そうなるだろうとも思ってたから」
明日の午後はミスコンの準備で手一杯になるため、雫と回るわけにはいかない。
ミュージカルは5時頃から。俺は準備も少ないし、3時に戻って準備を始めれば、演劇部の発表を見る余裕も十二分にあるだろう。
なら、と俺は付け加えるように言う。
「綾辻と別れたら、適当に一年生のフロアで待ってるから。一緒に回ろうぜ、昨日話した通り」
「……! むふふ、しょ~がないですねぇ~。先輩がそんなに言うなら、一緒に回ってあげますよ!」
「そりゃどうも。チーズをかける手が震えてるぞ」
「っ、わざとですから! 小刻みに震えさせることで上手にかけようとしてるだけですから!」
「さいですか」
本当に似ていて似ていない姉妹だよな、と思う。
ううん、きっと違うな。
姉妹でも、そうじゃなくても、誰もが似ているところとそうじゃないところを持っているのだろう。
だからこそ、人は鏡なんだ。誰にとっても。
そんなことを考えている間に、雫の粉チーズと大河のケチャップが終わる。
澪のオムライスには、可愛らしくデフォルメされた狐が鎮座していた。
「では最後にお嬢様と旦那様と一緒に、とっておきのおまじないをしたいと思います」
「えっと……私たちが『おいしくな~れ』と言いますので、繰り返していただければ幸いです」
「大河ちゃん、固いよ!?」
「そう言われても……私は練習してなかったから」
しょぼしょぼと漏らす大河の顔は、羞恥の色に染まっている。
美少女×執事服×赤面=最高
そんな式ができてしまうくらい、実に素晴らしい光景だ。雫みたいにノリノリでやるのも好きだけど、こういうのも……って、思考が如月化してるじゃん。気を付けよう。
「それではご唱和ください。お、おいしくな~れ」「おいしくな~れっ!」
声は震えているが、それでも一生懸命な大河。
それを支えるようにとびきりの笑顔を見せる雫。
二人の「おいしくな~れ」が重なったあと、俺は苦笑しながら、澪は雫のおまじないを噛みしめるように明るい顔をしながら、
「「おいしくな~れ」」
と追従した。
一回、二回とそれを繰り返し。
三回目の「おいしくな~れ」を終えると、雫は大河と手を繋いだ。二人はぎゅっと身を寄せ、繋いでいない方の手で息ぴったりにハートを作る。
「「萌え萌え、きゅんっ♪」」
「か、可愛い……雫好き」
「お~い、そろそろキャラブレがとんでもないことになってるぞ~」
「百瀬、うっさい。動画にできない分、目に焼き付けてるんだから不純物は消えて」
「ひでぇ、言い方がひでぇ……」
けど、一緒に視界に映ってる大河のことは、不純物だとは思ってないんだな。
そう言おうとしたけど、やめておいた。
四人でいるこの時間が、とても心地いいから。
夏祭りの日は、本当の意味で四人にはなれてなかったから。
こんな風な時間を過ごせればいいのにな、と強く思った。
――ちなみに。
オムライスもナポリタンも、ぶっちゃけそこら辺のお店よりめちゃくちゃ美味しかった。
「なぁ雫。これ、本当に美味いんだけど」
「あー、うちのクラス、料理男子がやたらと多かったんですよねぇ」
「なんだその設定」
「あと、おまじないの効果ですね」
「ふっ。そうかもな」
「あーんとかしましょうか?」
「前例を作ったら他の客にもしなきゃいけなくなるだろ。やめとけ」
「それって……もしかしてヤキモチですか?」
「…………違うっつうの。それはやりすぎたっていう、学級委員長としての勧告だ」
「むぅ。そーゆうところではまだ逃げるんですね」
まぁそういうところも好きですけど。
そんな風に言い残して、雫は次の接客に向かったのだった。