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五章#21 自分の周りと

「では一つ目の質問です。今年のミスコンにエントリーした理由を教えてください」

「そうね……今年のミスコンに限って言うのならば、理由は一つ。霧崎時雨に勝ちたいから。その最後のチャンスがこの文化祭だからよ」


 はっきりと。受けなど狙わず、入江先輩は言った。

 下手をすれば反感を買いかねないほどに正直な回答だ。ここまで明確に一人の参加者のみをライバル視すればひんしゅくを買ってもしょうがないし、可愛げだってない。

 ミスコンには色んな勝ち方があるが、あまり高圧的で高飛車に取られてしまうのは良い判断だとは言えないはずだ。


「……あの。これ、記事に載せるつもりなんですが、その回答で大丈夫ですか?」

「そうね。もちろん承知しているわ。去年もあなたに取材されたもの」

「……そういえば、そうでしたね」


 朧気だった記憶が蘇る。

 そういや去年も同じような回答をしていた。

 まるで英雄かのように堂々と胸を張ると、入江先輩は口を開く。


「私の言葉の一言一句全てが私自身よ。何を隠す必要があるのか私には分からないわね。私はありのままで霧崎時雨に勝てると思っているのだから」

「っ」


 ついつい、俺は目を細めてしまう。

 太陽の眩しさではなく、太陽に近づいたときの灼けるような痛さだった。


「さぁ、続けてもらえる?」

「すみません。では次の質問ですが――」


 時雨さんにそうしたように、入江先輩にも質問を続ける。

 どの質問に対しても入江先輩が口にした回答は力強く真っ直ぐなものだった。しかしそこには傲慢さは介在せず、むしろ応援してくれる誰かのために気高く在ろうとしているようにしか聞こえてくる。


 きっと、彼女の言葉は真理だ。

 一言一句全てが入江先輩自身である。

 演じているときも、そうでないときも、あらゆる彼女が彼女自身なのだ。ゆえにこそ自分の言葉で話すし、そのことに何の迷いもない。


 無論、ミスコン出場者の回答全てが嘘だと言うつもりはない。

 時雨さん以外にも正直に答えている人は多いだろう。人気を集めるために受けのいい回答を用意している人もいるだろうが、それだって完全なる嘘ではないと思う。


 けれど真っ直ぐ、なんの躊躇いもなく自分を告げているのは時雨さんと入江先輩だけだろう。


「それでは、最後の質問です。先ほどから幾度と話題にあがっていますが、入江先輩は一年生の頃から生徒会長である霧崎先輩と1位、2位を競い合っていますね」

「そうね」

「先日の文化祭出店会議では、最優秀団体賞とミスコングランプリの二冠を宣言したそうですね。注目している団体や霧崎先輩以外の参加者に対する思いなどがあれば、教えてください」

「へぇ……そう聞くのね。てっきり霧崎時雨とのことを聞くのかと思ったわ」

「それはもう、嫌というほど聞いたので」


 話の中で分かったのは、入江先輩が時雨先輩をめちゃくちゃライバル視していることくらいのものだ。

 大河と二人で苦笑交じりに頷くと、入江先輩は、分かったわ、と言った。


「なら……そうね。ミスコンにしろ、文化祭の出し物にしろ、参加している全員がライバルではあるわ。誰にでも勝つ可能性はあるし、私も油断をするつもりはない」


 けれど、と不敵に笑って。


「それでもやはり、私たち演劇部が最優秀団体賞をとるし、ミスコンも私が優勝する。その自信を持てるよう、今毎日汗を流しているわ。だから――」


 入江先輩は、こちらを指さして言った。


「あなたも頑張るのね。私にあれだけ啖呵を切ったのだもの。さぞかし素晴らしいものを作っているのでしょう?」


 かはっ、と喉の奥から息が零れる。


「楽しみにしてるわよ。もしも私に勝てたのなら、あなたが大河の隣にいること、認めてあげる」

「姉さん!? またそういうことを……本当にやめて」

「いいじゃない、これくらい。姉らしいことをたまにはさせて?」

「……っ、そういうことじゃなくて」


 入江先輩の思わぬ一言に、大河が慌てて抗議する。

 俺だって、今の一言にはびびった。なんだよ隣にいることを認めてあげるって、とも思った。

 けどそれよりも今の俺には言うべきことがあったから、俺はニィと口角をつり上げて答える。


「何言ってるんですかね、入江先輩。うちのクラスが演劇部に勝てたのなら……そのときあなたが認めることになるのは俺じゃなくて、うちの看板女優ですよ」

「へぇ……? 看板女優って、確かミスコンに出ていた子だったかしら」

「えぇ。綾辻澪っていう、めっちゃ凄くてかっこいい奴です」


 入江先輩の瞳に嗜虐的な色が浮かぶ。

 そう、と短く相槌を打って続ける。


「なら、楽しみにしているわ。どんな子だろうと、私は勝つつもりだけれどね」


 威風堂々としたその一言を以て、入江先輩への取材は終了したのだった。



 ◇



「……なんつーか。本当にすげぇのな、お前の姉」

「百瀬先輩。つい十数分前、似たようなやり取りをしていた気がします」

「いやそうなんだけどな?」


 大河が時雨さんに対して思ったように、俺も入江先輩に対して、マジですげぇ、と圧倒的な差を感じていた。

 つくづく、俺の周りには凄い奴がいないな、と思わずにはいられない。俺なんかじゃ絶対に敵わないなって感じる相手がたくさんいて、色んな人を知るたびにふつふつと尊敬の念が湧いてくる。


「……百瀬先輩も、姉に負けず凄いですよ」

「えっ? なにどうしたんだよ。変なものでも食ったか? それともまた()()()()周――」

「デリカシーの欠片もないのはどうかと思いますし、そもそも違います。その目、甚だ不服なのでやめてください」


 ムッとした表情の大河。

 いやだってさぁ……時雨さんの取材の後のこいつの言葉を思い出したら、どう考えてもびっくりするじゃん?

 ――なんて、照れ隠しはしてみるけれど。

 大河が俺を尊敬してくれてるってことは分かっている。


 きっとみんな、自分以外を尊敬していて。

 自分はダメで、みんなは凄いって思ってる。だから鏡を見たらげんなりするし、鏡すらなしに自分を俯瞰することなんて怖くてできない。

 なら、澪は――。


「さてと。んじゃ最後、行きますか」

「……はい。澪先輩、ですよね」

「あぁ」


 入江先輩のところに向かうときとはやや違う感じで大河が緊張した様子を見せる。

 姉とも色々あるっぽいが、大河は澪との何かしらありそうなんだよな。最近は仕事中にもちょいちょい綾辻のことを聞いてきたりするし。


「場所は屋上、ですか」

「らしい」


 屋上はミスコンの写真撮影としてはかなりいい場所なのだが、そもそも屋上の鍵を借りるという選択肢が頭によぎる参加者が少なかったりする。

 そういう意味では、澪にしては勝ちを狙った場所だ。

 ま、本人は意識してないんだろうけども。


【ゆーと:ミスコンの取材したいんだが、もう屋上にいるか?】


 大河に断ってから澪にメッセージを送ると、送信後すぐに既読がついた。


【MIO:いるけど】


 淡泊な返信。

 肩を竦めつつ、すぐ行く、と返した。


「行くか」

「はい。あの、百瀬先輩。お願いしてもいいですか?」

「ん、お願い?」


 屋上まで向かおうとすると、大河は勇気を振り絞ったような、少し弱々しい顔で言う。

 こくと頷いた後で大河は、口を開いた。


「澪先輩へのインタビュー、私にやらせてくれませんか?」

「えっ」


 想定外の一言に声が漏れ出た。

 先ほどまでも、大河には幾つか質問をしてもらっていた。それでもあえてこう言うということは、予定している全ての質問を自分でしたい、ということなのだろう。

 別に質問をするのは誰でもいいし、大河が独断で質問していいわけでもない。なのにこんな風に頼んでくる理由はイマイチ分からなかった。


 が、大河の目は真っ直ぐだ。

 今の大河なら信じてもいいかもしれない。

 何かが変わるわけじゃないとは分かっていても、それでも。


「分かった。ま、そもそも俺は綾辻に嫌われてるし、インタビューしても答えてもらえなさそうだからな」

「そう、なんですか……?」

「あぁ。何しろ綾辻には結構最低なこと、してきたしな」


 だから嫌われてる、というわけではないだろうけど。

 どうして嫌われているのかも、どうして『好き』じゃなくなったのかも、おおよそ予想がついているけれど。

 今ここで口にすべきことではない。


「さぁ行くぞ。待たせて機嫌を損ねたらそれこそまずいしな」

「そうですね。私も――ですし」

「ん、今なんて?」

「いえ、何でもないです」

「そっか」


 俺の知らないところでも物語は進む。

 俺が見えない世界はたくさんあって、その世界には俺の知らない俺がいるのだろう。

 窓の外を見遣りながら、ふとそんなことを考えていた。

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