五章#19 インタビューへGO
文化祭準備が始まったあとの授業は、やや間の抜けたものになる。生徒たちが勉強に身が入らないことは教師たちも理解しているようで、一学期よりを緩やかにしてくれるのだ。まぁそれでもきちんと進んではいるのでせめて復習くらいはしないと終わった後にキツくなるのだが。
そんな裏事情はともかく。
駆け抜けるように日々が過ぎていき、あっという間に水曜日になっていた。いつもなら週の折り返しまでやってくるのを首を長ーくして待つところだが、最近は時間の流れが早い。忙殺とはまさにこのことであろう。
さて、そんな水曜日の放課後のこと。
俺は如月、大河の二人と共にミスコン参加者のもとを回っていた。
今回のミスコン参加者は計十名。その大半は内輪ノリの延長線上で立候補しているみたいだったが、それでも二桁にいってよかったと思う。つーか、時雨さんに本気で勝とうとしている参加者なんて片手ですら数えるのが憚られるほど少ない。
「ふふふ……ふふふ……百瀬くん、ここは天国ね。エンジェルたちの住処ね。にゃんにゃんパラダイスね」
「途中から明らかにおかしい方向にいってることに気付こうぜ、如月。というか、顔にやけまくってるぞ」
「ふっふー。いいのよ今日は。こんなに可愛い子たちと触れあえるだなんて思いもしなかったわぁ」
ふわっふわとそれはもう幸せそうに語るのは、言わずもがな如月である。
……この前八雲がキスしようと思ってるって聞いたときは胸がきゅんきゅんしたものだが、相手がこれだとちょっと萎える。八雲は絶対に欲望を抑制しなくていいと思う。だって如月がちっとも抑える様子ないんだもん。
あはは……と、隣で大河が疲れたような笑みを零した。
「如月先輩は、なんというかこう、独特ですね」
「おぉ……あの大河が言葉を選ぶとは。如月、いよいよ末期だな」
「なっ、どういう意味ですか?! 私だって言葉を選ぶときは選びます」
「本当ねぇ……大河ちゃんに気を遣われるほどって、相当だもの。ちょっと気を付けるわ」
「如月先輩も!? 私のこと、お二人はなんだと思ってるんですか」
「クソ真面目でバカ正直な後輩」
「右に同じく」
からかう口調で如月が言うと、大河はグヌヌ……と悔しそうに唇を噛んだ。
が、改めて自省してみると否定できなかったらしい。がっくしと肩を落とすと、気を取り直すように言った。
「お二方の指摘は重く受け止めさせていただきます。私も、自分の口が悪いことは一々承知しているつもりですので」
「一桁下がってる時点で承知度が低いんだよなぁ」
「……あれよね。大河ちゃんも地味に独特よね」
だよな、俺もそう思う。
無言の首肯をしつつ、俺は手元のタブレットに目を落とした。
そこには、ミスコン出場者へのインタビュー結果が入っている。
例年、文化祭の前からミスコンに関する記事を出すことが決まっている。少し前までは新聞部がやっていたそうなのだが、色々なトラブルや苦情があり、ミスコン運営のみがインタビュー可能、というルールが制定されたのだ。
ま、だからといって新聞部が諦めるかと言えばそうではなく。
つい最近も演劇部へのインタビューのついでに入江先輩にミスコンの意気込みを聞いてたりしたんだけどな。
だが正式なインタビューは俺たちだけは行える。写真もきっちり撮り、インタビューと共にパンフレットとして配布するのだ。
で、今日はそのインタビュー兼写真撮影をしている、というわけ。
「あーっと。サクサク行き過ぎてたから気にしてなかったけど、今ので七人目だったんだな」
「あら、そうなの~?」
「そのはずです。残りは澪先輩と、霧崎会長と……」
「あと入江先輩、だな」
大河の言葉の続きを引き取ると、なんだか複雑そうな顔をされる。
姉のことはあまり気にしてないと言っていたが、完全に何事もない、とは言い切れないのだろう。
しかしこの後、俺たちは入江先輩のところにも行かねばならない。俺も文出会でケンカを買ったくらいだし、実に胃が痛い。
「なぁ如月。提案なんだが」
「提案?」
「あぁ。あと三人、手分けして回らないか? 俺と大河で綾辻と時雨さんのところ行くから、如月は入江先輩の方に。あっちなら演劇部もいるだろうから撮影も手っ取り早く終わるだろ」
大河はじっと見つめてくる。
庇う必要はない、と不服げな目だ。呆れるくらいに大河らしい。けどそれはそれ、これはこれ。俺だって普通に会いたくないのよ。あの人怖いし。だからここは如月に任せ――
「あ、ごめんなさい。実は私、ここでお別れなのよね」
「は?」「え?」
――ることができない、と暗に示すその言葉に、俺と大河の間抜けな声が続く。
え、ここでお別れ?
「なんで急に、大切に育成してたのに勇者パーティーから離脱するキャラみたいなこと言ってんだ?」
「あの百瀬先輩、八割くらい言っている意味が分からないです」
「分からないならさらっと流せ! 俺が聞いてるのは如月だ」
びしっと指をさすと、如月はちっとも悪びれる様子なく笑った。
「いやね。実は私、この後クラスの方に行かなくちゃいけないの。最近顔出してなかったらから、流石にちょっと困らせちゃってて」
「なるほど、そうか……」
「そういうことでしたら、仕方がないです。むしろここまで一緒に来てくださったことを感謝すべきですね。ありがとうございました」
「いいえ。私がど~しても自分でインタビューしたかったからきただけだもの。気にしないで♪」
ぱちっ、と不敵にウインクをする如月。
大河は律儀に頭を下げているが……うーむ、どうにも腑に落ちない。
さっきまでの如月は凄かった。七名もの立候補者の魅力を最大限に引き出すようなインタビューをし、自分もニヘニへと楽しんでいたのだ。それなのにこっちを放り出してクラスの方? あと三人しか残ってないのに?
「時に如月。確か如月のクラスって教室で中華喫茶やるんだよな。チャイナ服着て」
「ぎくっ」
「いや、まさかな? まさかだと思うんだけど……」
「……? 百瀬先輩、どうかなさったんですか?」
こういうときだけ大河は察しが悪く、その分無垢さを発揮する。
心底分からなそうな顔をしている大河に答えを教えようとすると、
「待って!」
と如月が命乞いをしてきた。
どうやら先輩としての矜持はきちんとあるらしい。
「編集作業、半分やらせてもらうわ。途中から抜けるんだものね」
「半分?」
「さ、3分の2……い、いえ全部! 二人は最後にチェックしてくれればいいから! それで許して!」
「……3分の2でいいよ。クラスのところ、行ってこい」
苦笑交じりに言うと、如月は嬉しそうな顔をする。目尻に浮かぶ滴は見なかったことにしておこう。こんなことで泣くのやめてほしい、情けないから。
「じゃあ行ってくるわね! 二人とも、頑張って~!」
上機嫌な如月は、ステップしながらチャイナパラダイスへと向かった。
まぁ残り三人は如月も知ってる相手だし、インタビューしてもあんまり美味しくないよな。
「あの、百瀬先輩」
「詮索するのはやめてやれ。先輩には先輩なりに意地があるんだ」
「…………よく分かりませんが、十歩譲って納得しておきます」
「うん。それでいい」
かくして俺と大河の二人で残りのミスコン参加者に取材しにいくことになった。