五章#09 役決め
「まぁ。そんなこんなで脚本はいいとして。次は昨日の文出会での話を」
「おー、そーだった! 演劇部とはどーだったんだよ。バトったのか?」
「あー……まぁ、とりあえず聞いてもらった方が早いか」
バトったかバトってないかで言えば間違えなく前者なのだが、それだけ答えてもしょうがない。
俺は、ひとまず昨日の文出会についてうちのクラスに関わりのあることを説明する。
それはもちろん、演劇部との一件だけではない。
昨日の文出会では演劇部以外にもステージでの発表を希望する団体のプレゼンもあった。基本的に認可が下りなかった団体は一つもなかったため、その全てがステージを使うことになるだろう。
「――と、いうわけで。文化祭は二日間だけど、発表自体や一回っきりって感じになりそうだな」
と、俺は過去の経験から分かることを口にする。
無論それは俺以外も分かっていたことだ。演劇部ですら例年、一度しか公演を行えていない。まぁそれでも毎年話題になるし、後日演劇部は部活としてホールを借りて再演するんだけど。
「あーっと、八雲。聞いてもいいか?」
「ん、どうした?」
「えと、これは責めてるわけじゃねーんだけどさ。……なんで一回っきりしかないのに演劇部にケンカ売った?!」
「ケンカは売ってないからなっ!? 敵視してきたのはあっちだから!」
八雲の至極当然な指摘に、しかし俺は真っ向から歯向かって答える。
別に嘘は言ってないだろ? ケンカ売ってきたのは入江先輩ですし? 俺はガクブルしながら立ち向かっただけですし?
と、その辺りのことを説明せずにいてはクラスメイトの理解が得られないだろう、ということは俺でも分かる。
まぁさ、と言ってから俺は続けた。
「ケンカというか対決みたいにはなったけど、言うほど問題はないんだよ。タイムスケジュールの方は生徒会が調整するだろうから心配ないし、対決感は遅かれ早かれ出てきてた。同じ『白雪姫』モチーフで、しかもどっちも主演をバリバリに推してるわけだからな」
「それねー。ウチもしょーがないし、むしろ百瀬くんナイスって気分だよ。このままライバルって思ってもらえたら演劇部の宣伝にただ乗りできるわけだし」
伊藤のフォローを聞いて、おお、と感心したように頷く者が十数名。
元から演劇部なんて倒しちまえって燃えている奴らを合わせれば、今日来ている全員が納得してくれたことになる。
ふむ……よかった。あの場では渋々啖呵を切ったけど、実はちょっと不安だったんだよな。
「なるほどなぁ……そっか。宣伝にただ乗りって考え方もできるのか」
「あぁ。だからこそ、演劇部と話したように連続っていうのもありかな、とは思ってる。演劇部の後にうちがやれば、演劇部を見に来た人の何割かはゲットできる気がするしな。順番が逆でも、座席を確保しに来た人を引き込めるし」
「おぉぉぉ……あれ、もしかして友斗って有能?」
「なぜだろう。褒められてるはずなのに八雲に言われてもちっとも嬉しくない」
俺が言うと、ちぇー、と拗ねるように言ってから八雲が席に着く。
それを見た澪は、学級委員として話を引き取り、進めた。
「百瀬が意味もなくハードルを上げたせいで私たちはいいものを作らなくちゃいけないわけだけど」
「言い方に棘があるんだよなぁ」
「妥当でしょ」
教室を見渡してから、なので、と澪は愛想よく言った。
「今日は役と、その他の役割分担を決めたいなって思います。百瀬、登場する役を黒板に書いてくれる?」
「了解」
今日の澪は進行役もやるらしい。
この中で役が決まっているのは澪だけだし、この話題では澪が進行した方がいいっちゃいいか。
そう結論付けながら、俺は『八面鏡の白雪姫』に登場する人物を書いていく。
『八面鏡の白雪姫』は原作の童話からそこまでかけ離れたストーリーではない。
白雪姫の実母である王女、継母である悪い王女、狩人、七人の小人、そして王子様。以上の11人、そして後は不思議な鏡の声役が1人。これに白雪姫を加えた計13名が登場する計算だ。
白雪姫以外の12役の他、衣装制作、道具制作、諸演出などの裏方仕事を列挙したところで澪に合図を出す。
「こんな感じかな。まだ脚本が出来てないからなんとも言えないけど、そんなに台詞は多くないと思う。だよね、百瀬」
「あ、ああそうだな。特に鏡と王子役は一瞬のはずだ」
澪の言う通り、脚本が出来上がってないから何とも言えないけども。
早く書こ、と密かに思っておく。
「他に、何となくこの役はこんな人がいい、みたいなイメージがある人はいる? 純粋に自分がやりたいっていう立候補でもいいよ。むしろ大歓迎」
澪は丁寧に、そして朗らかに意見を募る。
なんというか、すげぇな、と苦笑せざるを得ない。
澪は本当によく変わった。俺が嫌いになったからミュージカルの主演もやめる、とか言い出してもおかしくない奴だったのに。
なんだかほっこりした気分になっている間に何人かが意見を出してくれた。
たとえば。
小人は唯一とも言えるコメディ要素だから、誰々がいいと思う、みたいな名指しの意見とか。
悪い王女は本当に悪い雰囲気を出せる人がいい、ここが中途半端だと変になっちゃうと思う、とか。
そんな意見に従い、役に対しての立候補者もぽつぽつと現れ始めた。
「推薦もしてもらったし、俺は小人やろっかなー」
「あ、じゃあ俺も」
「僕もやってみようかなぁ」
と、いち早く決まったのは七人の小人。
モチーフはディ〇ニー版じゃないが、小人それぞれに名前と個性を付与してある。それぞれの立候補者が合いそうな役に入り、無事小人のキャストは決定した。八雲もそのうちの一人。ちなみに小人の中には女子も二名ほどいる。ポリコレ対策だ(違う)。
「八雲は……衣装とか道具の指揮もやってもらうはずだが、大丈夫か?」
「んー、まぁ大丈夫っしょ。文化祭の間は部活も休みだし」
「ならいいけど。無理はすんなよ」
「おう、愛してるぜ友斗!」
「うっせぇ。妥当な心配だろ」
ともあれ、八雲は無理するタイプでもないと思う。クラスのみんなも協力できたし、気を利かせてくれることだろう。
次いで、狩人は弓道部の皆月がやることに。こちらも女子だが、地味にイケメンなので僅かな出番でいい感じに観客の心を射貫いていただきたい。
そうしてとんとん拍子で進む話し合いは、しかしそこで停滞し始めてしまう。
良い女王と悪い王女、それから鏡と王子。
悪い王女を除けば軽めの役だが、なかなかハードルは高いらしい。まぁそうだよな。良い王女はミュージカルの一番最初に登場するし、鏡や王子はちょい役とはいえ地味にストーリーに関わる。
「うーん……ウチもやりたいけど、監督がやるのは流石にねぇ」
「うん、無理すべきじゃないと思う。伊藤さんには歌を作ってもらうんだし、あんまり無理しても……」
「だよねぇ。かといってこのクラスでそーゆうのが得意そうな女子はもう入っちゃってるしなぁ」
だよな、と俺は思う。
そもそもの話、文化祭で舞台に立つというだけでも結構ハードルが高い。コメディな小人役は内輪ノリでやりきれなくもないが、他の役は真面目にやらなくちゃいけないからな。戸惑う気持ちも分かる。
かといって誰も出さないわけにはいかないわけで。
気まずい沈黙が顔を出し始めたとき、
「なら私が良い王女と悪い王女、やろうか?」
既に主演を務めている澪が、そう提案した。
「えっ……? えっと、綾辻さん。気を遣ってくれてるのは分かるけどそれは流石に――」
「私、誰かが無理をするのは嫌だな。……なんて言うとちょっといいかっこしすぎかもしれないけど。でも折角の文化祭だしさ、誰かが無理をする必要はないと思う」
「その気持ちは分かるけど……」
さしもの伊藤も澪の提案には戸惑いを隠せないらしい。
俺もその気持ちには同意だ。
が、澪の考えに賛成なのも事実。だって俺も澪も、こういう停滞した気まずい空気が嫌で学級委員に名乗り出るような同類だから。
いや、と俺は澪と伊藤のやり取りに割り込んで言う。
「演出次第じゃ全然できるし、実はそういう風にするのも考えてたんだよな。読んでみて分かった人もいるかもだけど、これってそういう話だから。綾辻が全部演ってくれるなら、俺はそれでもいいと思う。衣装とか演出には凄い負担かけることになるけど」
どうする? と伊藤に目で問うと、意味ありげな視線が返ってきた。
「ふぅん……まー、百瀬くんがそーゆうならウチはいいけど。演出はまぁ、なんとかやるし。白鳥の湖とか、一人二役だもんね」
「そんな感じでできるかは分からんけど……綾辻も、頼めるか?」
「うん。他にやりたいって人がいないなら。なるべく役者は少ない方が他のことに手間をかけられるしね」
「おおぉぉ……百瀬くん、綾辻さんはこんなに天使なのにどうしてこんな脚本を?!」
「はいはい伊藤もうるさいから黙れ。脚本への文句はもう承らんぞ」
冗談交じりに言いつつ、かつかつ、と黒板に澪の名前を書く。
やや無理があるキャスティングにはなったが、当初から澪を押し出すのは共通理念だったしな。特に問題はないだろう。
「さてと。じゃあ後は鏡と王子だな」
そんな俺の呼びかけに対して返ってきた答えに、俺は顔をしかめざるをえなかった――。