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五章#03 文出会

「くふぁぁぁぁ……眠ぃ」


 翌日。

 一昨日は『夏の終わりって題をつけても~』とかかっこつけたことを思っていたが、まだまだ夏は居座り続けるらしい。すかんぴぃに晴れた空と痛々しいまでの日差しについつい顔をしかめつつ、俺はとったんぱったんと学校に向けて歩いていた。


「まったく……先輩はダメダメですねぇ。私が起こしてあげなかったら大変なことになってましたよ?」

「うっ。悪ぃ」


 隣を歩くのは俺の……ううん、ただの後輩・綾辻雫だ。

 少し前までは彼女だったりしたけれど、だからと言って元カノと呼ぶ気にはなれない。そう呼ぶ資格も、権利もないのだと思う。


 やれやれと舐め腐った呆れ顔をするので、こちらとしては非常に業腹だ。

 しかし寝坊しそうだった俺を起こしてくれたのは、俺と同じく文化祭出店会議に参加する予定の雫だった。

 俺が素直に謝ると、はぁぁぁ、と雫は深い溜息をつく。

 分かってねぇな、とでも言いたげな顔だ。


「そーゆうときは」

「謝るよりお礼を言った方がいいっていうアレか」

「むぅぅぅぅ! どーして人の台詞を先読みするんですかぁ!」

「いやだって読み易いし」


 だってほら、雫ってテンプレとか王道を心から愛するタイプだから。

 それに……長い付き合いだしな。お互いの考えはなんとなく分かってる。


「ありがとな。昨日は徹夜だったから本当に助かった」

「っ……そーやって素直にお礼を言われるのも、なんかむず痒いですね」


 雫は視線を泳がせながら、くしゅくしゅとツインテールの先っちょを弄った。

 こいつ、本当に防御力激弱だよなぁ……。

 肩を竦めつつ、そういえば、と気になったことを聞いてみる。


「髪、また、元に戻したのか?」

「えっ? あー、これですか」


 雫の髪を束ねるのは赤いゴムだ。

 先日までつけていた黒いシュシュはどこにいったんだろう、とプレゼントした身として思ってしまうどうも男の子です。

 ……と、しょうもないことを考える俺をよそに、雫は口を開く。


「やっぱり私はツインテールかなぁ、と思いまして。サイドテールだと大人のフェロモンむんむんな感じになっちゃうじゃないですか~」

「え、いやそんなことはないけど」

「そんなことありますから! 私、先輩の周りにいる女の子の中じゃ……い、一番大きいですからねっ?!」

「あ、そ、そうか……」


 そういうことを言うときは、せめてドモらず堂々としていてほしい。そんな耳の先まで赤くして言うのはズルいだろ。

 こほん、と妙な空気を区切るような咳払いをした。


「まぁそうだな……フェロモンは知らんけど、確かにサイドテールだと大人っぽさはあったかもしれん」

「で、ですよね! なんかそれはピンとこないなーっと」

「なるほどな」


 俺はこまめに散髪屋に行って同じくらいの長さを保っているからよく分からんが、女子には色々と髪型に思い入れがあるのだろう。

 たとえば、そう――澪の髪は随分と伸びた。中学校の頃からずっとミディアムボブだったのに。


 そこにどんな意味があるのか、それとも意味がないのか。それは俺には分からないけれど。


 それよりも今は、とかぶりを振った。

 隣を歩く雫にニッと笑って、俺は言う。


「雫はツインテールって感じもするもんな。そっちもやっぱり似合ってるし……今度、ゴムだかシュシュだか買いに行くか」


 ニパァ、と雫は嬉しそうに笑んで、


「はい!」


 と頷いてくれた。


 そうだ、これでいい。

 まだゆっくりだし、何の屈託もなしにってわけにはいかないけれど。

 そうしたいって思いだけで誰かに手を伸ばせるようになろうって決めたから。


「あ、けど先輩。ゴムとかって割と消耗品だったりしますし結構持ってるので、他のアクセサリーがいいです。ミサンガとか」

「そうか……」


 ……繰り返すうちに、ちゃんと目端に気が利く男になりたいものである。



 ◇



 学校に到着する頃には、もうそれなりの人数が登校してきていた。

 文化祭出店会議――通称:文出会(通称を使われ始める必要性ときっかけは誰も知らない)は、毎年文化祭準備開始期間初日の8月15日に行われる。


 この際、各団体は企画書を持ち寄って生徒会に対してプレゼンを行い、その企画の実施の可否がその日に決定される。

 まぁ七夕フェスがそうであったように、その審査は基本的に通すこと前提だ。あまりにも現実的に不可能なもの以外は許可が降りるため、あくまで『この日までに企画をしっかり詰めておくべし』という指針のようなニュアンスが強い。


 そんな文出会であるが、これは一日で全団体の審査を終えることになっている。というのも数年前、団体ごとに審査の日を分けていたら公平に欠ける云々と言い出す輩がいたのである。


 一学年につき8クラスあるので、HRだけでも全部で24。

 加えて文化系部活のほとんどが三年生最後の活動として出店するし、体育会系の部活も来年度以降の新入部員獲得のために出店することもある。更にはそれらとは別に有志が出し物を行ったりもするので……当然だが、文出会の参加者はめちゃくちゃ多い。


 そのため各団体一人のみの参加とされており、複数名の参加は認められていない。


「うわぁ……なんか凄いですね」

「だな」


 文出会の会場である地下1階のホールに集まっている参加者たちを見て、俺と雫はぼぅと呟いた。


 文出会は、確かに単なる企画説明会でもある――が、しかし!

 団体によってはこの時点で生徒会に印象を残し、舞台の発表順や出店時の立地などで優遇してもらおうとするところも多い。

 だから参加者の中にはコスプレをしていたり、小道具を持ち込んでいたりするのだ。


 もはや既に小文化祭って感じがして、見ていて楽しい。その何倍もカオスだけど。


「あっ、百瀬先輩……と雫ちゃんも! おはようございます」


 混沌とした会場に圧倒されていると、底抜けに真っ直ぐで礼儀の正しい声が聞こえた。

 今日も今日とてブロンドのポニーテールを靡かせる大河こと入江大河は、その腕に分厚い資料を抱いていた。


「おはよっ! えっと……大河ちゃんは、生徒会?」

「うん、そうだよ。まだ見習いだし、正式採用はされてないから審査には関われないけど……資料の整理とか、そういう雑事をやらせてもらってる」

「へぇ。なんか大変そう!」

「そうでもないよ? 今日はどこかの邪道なやり方ばっかりする先輩がいないからやりやすいくらい」

「大河、そういうのは陰口って言うんだぞ」

「違いますよ百瀬先輩。こういうのは皮肉って言うんです」

「いい度胸だな!?」


 ふん、と勝ち誇った顔をする大河。

 今の会話に勝ち負けとかなかった気がするが、勝ったと思っているなら勝たせておこう。それも先輩の余裕というものだ――ってごめんねそんな鋭い目を向けないで?


 そも、今日の俺は大河の先輩をやってやれる立場にはない。

 流石にプレゼンする側の人間が生徒会の雑事を手伝うわけにもいかないので、今日は大河を時雨さんに任せてあるのだ。


「悪いな、今日は見てやれなくて」

「いいえ。生徒会選挙もすぐそこですし、実際の会長の下についた方が有意義ですから」

「お前、タチ悪いな」

「さて、なんのことでしょうか」


 大河は悪戯っぽく肩を竦めた。

 夏休み前の生徒会にて、俺が時雨さんに言った酷い文句を思い出す。


「そんなところまで真似しなくていいんだぞ」

「そんなこと百々承知してます。というか、百瀬先輩を真似したことなんてありません」

「そーですよ、先輩。先輩を真似する後輩なんているわけないじゃないですか♪」

「……お前ら、割と俺に酷いな」


 もうちょっと優しくしてくれてもいいんだぞ?

 そんなことを思いながら、俺は席に着いた。

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