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四章#33 ビーチバレーボール

「うーむ……」


 紳士淑女その他様々な性を自認する品格ありし者たちよ。

 諸君は、女の子が頑張る姿に萌える気持ちを理解できるだろうか?

 我々人類は、『可愛い』が頑張る『かっこいい』姿に対し、これまで畏敬の念と愛を抱いてきた。


 遠く、遥か昔を鑑みれば、日本には卑弥呼がいるではないか。

 卑弥呼が可愛いかは知らんが、彼女は卓越した能力で国を治めていた。それは呪術や占いの類を利用したものだったと聞くが、しかし、そんなことは我々にとってはどうでもいい。


 我々にかかれば、万物は『可愛い』へと変換可能。

 戦艦も、武器も、馬も、ロボットも、ゲームも。

 八百万の国・ジパング――もとい、八百万の国(全部擬人化する)・日本。

 あらゆるものを『可愛い』とし、それらが頑張る姿に尊みを覚えるのは即ち必然ッ!


 ――と、ややくだらない思考に走ってみたが、なんてことはない。

 つまり俺が言いたいのは何かと言うと。

 女子がビーチバレーしてるところって、割といいよね、という話。


 ぴぃ、と俺がホイッスル代わりの指笛を鳴らす。

 それを合図にサーブ権を持つ澪・時雨さんチームがサーブを放つ。今回のサーバーは時雨さんのようだ。


「いくよ~」


 と、その声はのほほんとしている。

 が、さも当然のように時雨さんはボールを天に上げた。プロがよくやっているように軽い助走をし、とんと高く跳んで――ぐぅぅぅん、とボールを押し出すように打つ。


 ジャンプサーブである。

 繰り返そう。たかが遊びのビーチバレーで、ガチのジャンプサーブである。


 ボールは真っ直ぐに雫・大河チームのコートへと突き刺さる。

 狙いは雫へ。

 この中で唯一運動が得意ではない雫を狙うとか、しれっと容赦がなさすぎる。


「私が!」

「うん、お願いっ」


 雫にレシーブを無理だと判断した大河は、雫の前にさっと出た。

 ふむ……綺麗なレシーブだ。お手本のようなフォームでボールの勢いを殺し、とーん、と軽い調子で打ちあがる。

 その落下地点には雫が。

 以前卓球で澪と驚異的な試合を繰り広げていたように、雫は決して不器用なわけではない。身体能力の面で劣っているだけなので、トスを上げるくらいならきっちりこなす。


 すぽん、と軽やかに上がったトス。

 ぐっと砂を踏み込んだ大河が高く跳び、スパイクを放ち――


「霧崎先輩」


 ――難なく澪にレシーブされてしまった。

 否、ただのレシーブではない。ボールはネットの手前のちょうどいい高さまで運ばれている。


 澪はツーアタックを狙っているのだ。

 あれほど見事なスパイクを、あっさりと拾って。

 あろうことか、攻撃に利用して。

 技術、体力、視野の広さ、速度。

 様々な能力に於いて、澪が一歩先を行っていることが分かる。


「うん、任せて」


 視野の広さは、時雨さんも同じこと。

 やはり闘争心は感じさせぬ動きで、しかし華麗かつ美麗に点を決めに行く。


 次の瞬間。

 ぱしゅーん、と砂上をボールが跳ねる間の抜けた音が聞こえた。


「……ッ!」

「あっ、ダメだったぁ……」


 飛び込んでなんとか手を届かせようとした大河は悔しそうに。

 速すぎる動きに追いつけていなかった雫は、やや呆然とした様子で。

 そんな声を漏らした。


「あー。18対5――じゃねぇぇぇよ!?」


 一応は審判として結果を告げて。

 けれどもこれを見逃すわけにはいくまい、とばかりに俺は叫んだ。


「本格的すぎるわ! つーか、特に綾辻と時雨さん! ハイスペックなくせに容赦なくやりすぎだから! 雫は一切ついていけずにさっきから大河ばっかりレシーブしてるから!」


 運動神経抜群な(大人げない)二人に言いながら、俺はびしっと大河を指さす。

 ところどころ砂が付着したその姿にはそそるものがあるけれど。

 そういう気持ちはさっきからの涙ぐましいレシーブを見ていると霧散していく。


「うぅ……大河ちゃん、ごめんね。私、あんまり運動得意じゃなくて」

「ううん、大丈夫。これくらいで倒れないから」

「大河ちゃん……!」

「たかが遊びのビーチバレーでスポ根出すんじゃねぇよ!?」


 あぁ、と俺は思う。

 紳士淑女その他様々な性を自認する品格ありし者たちよ。

 諸君は、女の子が頑張る姿に萌える気持ちを理解できるだろうか?

 もちろんできるとも。頑張る姿は素晴らしい。


 ――けど、限度があるって思うんだ!


「はぁ、はぁ……真剣勝負なんだし、しょうがないじゃん」

「そうだよ、キミ。遊びは真剣にやらなきゃ」

「真剣すぎて一方的な蹂躙になってるの! つーか、そもそもどうしてこの組み分けにした!? 大河もそりゃ運動神経はいいけど、綾辻と時雨さんみたいな異次元二人を相手にするのはキツすぎるだろ?!」


 無論、大河は凄い。体育祭のとき持久走で澪に続いて2位だったし、もう一つの出場種目でも勝利の貢献していた。

 雫だって、人並み程度には運動はできる。ただ運動が得意と呼べるほどではないから体育祭ではメイン五競技に出なかっただけにすぎない。


 だがしかし――澪と時雨さんは、圧倒的すぎる。

 この二人の運動神経はずば抜けているのだ。特に澪。動き一つ一つに凄味があったが、今日は更に魅せるような動きまで見せていた。


 むすっとやや不服そうな顔をする澪だが、俺の言いたいことが分からなくなるほど熱中しているわけでもないようだった。

 確かに、と一定の納得を見せつつ、


「このままじゃ雫が可哀そうだし、一方的になりかねないかもだから……雫に代わって、百瀬が入ればいいんじゃない?」


 と提案してきた。


「お姉ちゃん、それ名案! 先輩先輩、私と代わってください! そして大河ちゃんを勝たせてあげてください!」

「その『私じゃ彼女を輝かせることはできないから』的な胸アツ台詞はやめろよっていうツッコミは置いておくして。……いいのか?」


 まぁあくまで遊びだし、五人で四人遊びをしてるんだから途中でメンツが入れ替わるのは自然なことかもしれないけれど。

 言い出しっぺの澪と時雨さんに尋ねると、好意的な答えが返ってきた。


「ボクはそれでもいいよ~」

「私も。…………それとも百瀬は、自分が入ったら絶対勝てるだろう、とか思ってる?」

「えっ、いや別にそういうわけじゃないが」


 澪の冷ややかな視線を受けて、俺は首を横に振る。

 が、全く思っていないかと言えば嘘になる。澪も時雨さんも圧倒的だが、やはりスポーツに於いて男女の差は大きい。俺だって運動にはそれなりに自信があるし、相方は大河だ。勝機は結構あるように思う。


「ふぅん……じゃあさ。雫と代わっていいけど、もし負けたら罰ゲーム。そういうことでどう?」


 澪の言は、なるほど、理に適っている。

 罰ゲームってだけで遊び感は増すし、途中交代の代償としては程よいだろう。


「いいぜ。けどそんだけ言うなら、そっちも負けたら罰ゲームにしろよ? あと数点で勝ちなんし」


 へぇ、と澪の目が細くなる。

 あ、この顔は知ってる。クラスメイトの顔でも、義妹の顔でも、まして雫の姉の顔でもない。セフレだった頃、攻めに回ってるときの目だ。


「いいよ。入江さんもそれでいい?」

「えっ、えと。はい。百瀬先輩がいいのでしたら」

「じゃあ決まりで」


 時雨さんも異論はないようなので、俺は雫に代わってコートに入る。

 交代の際にかっこつけようとしていた雫にはチョップを食らわせておいた。


「百瀬先輩……ありがとうございます。正直、助かりました」

「おう。さくっと勝って、あの大人げない二人に目にもの見せてやろうぜ」

「女子の中に一人混じる男子の方が余程大人げないとは思いますが」

「大河は少し正直すぎるところを直そうな? 余裕で泣くからな?」

「ごめんなさい。小粋なジョークです」

「冗談になってないんだよなぁ」


 苦笑しつつ、大河とコートに並ぶ。

 敵は澪と時雨さん。


「ひゅー」


 指笛代わりの雫の声を合図に、時雨さんがサーブを打ってきた。




 ――――結果だけ述べよう。負けた。

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