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四章#28 秘密

「おお……っ、夜だと微妙に冷えるな」

「ですねぇ。お姉ちゃんが上着持ってきててよかったです」

「うん、私もよかったよ。雫が風邪引いたら悲しいし」


 月下、俺たち義兄妹三人は近所のコンビニまで歩いていた。

 そう三人である。

 アイスでも買いに行こうと言い出した時雨さんはここにいない。祖母ちゃんに手伝いを頼まれてしまったのだ。


 流石に雫や澪を残して手伝いに回すわけにもいかないということで、結果としてこの三人になったわけである。

 まぁ俺抜きで三人で話されるのも、それはそれで何を話すのか分からなくて微妙に不安になるし、これでいいんだけどさ。


 そんなわけで時雨さんからは幾つか欲しいアイスの候補を貰っている。こういうところは子供だよな、とちょっと可笑しく思った。


 夜風で冷える肌を掌で擦っていると、雫が口を開いた。


「けど先輩。先輩の親戚の人、みんな優しくて面白くて、いい人でしたね」

「急だな……」

「それは、今日は先輩とこうしてゆっくり話せるタイミングがなかったですから。ずっと思ってましたよ。いい人だなぁ、あったかいなぁって」


 そうだね、と澪は雫の言葉を引き取った。


「みんな元気で、少しびっくりしちゃったけどね。お義父さんがいつも静かに見えるのって、ママがうるさいからなんだなぁって気付いたよ」

「確かに! 私はそれも思った!」


 二人の感想に苦笑する。

 父さんは父さんで割とうるさいけど、あれは基本俺に対してだもんな。雫や澪には比較的大人しいかもしれない。

 まぁいい年こいたおっさんが義理の娘相手にノリよすぎるのも引くし、あれくらいでいいと思うけどな。


 だから、と話を区切るように雫が優しい声を出す。


「やっぱり家族って似るんだなぁ、って思いました。先輩も優しくて面白くていい人ですから」

「何故だろうな。褒められてるはずなのに、あの人たちと似てるって言われると複雑な気持ちになる」

「そーやって! 誤魔化すところが先輩らしさなのかな、とか思いますけど」

「…………はぁ」


 敵わねぇな、ほんと。

 何もかも見抜かれてしまう。付き合いが長いのも考えものだ、と思えてしまうくらいだ。


「でも、そう言う二人だってもう、家族なんだからな?」


 話を逸らすためにそう指摘すると、雫はくすぐったそうに笑った。

 ですねー、と雫が相槌を打つと、澪は微笑混じりの声で言う。


「私たち以外、誰も知らないけどね」

「確かにそーだね……なんか私、一学期のうちに誰かにバレちゃうかなーって思ってたもん」

「まぁ、確かにどこかでバレそうな展開になるってのはありがちだな」


 隠し事なんて、本当に親しい人には通用しない。

 物語の世界なら、きっと早々にバレていたことだろう。

 だがそんなことはなかった。

 危なかったのは勉強会のときくらいか。あの時だって別に疑われたわけではなく、ただ俺の家に来たいって言われただけにすぎない。


 どうしてこうも楽に隠し通せているのか。

 その理由は幾らでもあるだろうが、その中でも分かりやすいのは――


「俺と綾辻は、詮索してくるような友達がろくにいねぇからなぁ」

「悔しいけどそれには同意」

「二人とも悲しいこと言わないでくださいよぉ?! それじゃあまるで、私もぼっちみたいになっちゃうじゃないですか!」


 俺と澪の自虐ネタに、雫がぶわぁぁっと泣くような素振りを見せた。

 くつくつと笑ってから、俺は雫の言葉を否定する。


「俺と綾辻がぼっちなのは否定できないけど、雫の場合は違うだろ。ほら、うるさいのがいるし」

「……大河ちゃんに言いつけますね」

「やめて⁉ つーか、今ので大河だって分かる時点で雫も酷いな?!」

「むぅ、失礼な。先輩が言いそうなことから判断しただけですよ。大河ちゃんは私の、とっても大切な友達なので」


 ふん、と雫はそっぽを向く。

 年中『ずっ友だヨ!』と言っていそうな雰囲気はある雫だが、ここまではっきりと言い切るのは始めて見た。

 そんなに大切にされてるなんて……よかったな、大河。親心、いや上司心に嬉しさが込み上げてくる。


「知ってるよ。大河がいい奴だってことは俺も分かってる」

「ふっふー、でしょでしょ? 大河ちゃん、とってもいい子なんです」

「そうだね。私はこの前の勉強会で話しただけだったけど、確かに、いい子だな、とは思ったよ」


 澪にも褒められたことが嬉しいようで、雫はふにゃぁと頬を緩める。

 自分のことではないのに本気でこんな風になれるのは、きっと雫の美点だ。


 そして、きっと。

 そうやって自分にとって大切な誰かが褒められたときに喜べるのは、その人の手を掴んだことに自負があるからなのだと思う。


 俺も喜びたいな。

 雫や澪や大河が褒められたときに、自分のことでもないのに誇らしげに笑いたい。


 くぉぉぉぉん、と自動車が道路を走る。

 ざー、ざー、と海の気配を感じる気すらした。


 ほんのちょっぴり、物足りないな。

 そんな風に思いつつ、ようやく見えてきたコンビニへ歩いていた――そのときだった。


「――……っ?!」


 嘘、だろ……?

 信じられないその姿に足を止めると、雫が不思議そうにする。


「先輩、どーかしました? もしかしてお化けとか……」

「え、お化けじゃなくて……いや、生霊なのか?」

「百瀬にわざわざ取りつく生霊もなかなかいないと思うけど」

「だよなぁぁ?! ってことは、あれは――」


 信じられない()()を俺が指さすと、()()は困惑と不機嫌を煮込んだような顔でこちらに近づいてきて。

 そして、言った。


「百瀬先輩。人を指さすのはやめてください。不快です」

「い、いやそういっても……どうして大河がここにいるんだよッ⁉」

「それはこっちの台詞です。どうして雫ちゃんと澪先輩が一緒なんですか」


 ここにいるはずのない後輩と義理の兄妹である三人(俺たち)は。

 奇しくも、つい数分前の会話で立てたフラグを回収するという形で。

 やや噛みあっていない問いを、ぶつけ合うことになった。



 ◇



「……で、どういうことか説明していただいてもいいですか?」

「それはこっちの台詞だよなとか、この状況でしれっとコンビニに逃げたお前の親友に対して何か一言ないのかよとか、そういうツッコミは心の奥にしまっておいて話せと? 無理だろ!」

「夜なんですから、そういう大声を出すのはやめてください。非常識です」

「今俺に非常識を求めないでほしいんだよなぁ……」


 大河と遭遇するという、唐突なイベントから数分後。

 四人でコンビニ前にたむろするのは迷惑だろうと大河が言い出し、俺たちは二手に別れることになった。

 雫と澪はコンビニで買い物、俺と大河はコンビニ前で状況説明。

 桃太郎とお爺さんとお婆さんを彷彿とする。嘘、するわけがない。頭が混乱しすぎですね、俺。


 しかしまぁ、冷静になればさほど状況は難しくない。

 ただ受け止めがたいし、信じがたいしで、脳が受け付けていないだけ。

 すぅぅぅぅと深呼吸をしてから言った。


「簡単に説明すると、父さんの実家がこの辺なんだよ。RINEで言っただろ?」

「はぁ……確かに仰ってました。というか、百瀬先輩の実家がこの辺りなのは私も知ってましたよ」

「へ? あれ、俺住所まで送ったっけ? そんな痛い奴だったか?」


 違いますよ、と大河は首を横に振った。


「百瀬先輩は覚えていないでしょうけど……小さい頃、私は百瀬先輩と会ってるんです」

「…………マジで?」

「はい」

「あー、えっと。すまん。まっったく覚えてないわ」


 申し訳なさがいっぱいになって、俺は謝罪を口にする。

 大河と会った記憶は俺にはない。というか、この地に纏わる記憶はそのほとんどが美緒に関するものなのだ。それ以外はほとんど残っていない。


「いいえ、いいんです。私も思い出したのはつい最近ですし」

「そ、そうなのか……? もしかして俺を好きになったのはそのときのことがあったからかな、とか思ったりしたんだが」


 だとすれば、そのときの俺はもういない。

 大河の知る俺はきっと、美緒がいた頃の俺だ。美緒に依存していた頃だ。

 ならその好きは――――。


 けれども大河は、ふっ、と鼻で笑って否定した。


「そんなわけないじゃないですか。私がそんな乙女に見えますか?」

「え? それは普通に見えるけど。むしろ雫や綾辻より夢見がちなタイプだろ」

「~~っ! ち・が・い・ま・す!」


 ずん、と一歩踏み込みながら睨んでくる大河。

 その圧に気圧され、分かった分かった、と俺は漏らす。


「私が百瀬先輩を好きなのは、百瀬先輩の今を見たからです。というかそんなことはどうでもいいんですよ。私が聞きたいのは、どうして雫ちゃんや澪先輩がいるのか、ということです」


 真っ直ぐ槍のように大河が聞いてくる。

 ド直球の『好き』にドギマギしつつも、誤魔化せなかったか、と思った。


 コンビニの中の二人と視線を交わしてから、ついに俺は白状することに決める。

 端から絶対に秘匿すべきだ、とまでは思っていなかった。勉強会のときには諦めて話してしまおうかと考えたくらいだしな。


 ――なにより。

 三人じゃなくて四人になるために、こんなつまらない隠し事を持ち続けたくはない。


「義理の兄妹なんだよ、俺たち」

「えっと……?」

「俺の父親と、雫と綾辻の母親が再婚した。で、義理の兄妹になったんだ。今年の4月から、一つ屋根の下で暮らしてる」

「再婚……義理の兄妹……一つ屋根の下……」


 ぶつぶつ、ぶつぶつ、と大河は俺の言葉を反芻する。

 合点がいったような顔をしたり、逆に納得いかない顔をしたり、昏い顔をしたり、翻って明るい顔をしたり。

 色んな顔をしてから、大河はごくんと息を飲み下した。


「なるほど、理解しました」

「あっ、理解したのか……凄いな」

「別に凄いことではないです。事実だけ見ればそれほど突飛なことではないですし。まぁ……あれだけ色んなことを話してもこのことを話してもらえなかったのは少しショックですが」

「ぅっ、それは……すまん。別に大河を信用してなかったとかじゃないんだ。話す機会が見つからなかっただけで」


 いつか話そう、とは思っていた。

 だってそうだろ? 大河には曝したくない心のうちすら曝して、みっともなく逆ギレした。この夏休みの間、大河には色んなことを話した。


 凛とした表情の大河はこちらを一瞥し、くすっ、と楽しそうに笑った。


「冗談ですよ。ちゃんと分かってます。RINEや電話で話すべきことではないですし、雫ちゃんや澪先輩も関わることですもんね」

「……あぁ」

「それに私も内緒にしていたという意味では同じです」


 んんっ、と喉を調子を確かめるような咳払いを一つ。


「私の実家はこの辺りで……この時期はいつも帰省するんです。昔、夏祭りで百瀬先輩を見かけたので今年もそうだろうと思って8月13日、と約束しました。話さずにいてすみません」

「……ふっ」


 笑いが込み上げてくる。

 本当にもう、こいつには敵わない。こんなときですら律儀に謝ってくるんだから。


「じゃあお互いに隠してたからチャラってことで。いいよな?」

「はい、それで」


 りんりん、と虫の鳴き声が聞こえて。

 俺たちもコンビニに入るか、と言って、俺たちは雫と澪のもとに行った。

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