四章#24 義妹との話(転)中
「お~、皆! やっほー」
「やっほーじゃねぇよ! 言い出しっぺのくせに待ち合わせに遅れてくんな!」
定刻から約30分が過ぎて、ようやく伊藤は待ち合わせ場所にやってきた。
俺と澪の気持ちを八雲が代弁すると、伊藤は、たはー、と申し訳なさそうに笑う。
「ごめんごめん! 色々準備してたら遅くなっちゃって。許して!」
「だとよ、学級委員さんたち。どう思う?」
「ちょっと炎天下で30分立ち尽くすバイトをしてほしい感はある」
「少し反省してほしいかなぁ……」
「綾辻さんも厳しい?! 味方になってくれると思ったのにぃ」
「だって本当に暑いから。まぁ反省してくれたなら私は許すよ? 女の子的に、準備が大変なのは分かるし」
「天使!!!!」
うっわぁ……見事に切り替えてんな、澪。
さっきまでの義妹モードとは打って変わって、今度の澪は人当たりがいい。伊藤は冗談混じりで言っただけだろうが、まさに『天使』という感じがする。表情の作り方すら別人だ。
ほんと変わったよな。
雫は昔、自らの意思で変わることを選んで。澪もまた、加速度的に変わってきている。
なら俺も、変わらなくちゃいけない。
そんな決意が顔を出すが、今日はそういう話をする日じゃないので、ぶんぶんとかぶりを振った。
「まぁこんなところで話してても誰も幸せになんねーしな。友斗、とりあえず行くか」
「あぁ。そうだな」
人によって待ち合わせの時間感覚が違うことはままあることだ。伊藤を責めてもしょうがないし、俺は今日伊藤に世話になる側だからな。
八雲と頷き合い、俺たちは目的地へ向かうことにする。
「で、今日ってどこに行くんだ? 八雲から集合場所と時間を知らされてるだけなんだが」
「言っとくけど、それは俺もだぜ。聞いても教えてもらえなかったから」
「そうなんだ……伊藤さん、どこに行くの?」
澪が聞くと、伊藤はけろりと答える。
「あ、言ってなかったけ。ウチの家だよ」
「「……は?」」
「大丈夫大丈夫。お父さんもお母さんもいないし」
「いや別にそこの心配はしてないが……」
じゃあ何を心配しているのか、と言われれば解答に詰まる。別に何かを心配しているわけではない。ただそんなほいほい人の家に行っていいのか、と思ってしまう部分があるのだ。
しかし、それは俺と澪だけだったらしい。
八雲は、ふーん、となんてことなさそうに返事をしている。まぁ友達百人いたら家にも普通に行くよね。
「まぁまぁ、とりあえず行こー。チャンスの神様は前髪以外禿げなんだよ」
「間違ってないけど悲壮感ある言い方にするな。そして使いどころが違う」
「細かっ。そーゆうの、女子に嫌われるよ」
「やかましい。さっさと案内しろ」
まぁ……いっか。
なんか伊藤と話してるとそう思えてくるから不思議だ。そんなところが人気者たる由縁なのかもしれない。
◇
伊藤の家は何の変哲もない一軒家だった。明らかに成人男性用の靴もあったし、本人が言っていたように、あくまで両親は出ているだけなのだろう。一人暮らしなんて稀有な例が早々あるはずないので、当然と言えば当然か。
家に上がると、俺たちはとある部屋に通された。そこは明らかに他の部屋とは異質で、たくさんの本とピアノとその他諸々のオーディオ機器と……つまりはまぁ、芸術的なものが色々と置かれていた。
「なぁ……伊藤って何者なんだ? 明らかに一般家庭なのに、この部屋だけはどう考えても一般家庭とは思えない密度なんだけど」
「それなぁ。俺もよく分からん。けど白雪が仲いいから、とりあえずいい奴だなって思ってる」
「如月が仲良くしてるのは、単に伊藤が可愛い方だからじゃねぇの?」
「そーだけどな。美少女に悪い人はいないつーのが白雪の持論だから」
「不純な持論過ぎるんだよなぁ」
その理論なら美少女しか出てこないアニメでは悪人を一人も出せなくなるじゃんか。最高に性格悪い女が最高に綺麗、ってのもそれはそれでアリだと思うよ?
と、そんな如月の美少女好きな癖についてはさておいて。
作詞作曲ができるサバサバ系JKって、もはや属性が渋滞してるんだよな。雫だったらキャラ設定に物申すレベル。
「お待たせ~。とりま、テキトーに摘まめるお菓子持ってきたから食べながら色々見よ~」
「あ、伊藤さんありがとう。私もちょっとした差し入れ持ってきたから、もしよかったら」
「あ、そうなんだっ! めっちゃ嬉しい――って、もしかしてこれ手作り?」
「うん。私、和菓子が好きで。夏っぽくないかなって思ったんだけど」
「ううん、ちょー嬉しい! っていうか和菓子作れるの凄くない?」
「ありがとう。けど物によっては結構簡単だよ?」
「へー、そーなんだ! ウチも今度やってみよっかな」
「うんうん、ぜひ」
……以上、澪と伊藤の女子トークでした。
なるほど、確かに美少女に悪い人はいないかもしれない。っていうか澪、しれっと和菓子作って持ってきてるんだな。俺一ミリも知らなかったんだけど?
澪にジト目を向けると、勝ち誇ったような笑みが返ってきた。
こほん、と咳払いをして話を進める。
「まぁいつまでも駄弁っててもテキストは埋まらないし、とりあえずやるか」
「お、いいねいいね。じゃあやろっか」
言うと、伊藤は本棚から何冊か本を取り出した。
背表紙を見ると『グリム童話』『本当は怖いグリム童話』『新解・グリム童話』『怖いおとぎ話』などと記されている。なるほど、まずはおとぎ話から攻めるわけか。
――童話をベースにシリアスで泣ける話
それが今回のコンセプトである。
童話については何となく知っているつもりだが、改めて知っておいても損はないだろう。
その他、プロットの書き方などの作法についての本も数冊。
うーむ……たくさんあるし、手分けするしかなさそうだな。
三人とも、それぞれ童話の本に手を付け始めている。
俺もまずはそれに倣おう。プロット自体を今日書く必要はないし、作法なんてぐちゃぐちゃでも何とかなるからな。
ぺら、ぺら、ぺら。
ぺら、ぺら……ぺらぺら。
んー、ん? ぺら、ぺら。
吐息と紙をめくる音が排泄される。てっきり駄弁って終わるかと思っていたが、伊藤と八雲は結構真剣に考えてくれている。
一時間、二時間、三時間。
昼食を食べてから集合したため休憩をほとんど挟むことなく、それぞれ勝手にお菓子を摘まみ、本に没頭していた。
そうして四時間が経ち、夕方と言って差し支えない時間帯になって。
俺は――悟った。
「これ、あんまり役に立たなくね……?」
「百瀬くん、それ言っちゃダメっしょ。ウチもちょっと思ったけど」
俺の呟きに、伊藤は苦笑いしながらツッコむ。
だが否定はしない。それは八雲や澪も同様だった。
約四時間をかけて、うんうんと唸って。
そうして俺たちは気付いたのである。これ、延々と本当のグリム童話とか調べたところで教養にしかならんな、と。
「そもそも、こうやって本を読まないと出てこないような童話をベースにしたらコンセプトに外れるからなぁ」
「そうなんだよねー。やっぱ、ディ〇ニー映画とかになってるやつじゃなきゃダメかな」
「ディ〇ニー……たとえば、シンデレラとか?」
澪がぽつりと呟く。
「んー、けど綾辻さんはシンデレラって感じじゃないかなぁ」
「え、そうかな……? じゃあ逆にどんな童話なら私っぽい?」
はてと澪が首を傾げると、伊藤がうーんと考え始める。
開始から四時間が経ち、ようやく話が進みだした感じだ。八雲と視線を合わせ、俺たちも考えてみる。
澪らしい童話って、なんだろう?
ぱっと思いつくのはヘンゼルとグレーテルだ。
でもそれは、あくまで義兄妹という“関係”を通して見たものでしかなくて。
じゃあ、そのフィルターを通さないで見るとどうなる?
「いざ言われると分かんないなー。八雲は?」
「俺は……んー、言われてみると分からねぇかも。友斗は? うちのクラスだと、友斗が一番話してるじゃん」
二人がパスをし、俺に話が回ってくる。
澪がぱちぱちと瞬いた。何か捻りだそうとするが……二人同様、いいものは浮かんでこなかった。
「分からん。強いて言えば親指ひ――」
「百瀬」
「声が怖ぇよ。冗談だって」
俺がすぐに謝ると、八雲と伊藤がぷっ、と吹き出した。
けらけらと可笑しそうに笑うと、伊藤は言う。
「まぁそーだよね。すぐに思いついたら苦労しないだろうし」
「あはは……私はちょっと、複雑だけど。ごめんね、おとぎ話っぽくなくて」
「ううん、全然そんなことないよ! むしろすっごいお姫様って感じがするし」
「そう言われるのも複雑だけど……ありがとう。嬉しいな」
ふんありと澪が笑みを零した。
たんぽぽの綿毛のような、優しくて柔らかな笑顔。
伊藤はそれを見て頬を緩めると、視線をこちらに移した。
「ってかさ、百瀬くんって綾辻さんと結構仲いいよね。二人ってどーゆう関係なの?」
テーブルから身を乗り出して伊藤が聞いてくる。
どういう関係、か。
たとえば。
綾辻の妹が俺の彼女なんだよ、と。
当然のことを答えてもいいのかもしれない。けどそれは俺にとって逃げのように思えて、俺は澪が答えるように先に口を開いた。
「中学からの腐れ縁なんだよ」
「――……っ?」
「えっ、マジで?! おい友斗、それ聞いてねーんだけど」
「聞かれてないし、四月の時点で言ってたら色々誤解しただろ? だから黙ってたんだよ」
澪が目で、どういうつもりか、と聞いてくる。
だが今はその問いには答えない。
伊藤さんが、ふぅん、と口角をつり上げた。
「へー、内緒の関係だったんだ? 二人ってなんかあやしー」
「はは……伊藤さん、それはないよ。中学からの腐れ縁って言っても、中学校の頃はほとんど話してなかったし」
「あっ、そうなんだ?」
「うん。そうだよ。それより、本題に戻ろう? せめてベースにする童話くらいは決めないと、百瀬だけじゃ絶対締切に間に合わなそうだし」
「それな」「それね」
「おい」
二人にツッコミを入れると、けらけらと笑いが起こった。
笑い終えると、俺たちはまた脚本のための話し合いに戻る。
澪と……そして八雲のいつもとは違う視線が、チクチクと肌を刺してきていた。




