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四章#23 義妹との話(転)上

 瞬く間に8月がやってきた。それはもう、ハロウィン後のスーパーがクリスマスへと商品の売り方を転換していくのと同じくらい一瞬だった。微妙に分かりにくいな。それにしても11月1日に見るハロウィン用お菓子の売れ残りの切なさは異常。


 と、くだらないことを言うのはやめて。

 改めて述べよう、8月である。何なら今日は、一週目が終わりに近づいている5日だ。だいぶ曜日感覚も薄れ、いよいよ夏休み用の体のリズムができ始めている。


 そんな日に俺は、


「ねぇお兄ちゃん」

「なんだ妹よ」

「暑い」

「言うな」

「帰りたい」

「それはもっと言うな。看板女優だろ我慢しろ」


 駄々をこねる義妹を宥めながら、街を歩いていた。

 全ての始まりは先日八雲からかかってきた電話。俺のプロットがあまりにも進んでいないので、関係者で会議というか打ち合わせみたいなものをしよう、という話になった。


 で、今日がその日なのだが――運が悪いことに、本日の最高気温は37度。ぶっちゃけ靴を履いていても足が焼けるかもと思うほど地面は熱いし、水分補給を欠かしたらクラクラしそうだと思うほどにはもわもわと暑い。


 澪が帰りたがるのも納得できてしまう真夏日だと言えよう。


「大体、主演が脚本会議に参加するのっておかしくない? 私、気の利いたこととか言えないし。むしろ自分で演じるものに口を出すのは気が引けるし」

「む……まぁ、確かに」


 取ってつけた理屈のように思えるが、あながち否定できない。

 確かにそうだ。澪は役者なのだし、本来的に言えば脚本は俺たち裏方でどうにかすべきなのだろう。まぁどこぞの演劇部部長は主演脚本監督全部やっているらしいが。


 しかし今回に限って言えば、澪の言い分は通らない。

 何故なら――


「けど、そう思うなら俺が声かけたときに断ればよかっただろ?」


 一度は澪が承諾したからである。

 澪はばつが悪そうにそっぽを向き、答えた。


「それは……クラスの人に悪いし。それに伊藤さんとは仲良くしておいた方がいいでしょ」

「……そう、か」


 その他人を慮る、というかクラスの立ち位置を気にするような発言が意外だった。

 いや、厳密に言うと最近の澪を考えればさほど意外ではないだろう。ただ今年の春、平然とぼっちでいたときの澪を考えると、あまりにも澪らしくない。


 最近の澪は、もはや孤高や孤独といった言葉からは離れているように思う。雫みたいに夏休みに遊ぶことはないが、教室ではちょくちょく雑談をしていたし、クラスラインでもたまに発言する。


「なぁ澪。聞いてもいいか?」

「なに?」

「えっと……どうして今みたいに、クラスで上手くやるようになったんだ? なんか心境の変化があったとか?」


 以前、体育祭の打ち上げに参加したとき。

 あのときの澪は俺と出かける機会が欲しかった、と言っていた。

 だがそれではクラスで上手くやる必要まではない。そもそも夏休み前の澪は、クラスで上手くやるためにわざわざ人当たりがいいモードになっていた節もあったし。


 んー、と唸ってから澪は答える。


「その方が都合がいいかと思って。お兄ちゃんも仕事を“理由”にしやすいだろうし。そもそも私も学級委員なんだから、()()くらいにはきちんと働いておいた方がいいでしょ?」

「っ」


 澪は、甘く(わら)う。まるでバラの花のように。

 澪は俺に“理由”をくれようとしている。俺が澪と関わるために作った幾つもの“関係”を、これまで以上に守ろうとしてくれている。


 そのことに――心地よさを覚えている自分に気付いて、歯噛みする。

 変わろうとしてるくせに、やっぱり臆病な自分もいて。

 そんな弱くて情けなくて居場所がない自分を、澪は優しく受け止めてくれるから。


「……酷い顔。そんなに苦しそうにしなくてもいいのに」

「……っ、別に、そんな顔はしてない」

「そうかな。じゃあ元々か」


 澪はからかって言うけれど、俺は苦笑を返すことしかできなかった。

 ぎゅっと澪は俺の手を握り、そして続けて囁く。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが苦しむ必要はない。私は私で考えがあるからお兄ちゃんの義妹になったの。この“関係”でならお兄ちゃんに大切にしてもらえるから――()を注いでもらえるから」


 だからね、と握る手に力を込めて。


「今のままでいいんだよ。彼女と義妹と、後は可愛げがある補佐役だっけ? そのままで、一緒にいればいいんだから」


 シクシクと、怖がりな自分が安心して泣き始めた気がした。

 美緒ならきっとこんなことは言わないけれど、相手は美緒じゃなくて澪で。

 美緒の代わりではなく、妹の代わりだからこそ、澪は澪らしく俺に寄り添ってくれている。


 暑さのせいだろうか。

 前後不覚になりそうだ、と思った。


「なーんてね。今のはちょっと、恩着せがましい言い方をしちゃったかな」


 澪は空気を変えるように、そうくすくすと笑いながら言った。

 もう今の話は終わりにしよう。

 そんな意図を汲み、俺は素直に澪の話の先を促す。


「本当は、普通に楽しくなったんだよ」

「クラスの奴らと話すのが?」

「それもあるかもしれないけど……それ以上に、色んな私になることが。クラスの子に好かれそうな自分、雫のお姉ちゃんの自分、お兄ちゃんの義妹の自分」


 指を一本一本折って数えるようなしぐさをしながら言う。

 礼儀正しくて清楚な自分、雫みたいに小悪魔な自分――。

 色んな自分に、と。


「随分と変わった趣味だな」

「そうかも。けど、雫と似たようなものだと思わない? セルフプロデュース的な意味では」

「あー……言われてみれば」


 一貫した自分か、多面的な自分か。そこに違いがあるだけで、確かに本質的には同じなのかもしれない。

 俺が納得していると、澪はせらせらと笑った。


「だからミュージカルやろうって思ったのかもね」

「そっか……なるほどな」

「うん。だから――お兄ちゃん、頑張って」


 あぁ、と思う。

 今日一緒に来てくれたのは、これが狙いなんだろうな。

 俺は肩を竦めて、頑張るよ、と答える。


「それはそうとお兄ちゃん」

「ん、どうした」

「待ち合わせまで時間あるし、どっかでアイス買っていかない? 暑すぎる」

「めちゃくちゃ同感だけど、節制はいいのか? 雫は海のために節制って言ってたぞ」


 俺が言うと、澪はムスッと不機嫌な表情になった。


「そんなに私が太ってるように見えるんだ。ふーん……」

「いや違うぞ? 澪は全然太ってないつーか、むしろもうちょっと肉をつけないと心配になるぞって言うか」

「まぁそうだね。雫に比べたら――」

「澪ってば最近、体型のことで気にしすぎじゃない?!」


 これは地雷を踏んでしまったかもしれない。

 そう思う俺に、澪は悪戯っぽい笑みを向けた。


「ふふっ、冗談だよ。お兄ちゃんがそういう意図で言ったわけじゃないのは分かるし……お兄ちゃんが大きくないと()()()()わけじゃないってことも知ってるし」


 その一言に、俺は胸を撫で下ろした。

 それにしては最近そういう話に敏感な気もするけど……まぁ、周りの女性陣のサイズが大きめだからなぁ。


 こほん、と澪は咳払いをして話を続ける。


「それに私、毎朝ランニングしてるから。多少の贅沢をしても問題にはならないんだよ」

「え、マジで……?」

「マジで。だって私、普通に学校のときと同じようなリズムで起きてるし」


 ということは朝6時、いやそれよりももっと早く起きてるのか……。

 あの時雨さんすら凌駕する勢いだった体育祭での澪の活躍の理由が分かった気がする。澪って結構運動好きなんだな。


「ならアイス、買ってくか。頭使わなきゃならんから糖分補給しておきたいし」

「うん。行こ」


 頑張らなくちゃな、と何となく思った。




 ――ちなみに。


「やばっ、溶けるの早すぎだろ」

「アイス食べるのは失敗だったかもね」

「だな」


 外で食べるアイスはあっという間に日光によって溶かされていって。

 温暖化って深刻な問題だなぁ、としみじみ思ったりした。

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