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四章#12 帰省について

 夏休みはどんどん過ぎ去っていく。

 7月ももうすぐ下旬に差し掛かろうとする頃合い、珍しく父さんと義母さんが早めに帰ってきた。

 いやまぁ、早めと言ってもすっかり夕食を終えて風呂にも入り終わった頃だったんだけどな。


「久しぶりねっ、友斗くん~♪」

「……テンション高いっすね」

「ふふっ、まぁねぇ。だって愛する息子と娘たちに会えてるんですものっ。あぁもう、おうち大好き♪」

「ママっ⁉」

「お母さん、抱きつかないのっ!」


 仄かに顔が赤い義母さんに抱きつかれると、澪と雫が驚いたような声を上げた。

 二人がぐいぐいと義母さんの腕を引っ張るのに、なかなか義母さんは離れてくれない。その理由は……うん、何となく分かった。


「父さん……これ、完全にお酒飲んでるでしょ」

「あはは、よく分かったな」

「いやだってお酒臭いし」


 義母さんがお酒を飲んでいるところはほとんど見たことがない。

 ゴールデンウィークのとき、気持ちよさそうに数杯だけ晩酌を交わしていたのが最後だろうか。我が家の冷蔵庫に料理酒以外の酒類がないのがその証拠。


 けど今日は違った。澪も雫も酒臭さに気付いたらしく、顔をしかめている。


「お母さんが悪酔いするなんて珍しい……」

「何かあったんですか?」


 澪に問われると、父さんは嬉しそうに頬を緩めた。

 デレってしてて、ちょっとキモいな……多分素面なんだろうけど。


「休みが取れてね。帰省の見込みが立ったものだから、その達成感と挨拶することへの緊張とかで色々とはっちゃけちゃったみたいだ」

「ほーん……日程、決まったのか」


 いつまでも抱きつかれたままでは色んな意味で苦しいので、義母さんの肩を掴んでぐーっと突き放す。

 夏休みに帰省するという話は前々から聞いていた。だからこそ俺や澪の誕生日の日でも関係なしにせこせこ働いていたみたいだし。


「あー、もうお母さん! しょうがないなぁ。ちょっと待ってて。お水持ってくるから」

「んふ~。雫ったら本当にいい子。俺の嫁って感じね」

「娘だから!」


 ……義母さんの介抱は雫に任せておくとしよう。

 俺と澪は二人で頷き合い、代わりに父さんから話を聞く。


「日程、聞いてもいい? こっちも一応、予定あるし」

「はっはっは。俺の息子のくせに予定なんてあるわけないだろ」

「心底殴りたいんだけど。殴っていい? ねぇ殴っていい?」

「百瀬、落ち着きなって。友達がいないのは事実でしょ」

「事実じゃねぇよ⁉」


 澪は俺のことをなんだと思ってるのか。俺にだって友達はいる。八雲とか、八雲とか、八雲とか……。あ、如月もギリ友達か……?

 考え始めたら虚しくなるのでやめておく。クラスで話す奴はいるし、友達認定したっていいはずだ、うん。ちなみに予定がないのは事実なので、これ以上の追及はやめておくことにする。


「俺の予定とか関係なしに、日程は聞かないと困るだろ」

「あぁ、それは分かってる。すまんすまん。久々だから俺もテンションが上がっててな」


 照れ笑いしてから、父さんはスマホを取り出した。

 カレンダーを確認しながら父さんが教えてくれる。


「父さんの方の実家にはいつもと同じく8月11日から三泊四日で行きたい。で、美琴さんの方には――」

「今年は忙しいから来ないでって言われたからまた来年~♪」

「……と、いうことだそうだ。親戚の人がちょうど子供ができたとかで、今は本当に忙しいらしくてな。俺の方は再婚前に一度挨拶しにいったこともあって、また来年で、って言われたんだよ」

「ほーん」


 何となく事情は呑み込めた。義母さんは自由人って感じだし、忙しいときに来られるのは確かに遠慮してほしいかもしれない。

 俺としては親戚に挨拶したかったが、今後いつでも機会はあるし、いいだろう。


 気になるとすれば大河との約束と帰省がバッティングしてることか。

 大河に確認したら別にその日を空けておく必要はないって言ってたし、特に問題はないだろうけど。


「了解。なら予定空けとく」

「あぁ、頼んだぞ。あと……」


 父さんが曖昧な表情を浮かべ、義母さんたち三人を見遣った。

 なるほど、とすぐに意図を察する。


「いつ?」

「できれば明後日、一泊二日で。難しいか?」

「……いや、準備しとく」


 父さんの気持ちは分かる。

 この話は他の三人には聞かせたくないだろう。義母さんには話しているだろうが、わざわざ家族団らんの席で口にしたい話題じゃないのは明白だ。


 けれど、澪は俺たちの表情を見逃さなかった。

 はてと首を傾げ、そして口を開く。


「あの……明後日、何があるんですか?」

「えっ。あ、あー……ちょっとね。男同士の付き合いみたいなものだよ。澪ちゃんは気にする必要ないから」


 目が泳いでるぞ、父さん。隠すの下手すぎるだろ。

 怪しすぎる父さんのせいで何かがあることを確信した澪は、こちらを見つめてくる。その目で『答えて』と言われてしまえば、突き放すことなどできるはずがない。


 それに――


 ――今度、会いに行こっか。夏休みにでも


 澪とはそう、約束していたから。

 雫と義母さんには聞こえないような声で、俺は答える。


「実の母さんの実家への帰省だよ。明後日から行くんだと」

「ゆ、友斗……?」

「大丈夫だよ。ちゃんと話したから」

「……そう、か」


 父さんは、澪と美緒が似ていることに気付いている。ゴールデンウィークのときには誤魔化したけど、今はもう、その必要はないはずだ。


「あの……私も、明後日行っちゃダメですか?」


 澪がそう言うと、父さんは複雑な表情を浮かべた。

 普通に考えればNOだろう。今の澪はだいぶ髪が伸びたし雰囲気も変わったから、美緒とは遠くなっている。でも澪からすれば母さんの実家の人は他人でしかないわけで、場合によっては気まずい思いをするかもしれない。


「えっと……行かなくても大丈夫だよ。美琴さんもその日は行かない予定だし」

「けど行きたいんです。ダメですか?」


 澪がじっと父さんを見つめた。父さんはその視線に耐えかね、こちらにSOSを求めてくる。

 まぁそりゃそうなるよな。


「いいんじゃないか。綾辻は雫と違って、友達いないし。予定もないだ――痛っ」

「友達いるし。如月さんだけど」

「俺と同レベルなんだよなぁ……」


 澪に勢いよく踏まれたつま先をスリスリさすりつつ言うと、父さんは少し憑き物がとれたように笑った。

 分かったよ、と父さんが頷く。


「じゃあ三人で行こうか。雫ちゃんにだけ、上手く言っておいてくれるかな」

「任せてください。上手く言っておきますね」


 ふんありと澪がはにかみ、この話はここで終わりとなった。



 ◇



「――ってことになったんだが、雫はどうする?」


 その日の晩。

 話すなら早いうちがいいということで、俺と澪は帰省のことを説明した。話の最中で渋い顔をしていた雫は、んー、と唸ってから答えを出す。


「私も行きたいです! ……って言いたいところだったんですけど、今回は遠慮しておきます」

「いいのか……?」


 てっきり一緒に来たいって言い出すと思っていたので、少し驚く。

 雫はそんな俺を見て、にまーっとからかうように笑った。


「もしかして先輩、私にも来てほしかったですか? 可愛い彼女と離れたいなんて、本当に甘えん坊さんですね~」

「い、いやそういうことじゃなくてだな……」

「私たちは泊まることになっちゃうから。雫が一人で大丈夫かなって思ったんだよ」


 俺の言葉を澪が継いだ。

 残念ながら義母さんはその日、休みを取れなかったらしい。だから雫は一人にならざるを得ない。

 幾らでもRINEでメッセージのやり取りができるとはいえ、雫を置いていくのは少し気が引ける。


「なんか子供扱いされてる気がして不服ですけど、それはこの際置いておくとして」


 こほん、と厳かな風に雫が咳払いをした。


「私は大丈夫ですよ。確かにちょっぴり寂しいですけど、その分は今度先輩から徴収するので」

「徴収って、お前な……」

「先輩成分摂取、でもいいですよ?」


 甘い上目遣いをされてしまい、とくん、と心臓が跳ねた。

 くっそ、可愛いなこいつ。小悪魔で確信犯だと分かっていてもこういう態度にはドキドキしてしまう。

 文面だけ冷静に見れば『今度埋め合わせしろよ』ってだけなのにな。


 雫に応えるべく、俺はくしゅっと頭に触れた。

 ゆっくりと雫の髪を撫でると、心地よさそうに目を細める。


「分かったよ。今度絶対埋め合わせするから、何してほしいか考えとけ」

「えへへ……はい」

「雫可愛いなぁ……私も今度、何か埋め合わせしてあげるからね」

「うん、お姉ちゃん――ってやっぱり子供扱いされてる気がします! お姉ちゃんより大人なのに!」

「なっ……雫? それってどういう意味かな。場合によっては今日は寝かさ――」

「もう夜中なんだからくだらないことでケンカするのはやめようぜ? な?」

「くだらなくないから」「くだらなくないです!」

「あっ、そう……」


 澪と雫の声が重なり、俺を突き放す。

 時刻は午前1時。深夜テンションも混じって、二人はバチバチしていた。


「……俺はもう寝るわ」


 きゃっきゃっと仲良くケンカする二人に言い残して、思う。

 大河との約束は本当に果たされるのだろうか。

 俺は変わることができるのだろうか。


 もしかしたら、と思う。

 この夏は、これまで俺が落としてきた色んなものを拾い集める夏になるのかもしれない。



 もう一度、大切な人たちの手を掴むために。

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