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四章#06 結び目

【ゆーと:早めに生徒会終わったんだけど、もう帰れるか?】

【しずく:えっと……ちょっと待ってください】


 生徒会室を出てからメッセージを送ると、『WAIT』と書かれた板を持つペンギンのスタンプが返ってきた。

 歩きスマホもよくないだろうから、と俺は適当なところまで歩き、壁に背を向けて寄り掛かる。


 時間はまだ、夕方というのは早すぎる。

 生徒会が終わるのは夕方頃だろうから待たせるのも悪いと言った俺に対し、雫は『それでも一緒に帰りたい』と殊勝なことを言ってくれた。

 というか元々、暫くは友達と夏休みのことを話すつもりだったらしい。夏休みに色々と遊ぶ予定があるのだとか。予定が未定の俺とは大違いだ。


【しずく:すみません】

【しずく:あともうちょっと待ってもらってもいいですか?】

【ゆーと:了解。幾らでも待つから急がなくていいぞ】


 ついさっき生徒会で言ったことと矛盾しているような気がして、チクリと胸が痛む。

 雫は夕方まで待つつもりだったのだから、俺だって素直に最後まで残っていればよかった。七夕フェスの事後処理を経験しているメンツは少ないんだし、幾らだってサポートできる点はあっただろう。


 けど、と思う。

 あれ以上大河を無視するのは辛かった。

 俺なんかを案じてくれているって分かるからこそ、もう話さないでくれって拒絶するのは辛い。


「ごめんなさい……急に呼び出しちゃって」


 スポドリでも買ってこの気持ちを流してしまおう。

 そんな風に思って自販機へ向かっていた道中、唐突にそんな声が聞こえた。俺は咄嗟に物陰へ身を隠し、ミスったな、と思う。


 生徒会室から自販機がある場所へ行くには幾つかルートがある。

 今の俺は、何となく人と会いたくなくて、一番人気(ひとけ)が少ないルートを選んでしまった。


 その判断は、今日に限っては間違いだったと言わざるを得ないようだった。


「というか僕の事情で時間まで指定しちゃって……すみません。待たせちゃいましたよね」

「……少しだけ」

「あぁやっぱり! ごめんなさい。そしてありがとうございます。今日来てもらったのは、どうしても夏休みが始まる前に言いたいことがあったからです」


 今がどんな状況なのか分からない奴がいるとすれば、そいつは少し勉強しなおした方がいい。何を勉強しなおすのかは知らないが。


 人気(ひとけ)のない廊下、男女二人っきり、そして夏休み直前。

 このタイミングで行われることはただ一つ――告白だ。


「……っ」


 二重の意味で、俺はこのルートを選んだことを悔いる。

 一つ目はもちろん、告白に遭遇してしまった、という意味で。

 もう一つは――


「綾辻澪さん。ずっと前から好きでした。僕と付き合ってください」


 ――澪が告白されているところを見てしまった、という意味で。


 ずくん、と胸が痛む。


 考えてみれば何も特別なことではない。澪は『可愛い子ランキング』でも連続で入江恵海に並んでいるのだ。去年までは少し近寄りがたかっただろうが、今はそれほどでもない。告白する奴が出てくるのは当然のことだろう。


 まして、今は夏休み直前。

 告白に失敗しても噂になることはないし、上手くいけば夏休みを一緒に楽しめる。これほどまで告白に打ってつけのタイミングもなかなかない。


 けど――俺は、今立っている場所がグラグラと崩れていくような感覚に陥った。

 当時に、考えたくないIFが頭をよぎる。


 たとえば、もしも。

 澪に恋人ができてしまったら、そのとき俺はどうするんだろう。

 義妹っていう“関係”は恋人っていう“関係”の前では、時に無力に陥ってしまう。兄離れという言葉があるように、澪が俺から離れていってしまうことだって十二分にあるだろう。


「…………」

「ダメ、ですか?」


 何も言わない澪に対し、告白している少年が不安そうに尋ねた。

 どこか弱々しい印象。乱暴な相手じゃなかったことに安堵する。少なくとも、強引に迫られることはないから。


 ――なんて、嘘っぱちだ。


 安堵なんてしていない。口にされない答えのせいで、胸がどうしようもなく苦しくなっている。


 嫉妬とかヤキモチとか、そういう感情ではないと思う。

 ただ純粋に――気付いてしまったのだ。

 “関係”でしか繋がることのできない俺は――。


「ごめんなさい。私、好きな人がいるから」

「っ。そ、そうですよね……」

「うん」

「僕は、もう……行きます。綾辻さんの恋が叶うのをお祈りしますね」


 告白は、あっさりと終わった。

 澪が断ったことによって。

 少年はその場を去り、澪だけが場に残っている。


「お兄ちゃん、出てきていいよ」


 バレてたのか、と思う。

 けどまぁそうだよな。あの少年は緊張していたから気付かなかっただけだ。


「……バレてたか」

「まぁね。私としては、見られちゃったか、って気分だけど」

「すまん。聞くべきじゃないって思ってはいたんだけど」


 足に力が入らなくて、あの場を去ることができなかった。

 そんな情けないことは言えないから、別のことを口にする。


「モテモテだな。兄として誇らしいよ」

「シスコンのくせに」

「シスコンじゃない兄などいないからな」


 澪の想いを知っているくせにこんなことを言えてしまう自分の最低さを自覚する。

 澪だって分かっているはずなのに、ふっ、と微笑が返された。


「お兄ちゃんは……雫と帰るの?」

「まぁな」

「そっか。なら――」


 私は行くね、と。

 そう言おうとする澪に先んじて、俺は言う。


「澪も一緒に帰ろうぜ。たまには三人で帰るのもいいだろ」


 そっか、と澪は全てを理解したように呟いた。


「いいよ。その方が雫も喜ぶし、彼女の姉のポイントも稼いでおかないとだしね」

「あぁ。そういうことだ」


 澪はそう言って、“理由”をくれた。

 義妹ではなく、彼女の姉という“関係”を使って。


 タイミングを見計らったみたいにスマホが振動する。


【しずく:終わりました!】

【しずく:帰れます!】


 澪を一瞥し、俺はメッセージを返す。


【ゆーと:綾辻にあったんだが、一緒でもいいか?】

【しずく:お姉ちゃんですか?】

【しずく:もちろんです!】


 ウェルカム、と小躍りする魚のスタンプを送ってきた。 

 澪にトーク画面を見せて、二人でくすっと笑う。


「行こ」

「おう」

「あっ……さっきのは雫に内緒ね。相手に悪いし」

「……もちろん。そこまでデリカシーを欠いてはない」

「…………それにはちょっと、賛同しかねるけど」

「うわー、胸にグサッと来るわー、その台詞」


 澪と並んで歩く。

 そうできていることに、俺は心から安堵した。



 ◇



「なんだかんだ、三人で帰るのって初めてですよねー!」

「あー。確かにそうだな」

「うん。雫と百瀬の邪魔しちゃ悪いって思ってたしね」


 帰り道。

 中途半端な時間ということもあってか誰ともすれ違わず、俺たちは三人っきりで歩いていた。


 雫は三人での下校をしてみたかったらしく、やけにテンションが高い。

 繋がっている手をぶんぶんと動かすので、繋いでる方としてはちょっと自粛してほしいと思っちゃうくらいだ。


「……なぁ。さらっと流そうとしてるから言うけど」

「んー、なんですか? 今日も私が可愛いって話ですかー?」

「あ、いや。まぁ確かに可愛いっちゃ可愛いが、そうじゃなくてだな」

「百瀬。雫を褒めるのが雑すぎない? もっと心を込めて」

「お前はお前でシスコンすぎるんだよ! ツッコミくらい大人しくやらせろ」


 俺のすぐ隣にいる雫と、その隣で微笑む澪。

 二人に向かって、俺ははっきりと言い放つ。


「あのだなぁ……この繋ぎ方、どう考えても変じゃね?」

「えー、どこがですか?」

「全部だけど? 三人で手を繋ぐとかアホだろ。立ち位置的には雫が子供なのに綾辻の方が小さ――痛いっ⁉」

「彼女の姉に向かって『小さい』とはいい度胸じゃん。減点」

「そーですよ、先輩! さいてーです」

「俺に味方はいないのかよ……」


 と、そんな風に頭を抱えつつも、あえてちゃんと今の状況を描写するならば。

 雫の左手を俺が、右手を澪が握っている。夫婦と子供が歩くときのアレだ。誰ともすれ違わないけど、もしすれ違ったら『なんだこいつら』って目を向けられること間違いない。


「いいんですよ。私は先輩とも、お姉ちゃんとも手を繋ぎたいんです」


 えっへん、と両手が埋まった雫が胸を張る。

 百点満点の向日葵みたいな笑顔のまま、あー、と言って続けた。


「もしかして先輩、お姉ちゃんに嫉妬してるんですかー?」

「いや流石にそんなことは一ミリもないけど」

「もう、先輩ったらしょうがないですねー♪」

「だから違うんですけど? つーか、二人が仲いいことなんて嫌と言うほど知ってるし。今更嫉妬しようがないだろ」


 そうだ。

 澪と雫は元々繋がっている。血の繋がりっていう、絶対に途切れない“関係”で。

 もしも邪魔者がいるとすればそれは俺の方。

 百合に挟まる男じゃないけれど、それに似た部分があると思う。


「……先輩? どうかしましたか?」


 思索にふけっていると、雫が聞いてきた。

 その声には、先ほどまでのような茶化す色は見られない。本気で心配してくれているのだと気付く。

 だからこそ、俺は分かりやすく作り笑いをした。


「いや。姉妹百合ってありだよなぁ、って思っただけだよ」

「うわー、それ絶対変な妄想しましたよね? 先輩の変態!」

「百瀬、最低。雫でそういう妄想したら許さないよ」

「えぇ……目が怖いんですけど」


 ぷっ、と三人で吹き出す。

 けたけたと笑って歩くなか、俺は雫を握る手に力を込めた。


 ちゃんと三人、繋がってる。

 大丈夫、大丈夫。

 大丈夫な、はずなんだ。


 俺は、何度も何度もそう言い聞かせていた。

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