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一章#07 友達と人気

「おはよう」


 教室のドアを開けた俺は明るくも暗くもない声でそう挨拶をした。別に特定の誰かに向けたものではない。

 クラスの誰かと上手くやれればいいなという打算もないわけではないが、それ以上に身体に礼儀が染みついている。教室に入ったらまず挨拶。昔は聞き分けのいい子供だったから、教師の言ったことを真に受けていたものだ。


「…………」


 教室全体を見渡すと、すぐ左に綾辻が座っていた。出席番号一番の座席はそこらしい。周囲を拒絶するかのように両耳にワイヤレスイヤホンをはめ、ぱらぱらと本を読んでいる。


 うわぁ……こいつガチぼっちすぎるだろ。綾辻とは、中学一年生のときから数えて五年連続で同じクラスだ。思えば去年もその前も、綾辻はあんな感じだった。それなりに積極性をもって行事に関わっている俺とは大違いである。


 ジロジロ見ていると、綾辻は俺の視線に気付いて顔を上げた。

 ぽつん、ぽつん、ぽつんと空気中に浮かぶ三点リーダー。

 僅かな間を置いて、視線だけでのやり取りが交わされる。感情は読み取りにくいが、経験則で何を思っているか推測できるのだ。


『またぼっちモードかよ』

『悪い?』

『悪くはないけど。雫に色々言われるぞ』

『……そのときはそのときだから』


 綾辻が澄ました顔で本に視線を戻す。

 まぁ、一人が悪いことだとは思わない。苗字が違う以上、絡み方を間違えればあらぬ誤解を招く可能性があるしな。俺だって脱ぼっちと呼べるほど大層な気概はないのだ。


 黒板に書かれている席順を見て、自分の席に着く。

 窓側から二番目の最後列。ベストとまでは行かなくとも、ベターなポジションだ。


「おはよっす」


 スクールバックを机に横にかけて一息つくと、右隣から声をかけられた。

 そちらを向くと、実にいけ好かないイケメンがいる。程よくかけられたパーマと知的ぶった眼鏡の組み合わせのせいで全身からチャラさが滲み出ていた。そのくせ制服はほとんど着崩していない。変なやっちゃ。


「おう、おはよう。お前もぼっちか?」

「初手がそれって、男子高校生的にどうなの」


 くつくつと笑うと、左頬に薄っすらえくぼが浮かび上がる。

 その姿はどこか子供っぽく、無意識のうちに心の警戒が弱まった。


「初日にスマホ弄りながら話しかけてくるのなんてそれくらいしか思いつかなくてな。友達と別のクラスになった可哀想な奴なのかと」

「そいつは残念だったな。むしろ友達は多い方だぜ。友達百人できるかな、を本気で目指してたタイプ」

「へぇ。つまり俺の敵か」

「早速の敵判定⁉」


 ぷっ、とそいつが吹き出し、俺もつられてケラケラと笑った。

 悪い奴じゃなさそうだな。俺が来てすぐではなく、一息つくまで待つことのできる気配りも好感度が高い。

 くしゃっと頭を掻き、俺はそいつに手を伸ばした。


「俺は百瀬友斗だ。一年間よろしく」

「おー、よろしく! 俺は八雲(やくも)晴彦(はるひこ)だ」


 ぎゅっと握手。

 胡散臭さとかくすぐったさとかで背中がゾワゾワしたので、誤魔化すように呟く。


「晴彦って顔じゃないな……」

「どういう意味だっ⁉」

「いやほら、お前チャラいし」

「新しくできた友達がすごいずばずば言ってくるんだけど」


 友達、ね。

 流れるようにその言葉を言えるあたり、やっぱり八雲は人間関係に慣れている。俺は胸を張って友達だと言えるような相手もいない。


 雫とは仲がいいが、義妹ということを抜きにしても友達とは少し違う気がする。上下関係はあってないようなものだが、先輩と後輩というポジショニングは明確だろう。


 友達に一番近いのは綾辻か。

 セックスフレンド。セックスをする友達という意味では、綾辻とは友達なのかもしれない。友達以上恋人未満。そう在れればいいと思うけれど、友達なら知っているべきことを俺は知らない。


 そんなことを考えていると、自然に綾辻の方に視線が向いた。

 綺麗な姿勢で読書を続ける姿はモノクロ映画の名シーンになりそうだ。世界との切り取り線みたいなイヤホンは小ぶりで、そういえば綾辻は耳の穴が小さいもんな、と思い出す。


「あ、そうだ。後で忘れると面倒だし、先にRINE交換しとこうぜ」

「ん、それもそうだな」


 スマホを取り出すと、八雲は画面にQRコードをしてくれた。

 それを読み込み、『友達登録』のボタンをタップする。


【ゆーと:登録できてるか?】


 確認を込めてメッセージを送信すると、目の前で八雲がおっ、と声を上げた。

 ニシシと無邪気な笑みを見せると、そのままスマホをポチポチと操作する。ポチポチって鳴らないけど。


【HARUHIKO:ばっちりだぜ、心の友よ!】

【ゆーと:距離の詰め方がナンパのそれ】

【HARUHIKO:ナンパとかしたことねぇからな!】


 目の前にいるのにRINEでやり取りをしているのが可笑しくて、二人でくすっと笑った。

 満足したのか、八雲はスマホをポケットにしまう。


「ところでマイベストフレンズよ」

「……なぜに複数形?」

「それはほら。友斗以外にもベストフレンドはたくさんいるから。皆同列1位みたいな」

「なんだそれ」


 何股もかけるクズ男みたいなことを言う。冗談半分であることは分かったので、話の続きを促した。


「友斗の目から見て、うちのクラスの女子はどうよ」

「どう、ってのはどういう意味だ?」

「そりゃもちろん可愛さ的な意味でだよ」


 ひそひそと小声で叫ぶ八雲。

 ふと辺りを見渡してみると、既に八割がたクラスメイトが登校してきていた。それぞれぎこちなさの残る新しいグループを作ったり、一年生から続くグループで固まったりしている。


「うちの学校ってそもそも可愛い子多いじゃん? 俺の友達にもモデルやれるじゃんって子いるし」

「あー……まぁ否定はしない」

「でも可愛さって言っても色々あるしな。友斗的にはどうよ、気になる子いる?」


 そう尋ねてくる八雲の口ぶりはだいぶ軽やかだ。男子高校生らしい会話にほっとすると同時に嬉しくなった。


「どうだろうな。あんまりジロジロ見たわけじゃないしよく分からん。そっちは?」

「俺? んー、俺的にはやっぱり綾辻さんかな」

「……やっぱり?」


 とくん、鼓動が跳ねる。

 動揺を悟られないように努めて平静な声で尋ねると、意外そうに八雲が答えた。


「あれ、知らねぇの? ほら、廊下側の一番前の席の子」

「去年も同じクラスだったし、存在は知ってる。でも『やっぱり』ってのはどういう意味だ?」

「それは……ほら、これ」


 スマホを取り出した八雲が見せてきたのはRINEのグループだった。

 三百名以上のメンバーが入っており、グループ名には『全校生徒男子』とある。どうやらうちの高校の男子が所属しているライングループらしい。

 ……俺入ってないんだけど。


「グループラインか。それがどうした?」

「このグループで定期的に『可愛い女子ランキング』ってのを投票で作ってるんだよ」

「へぇ」


 なんて馬鹿なことを、というツッコミは引っ込めておく。気持ちは分かるし。

 ……俺が入ってないことは根に持つけど。


「で、綾辻さんは去年からずっと3位。2位と1位はもうアイドルとか天使って感じだけど、綾辻さんならワンチャンって狙ってる男子は多いんだよ」


 ほーん、へぇ、ふぅん……。

 不思議なことではない。俺だって綾辻は可愛いと思う。せいぜいモテのマイナス要素は周囲と壁を作っているところだが、逆にそこがいいと感じる男子だって多いのだろう。

 なんだろう、この言葉にできないムズムズ。

 知り合いが実は裏で人気者だと知ったときのこそばゆさとは少し違う気がする。


「へぇ、そういう感じね」

「……? なんか言ったか?」

「いんや、なーんにも。面白くなりそうだなって思ってただけ」


 八雲がニヤニヤと意味ありげに笑う。

 単なるいい奴というわけではなさそうだな、と思った。

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