表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/116

1回戦 Sランク冒険者ゲーム26 米崎陽人視点2

 大騒ぎになった。それまで陽人のことを中二病と呼んでバカにしていた連中や、陽人を無視していた連中が目を輝かせながら群がってきて、詳細を聞きたがった。


 もう後戻りはできなかった。


 陽人は脇の下に嫌な汗をかきながら、覆面作家だから詳しいことは教えられないんだ、と答えた。何を訊かれてもそれで押し通した。


 すると、さっきまで羨望の眼差しだったクラスメート達の目が、スッと冷めたのが分かった。誰も陽人の話を信じていないのが伝わってきた。


 陽人は息が苦しくなって、必死に呼吸をした。すると、なぜか余計に息が苦しくなった。頭が痛くなり、周囲の世界がぐわんぐわんと回り始め、立っていることができなくなって、保健室に運ばれた。ところが、保健室に着いた途端に息が楽になった。


 その日は結局、早退した。そして翌日登校すると、嘘つきと呼ばれるようになっていた。嘘つきは小説家の始まり、と言われたり、昨日は仮病でズル休みしたんでしょ、と言われたりした。それから、ことあるごとに嘘つきだと言われるようになった。


 それでも陽人は、中二病をやめることができなかった。


 心の底からやめたいと思っていて、前世の記憶なんて本当はないんだと思っていて、できることなら転校して人間関係をリセットして中二病を封印して普通の生活をしたいと思っているのに、やめられなかった。


 青山直也や西表七海や浅生律子のように、同級生の中にも陽人をバカにしない奴もいた。だが、彼らも陽人の言うことを信じたり、積極的に陽人を庇ってくれたりするわけではなかった。中学は地獄だった。


 そして、高校に進学した陽人は、異世界デスゲームに巻き込まれた。


 ああ、よかった。これでやっと、僕は特別な人間になれた……。でも、32人は多すぎるよな。異世界に転移するのは僕1人だけでよかったのに、と思った。


 陽人はいつものように、異世界転生モノのウェブ小説を書いていて、商業デビューしたという話をした後、異世界でお金儲けをする作戦をいくつも披露した。異世界は陽人にとって貴重な得意ジャンルだから輝けるチャンスのはずだったのだが、話し合いを仕切っている偉そうな男子は、陽人の作戦を(ことごと)く否定しやがった。


 それでも他の生徒が陽人の案を一部修正すると、その修正案が採用され、面目を保つことはできたと思った。


 その後の班分けでは、柿埼ジュンという男子と同じ班になってしまった。小説とか漫画とかアニメとか映画とかドラマとか、色んなストーリーに詳しい人も4人、アイドル班以外の班に移動してくれ、と偉そうな男子に言われ、陽人が適当な班に入った後で、柿埼ジュンが移動してきたのだ。さらに、柿埼ジュンのファンになったという天道知尋(ちひろ)も、柿埼ジュンを追いかけて陽人と同じ班になった。


 確かに柿埼ジュンは整った顔立ちをしていて、髪がサラサラで手足が長いが、ただそれだけに過ぎないと陽人は思った。陽人より背が高いのに、陽人より体重が軽そうな、こんなガリガリの男子のどこがいいのか、陽人にはさっぱり分からなかった。


 しかし、最後に加入した天道知尋はもちろん、料理と水泳が得意だという斉藤透湖(とうこ)も、小学校高学年までピアノを習っていたという小坂結衣(ゆい)も、みんな柿埼ジュンの一挙一動を気にしていた。


 予選で陽人が転移した街には、他の異世界から転移してきた奴らが32人もいて、開始直後にそいつらと接近遭遇してしまった。


 すると柿埼ジュンは相手チームのリーダーと話し合いをして、現地人に目をつけられないようにと、予選の間限定の相互不可侵条約を締結してしまった。


 コミュニケーション能力が低い陽人には、到底真似できない芸当だった。


 女子3人は柿埼ジュンの功績を褒め称えた。陽人が柿埼ジュンについて何も言わずにいると、嫉妬しているのかと見当違いのことまで言われた。


 その後、現地の出版社に行った陽人は、中学生のときに3話だけ書いて挫折したオリジナルの小説のあらすじを編集者に語り、これを原案として小説化してくれる作家を探していると説明した。しかし、編集者は微妙な表情で、残念ながら当社では出版できません、と言った。

 しかし、陽人が地球の名作小説や漫画や映画のあらすじについて話すと、編集者は明るい表情になり、是非当社で出版したいので作家を紹介します、と言ってくれた。


 ちゃんとお金を稼ぐことはできたが、その後、陽人が同じ班の柿埼ジュンや女子3人と仲良くなることはなかった。陽人は完全に孤立していた。


「そう言えば、米崎くんのデビュー作のタイトルをまだ訊いてなかったな」


 3日目の夕食のときに、柿埼ジュンが気を遣ったのか、陽人の方を見てそう言った。


 この頃にはもう、柿埼ジュンがいい奴なのは分かっていた。自分がただ嫉妬しているだけなのも分かっていた。柿埼ジュンは本当に陽人に気を遣って、孤立している陽人が話しやすいであろう話題を振ったのと理解していた。だが――。


「米崎が小説家デビューしたっていう話は嘘だよ」


 陽人が答える前に、同じ中学だった天道知尋がそう断言した。


 天道知尋こそが、中学2年生のときに、そう言えばネットで小説書いてるって言ってたけど、あれ、どうなったの? と訊いてきた女子だったのだ。


 そこから先は、嘘じゃないと主張する陽人と、だったら証拠を出してよと迫る天道知尋の間で言い争いが始まった。最初から陽人の敗北が決定している言い争いだった。だから陽人は、話の途中で食堂から逃げ出し、そのまま予選最終日まで柿埼ジュンや天道知尋達とは別行動をとった。


 予選が終わり、魔空間に戻されたときはホッとした。Sランク冒険者を目指すという1回戦のルールを聞いたときは、やっと僕の時代が来た、と陽人は思った。


 しかし、ステータス画面を見て、目を疑った。ザイリックが陽人に付与した職業は、羊飼いだったのだ。


 ここは勇者になるべき流れだろう、と思った。でも、ランダムで職業が付与されたのなら仕方がないか、という諦めの気持ちもあった。ただ単に運が悪かったのだろうと思った。


 クラスメート達を見回すと、予選時の班ごとに自分の職業を打ち明けて、話をしている様子だった。


 柿埼ジュンは本当にいい奴で、予選4日目以降は単独行動をとり続けた陽人に近づいて話しかけてきた。


「俺はテイマーになったんだけど、米崎くんは?」


 親が動物病院を経営していて、自身も獣医を目指していると予選時に語っていた柿埼ジュンはそう訊いた。テイマーというのは、魔物を使役する職業だろう。


「僕のことはいいから、みんなは?」


 陽人がそう言って女子3人の方を見ると、彼女達は順番に答えた。


 予選時に、将来はお天気キャスターを目指していると語っていた天道知尋は、風魔術師だった。


 長身のモデル体型で、中学時代は弓道部で、高校でも弓道部に入りたいと語っていた小坂結衣は弓士だった。


 中学時代は水泳部で、高校でも水泳部に入りたいと語っていた斉藤透湖は水魔術師だった。


 陽人以外の全員が、それぞれのイメージや適性に合った職業になっていた。


 陽人だけが例外で、ランダムな職業になったとは考えにくい。


 でも、僕は羊なんて飼ったことはないぞ。犬とか猫とか、ペットを飼ったことすらない。小学校や中学校で生き物係になったこともない。お父さんとお母さんは公務員だし、お祖父ちゃんは農家だけど、お米と野菜しか作っていなくて、酪農はしていない。


 どう考えても、自分が羊飼いという職業になる理由が分からなかった。


 だが、「テイマーって何なの?」と柿埼ジュンに訊く天道知尋を見た瞬間、唐突に理解した。


 羊飼いと言えば、イソップ童話の『オオカミ少年』の職業だ。狼が来たぞ! と大人達に嘘をつきまくった結果、本当に狼が襲ってきたときに大人に信じてもらず、羊を全て狼に食べられてしまったという寓話の、少年の職業だ。イソップ童話は地球の物語だが、異世界にも似たような話があるのかもしれないし、ザイリックがみんなの頭の中を覗いて『オオカミ少年』について知ったのかもしれない。


 つまり――。


 僕が嘘つきだから、羊飼いなんていう職業になった。


 ということなのだろうか。


 そう考えた瞬間、激しい怒りが沸き上がった。


「――こんなのは何かの間違いだ! 職業の付与をやり直してくれ!」


 陽人は堪らず、ザイリックに向かってそう叫んだが、断られてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ