1回戦 Sランク冒険者ゲーム13
「コンちゃん、私の職業を言い忘れてるよ」
独り言子ちゃんこと朝倉夜桜が、右手に嵌めたキツネのハンドパペットに向かってそう言った。
「あ、ごめん! 夜桜ちゃんの職業は裁縫師だよ! 夜桜ちゃんは裁縫が上手で、予選のときもヌイグルミをたくさん作って売ってお金を稼いだんだよ!」
コンちゃんがそう言った。いや、実際には朝倉夜桜が言っているのだが、いちいち「コンちゃんが喋っているという設定で朝倉夜桜がそう言った」と表現するよりは「コンちゃんがそう言った」と表現した方が短いし分かりやすいだろう。
「うん。夜桜ちゃんが作った動物のヌイグルミのシリーズは大人気で、凄く儲かったよ。ちなみに、夜桜ちゃんは小学生の頃からこんな感じだったからね」
腹黒地味子ちゃんこと夏目理乃がそう補足した。ということは、コンちゃんのハンドパペットも朝倉夜桜の手作りなのだろう。
デスゲームのせいで気が触れてしまったんじゃなくて、元からこんな感じだったのか……。でもまあ、朝倉夜桜は小柄な体型で、ちょっと眠そうな目つきだが童顔っぽい感じの可愛い顔立ちだし、15歳ならまだギリギリ許される範囲内かもしれない。成人してもこんな感じだったら、さすがに絶対に許されないだろうが。
それにしても、キャラも濃いけど名前もインパクトが強いな。「あさくらよざくら」と韻を踏んでいるし、朝なのか夜なのかはっきりしない。
そんなことを考えていると、店員が日替わり定食とジュースを運んできた。日替わり定食の内容はパンと一口サイズのチーズとスープとスクランブルエッグで、まるで安いビジネスホテルの朝食みたいだった。価格は5コールトだったから、日本円に換算すると1コールト=約100円くらいの貨幣価値なのだろうか。
この計算が正しいとすると、俺のネックレスは35万円で古道具屋に売れて、有希の治療費は10万円だったことになる。造血ポーションは1万円か。
有希の怪我を日本で治療してもらった場合、保険が適用される前だと数百万円くらいかかったかもしれない。そう考えると、回復魔法による治療は良心的な価格設定だな。
この世界では回復魔術師による治療は一瞬で終わるから、長時間の手術や入院や大量の投薬が必要な日本での医療と比較するのは医療従事者達に申し訳ない気もするが。
ネックレスの方は、予選のときに100万ゼン(100万円くらい)で買った記憶があるから、やっぱりぼったくられてしまった気がする……。あのネックレスには芸術的気価値なんて殆どなくて、純金としての価値が大部分を占めていたから、世界が変わってもそれほど価値に変動があるとは思えないんだよな。まあ、古道具屋は商売でやってるんだから利益を出さないといけないし、あのときは一刻を争う緊急事態だったし、終わったことだからもう考えないようにしよう。
「自己紹介が止まっちゃったけど、佐古くん、続きをどうぞ」
全員の前に定食とお茶が並べられ終わり、店員が立ち去るのを待って、鈴本蓮がそう促した。
「あ、うん。僕は佐古良哉です。職業は運び屋です」
運び屋か。ワイルドな字面で、あまり佐古くんのイメージには合っていないような気がする。いや、これはあれか。石原や取り巻きABにパシリとかをやらされていたせいだろうか。だとしたら、不憫な子だな……。
俺がそんなことを考えていると、佐古くんと目が合ってしまった。
「小中学生の頃、よく石原くん達の荷物持ちをやらされたり、焼きそばパンとかジュースを買いに行かされたりしてたんだ」
俺は何も言わなかったのに、佐古くんは自分からそう打ち明けた。
「何かごめん……」
俺はとりあえず謝っておいた。
「次は俺の番だな。俺は千野圭吾。職業は鍜治屋になった」
15歳とは思えないほど老け顔で、頑固職人っぽい風格の男子はそう名乗った。
「僕は米崎陽人。職業は……」
左手首に包帯を巻き、右目に眼帯をつけた男子、小説家くんはなぜかそこで言い淀んだ。
「職業は?」
青山は全く意に介さずにそう促した。
「えっと……。僕に付与された職業は……。ええと……小説家。そう。小説家だ」
小説家くんこと米崎陽人は、左手首を押さえながらそう答えた。何だ。小説家くんのイメージにピッタリじゃないか。勇者や賢者のような戦闘職になりたかったのに、生産職になってしまったのが嫌で、言いたくなかったのだろうか?
「私は安来鮎見。職業は釣り人よ。子どもの頃からお父さんの趣味の釣りに付き合わされてたから、こんな職業になっちゃったのかな」
少しぽっちゃり体型の女子は、自嘲気味にそう言った。
「立花光瑠。農家」
必要最小限の台詞でそう自己紹介をしたのは、男子なのか女子なのかパッと見では分かりにくい子だった。細身の体型で、ショートカットの髪型で男の子のような格好をしているが、声の感じや肌の質感からして、たぶん女の子だと思う。
「ウチは妹尾有希。美容師だよ」
最後に俺の隣に座っていた有希がそう名乗り、12人全員の自己紹介が終わった。
ようやく、食事をしてもいい雰囲気になったので、俺達は定食を食べ始めた。パンもスープも予選のときにアルカモナ帝国の屋台で食べた物よりずっと美味しかった。特に、アルカモナ帝国では卵を食べるのが宗教上の理由で禁止されていたから、スクランブルエッグはとても美味しく感じられた。
他の11人も美味しそうに食べている。大勢のクラスメート達が死んだばかりだから、みんな食欲なんてないかと思っていたが、血液が足りなくなったせいか身体が栄養を欲していたようだ。
俺は食事をしながら、12人の名前と職業を頭の中で男女別の出席番号順に並べ替えた。
青山直也 料理人
烏丸九郎 複製師
佐古良哉 運び屋
鈴本蓮 鑑定士
千野圭吾 鍜治屋
米崎陽人 小説家
朝倉夜桜 裁縫師
国吉文絵 錬金術士
妹尾有希 美容師
立花光瑠 農家
夏目理乃 商人
安来鮎見 釣り人
釣り人は厳密には採取職なのかもしれないが、いちいち非戦闘職と言い直すのも面倒だし、生産職で一括りにしてしまってもいいだろう。
つまり、今この場にいる12人全員が生産職だということになる。
――前衛は前に出てスキルを発動させて攻撃しろ! 後衛はその後ろで魔法や弓を放て! 生産職は戦闘職の邪魔をしないように、後ろで大人しくしてろ!
あのとき石原がそんな指示を出してしまったせいで、俺達は合計20人の前衛と後衛を肉壁にして生き残ったのだから、当然と言えば当然だが……。
前衛が全員死んでしまっているのは覚悟していたが、後衛は1人くらいは生き残っているんじゃないかと期待していたのに。これはヤバいな。
みんな同じことを考えているのか、無言で食事をしていた。
「ねえ。この1回戦って、Sランク冒険者にならないといけないんだよね? つまり、強くないといけないんでしょ? それなのに、生き残った12人全員が生産職って、これ、もう詰んだんじゃない?」
食事のスピードが異様に速くて1人だけ早々に食べ終えた、少しぽっちゃり体型の女子、安来鮎見がそう呟いた。




