予選61
リバーシの大会は4回目のライブと5回目の間に、やっと終わった。
優勝したのは、ここから数十キロ離れた村から出稼ぎに来ていた13歳の少年だった。少年と言っても、この国では12歳で成人だから大人なのだが。
インタビューでは、今日初めて『1の3』のライブを観て、ファンになってしまったと語ってくれた。それで七海達と個人的に話してみたくなり、リバーシを購入して大会に出場したのだそうだ。
3つの大会の優勝者が全て決まったので、3人を休憩用のテントに招いて、順番に七海達とお喋りをしてもらった。
俺と違って、目的のない世間話が得意な七海達は、彼らを飽きさせることなく楽しませた。
いや、俺は目的のない会話が本当に苦手なんだよな。会話の着地点が設定されていないと、何を話せばいいのか分からなってしまうのだ。散髪のときに話しかけられるのも苦手で、日本にいたときは無口で必要最小限のこと以外は喋らない親父が散髪してくれる床屋を選んで通っていたくらいだ。
だから、そういうのが得意な七海達のことは、純粋に凄いと尊敬していた。
5回目のライブの途中で日没してしまい、一旦ライブを中断して、俺は用意していた大量の提灯に火を点すよう、スタッフ達に指示を出した。ちなみに、この世界の蝋燭は穀物の糠から精製した糠蝋が一般的で、結構高価である。
暗いと危険なので、孤児院の子ども達は職員達と一緒に、一足先に帰ってもらった。
店長や用心棒の人も、店を開けるために『エンジェルズ』へ移動していた。
5回目のライブとサイン会とグッズ販売が終わると、青山が作っていた料理のレシピのオークションの時間となった。
ゼリーとグミはゼラチンの比率が違うだけで基本的には同じものだし、豚骨スープと鶏ガラスープは原料と煮る時間が違うだけで似たような作り方だし、バターと低脂肪乳は表裏一体の関係だ。なので、それぞれ2つのレシピをセットにして出品することとなった。
ちなみに、豚骨スープと鶏ガラスープはそのままのネーミングにすると原料がバレバレなので、アルカモナ語ではなく日本語の発音でトンコツやトリガラと呼んでいた。そうすれば、アルカモナ人には意味の無い音の羅列にしか聞こえない。
オークションの方式は、イングリッシュ・オークションと呼ばれる、買い手側が値段を釣り上げながら、最終的に最も高い値段を提示した買い手が落札できるものにした。
「ゼリー、グミ、スープの素、バター、低脂肪乳。これらが今、ウォーターフォールで大ブームとなっていることは、皆さんすでにご存知のことかと思います。その味はウォーターフォールの人々を虜にしてしまったようで、我々がこの街を去った後も食べ続けたいというご要望が数多く寄せられました。その作り方は本来、門外不出なのですが、お世話になったこの街の人々に感謝を示すつもりで、最も高値をつけてくださった人にだけ教えることといたしました」
落札希望者にステージ前に集まってもらうと、司会の俺は恩着せがましく前口上を述べた。
そしてオークションのルールについて細かく説明し、いよいよゼリーとグミのレシピを出品した。
「それでは、最初は10万ゼンからスタートです!」
俺がそう言うと、大小様々な商会や飲食店や食品メーカーの代表者達が手を挙げ、価格を吊り上げていった。個人としては、いつもゼリーとグミを買ってくれていた役場の偉い人も参加していたのだが、30万ゼンを超えたところで諦めた様子だった。
100万ゼンを超えた時点で、すでに3つの商会しか落札に参加していない状態になった。その中にはエドワードの姿もある。
150万ゼン、200万ゼン、250万ゼン、300万ゼンと徐々に価格が上昇していき、遂には500万ゼンで入札したエドワードが落札者となった。
そして――スープの素は400万ゼン、バターと低脂肪乳は450万ゼンで落札された。落札者はどちらもエドワードだった。
というか、全部のレシピをエドワードが落札しやがった!
アイス商会はウォーターフォールで1番規模の大きい商会だから、当然の結果と言えば当然の結果なのだろうが、何なんだこの茶番は、と思ってしまった。
それはさておき、全部合わせると1350万ゼンの収入だ。
オークションを見守っていた青山は、唖然とした表情だった。
「あんなに高く買ってしまって、大丈夫なんですか?」
オークションが終わった後、俺は心配になり、小声でエドワードにそう訊いた。
「なあに、すぐに元が取れますよ。今後はうちの独占販売となるのですから。そのうち、もしもレシピが流出してしまっても、うちがクロウさん達の正当な後継者であると名乗ることができるというメリットは大きいです。それに今回は、アイス商会の景気の良さを知らしめるチャンスでしたからな。それぞれのセットの上限は1000万ゼンで、合計3000万ゼンの予算を確保しておりました。それが、たったの1350万ゼンで全て落札できたのですから、笑いが止まりませんよ」
エドワードは上機嫌にそう答えた。
うーん。よく分からないけど、マグロの初競りみたいに、商会の宣伝目的も兼ねていたのだろうか? と俺は思った。
技術の流出に関しては、青山の手伝いをしていた子ども達や職員達はある程度レシピを知っているだろうから、懸念が残る。
ただ、もしも孤児院の関係者から流出してしまったら、今後孤児院の関係者は誰からも信用されなくなってしまうだろう。院長がそういうことを子ども達に言い聞かせているから、はした金目当てに子ども達がレシピを漏らしてしまう可能性は低い。それでも将来酒に酔ったときなどに、うっかり口を滑らせてしまう可能性はあるが。
もっとも、エドワードはそういうことも考慮して落札したのだから、今さら俺が心配する必要はないのだが。
「エドワードさんは随分とアイス商会に思い入れがあるようですが、もしかして、会長と副会長は……」
「私の父と叔父です」
「やっぱりそうでしたか」
エドワードが後継者なのはすでに決定事項なのだろう。そして、俺と関わったことで後継者の商才を街中に知らしめることができたのだから、上機嫌なのは当然か。
そして6回目のライブがあり、今日の『1の3』の出番は終了した。
この後も素人出演者による無料ステージがあるのだが、そちらはエドワードに任せ、俺達はいつものようにヘンリーに送ってもらって孤児院に帰宅することにした。
「ヘンリーさん、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
俺は歩きながらそう切り出した。
「何ですか?」
「この街には、宗教施設はありますか?」
ストリートチルドレン問題を解決する手段として、宗教関係者を頼ろうと思いついたのである。デリケートな話題なので誰に訊くか迷ったのだが、ヘンリーが1番無難だろうという結論に達した。ヘンリーは俺達に心酔しているし、権力も持っていないしな。
地球だと孤児院の運営は宗教関係者が関わっていることが多かった。しかし、この街の孤児院は宗教とは無縁だし、街なかで教会のような建物も見かけたことがなかった。
「ありますよ。領主様の館が、アルカモナ教の支部となっています」
「アルカモナ教?」
「国教であるアルカモナ教ですよ。まさか、知らないんですか?」
ヘンリーは驚いた様子でそう訊いた。
「あ、俺達はとんでもない田舎出身だから、そこでは正式な名前で呼ぶことは少なかっただけです。ちなみに、アルカモナ教のトップは誰でしたっけ?」
「皇帝陛下が、最高司祭を兼任しています」
「この街の支部長は誰ですか?」
「領主様です」
はい、終わった! 宗教関係者を頼るというアイデアは、絶対に実現不可能だな。別の方法を考えよう。