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予選25

「店長に何の用?」

「俺達は旅の楽団なんですけど、俺達の音楽をこのお店で使ってもらえないかと思いまして……」

「あんた達がステージで演奏したいの?」


 女性従業員は、浅生律子とヘンリーが持っている楽器ケースを見て、そう訊いた。


「いいえ。俺達は楽曲を提供するだけです」

「ふうん……。ちょっと待ってて。一応店長に話してみるけど、あまり期待しないでね」


 女性従業員がそう言って、店内に入っていった。

 それからしばらくして、60歳くらいの太った男性が現れた。人相が悪く、人を殺したことがあると言われたら即座に信じてしまいそうな顔つきだった。


「旅の楽団ってのは、お前らか?」


 男は値踏みをするような目つきで俺達を見て、そう訊いた。


「はい、そうです。店長様でいらっしゃいますか?」

「そうだ」

「会っていただき、ありがとうございます。この度は『エンジェルズ』様に我々の楽曲を購入していただけないかと思いまして、お伺いした次第でございます」


 居丈高に振る舞う相手には、下手(したて)に出た方が扱いやすいと思い、俺は馬鹿丁寧な口調でそう言った。


「うちがどういう店かは分かってるな?」

「はい。街の方々に聞きました。その上で、『エンジェルズ』様で歌うのにふさわしい曲をご用意いたしました」

「ふむ。話は分かったが……そこの男に、どっかで見覚えがあるんだが」


 店長は、後ろの方にいたヘンリーに目を留めてそう言った。


「わ、私ですか?」


 ヘンリーは自分自身の顔を指さしてそう訊いた。


「そうだ。お前だ。――あっ、思い出したぞ。お前、よく広場で歌っている、音痴な吟遊詩人じゃねえか! 危ねえ、危ねえ、騙されるところだった。お前らの音楽なんて聴けないから、帰ってくれ」


 店長はそう言い、野良犬を追い払うような仕草をした。

 面と向かって音痴と言われたヘンリーは、ショックを受けた表情で固まっていた。


「店長様、お待ちください。吟遊詩人のヘンリーは現地採用した演奏員です。我々が旅の楽団だというのは本当で、歌うのはこの子達です。ヘンリーは歌いません。どうか、1曲だけでも聴いてもらえないでしょうか」


 俺は七海達を手で示しながら、そう食い下がった。


「私達からもお願いします。この子達の歌を聴いてから判断してください」


 浅生律子は自信に満ちた声音でそう言い、礼儀正しく頭を下げた。


「ふむ……。まあ、そこの音痴な吟遊詩人が歌わないってんなら、聴いてやってもいいか」


 店長は顎を撫でてそう言った。


 店の中に通され、廊下を進んでステージのあるメインホールに連れて行かれた。客席は全てテーブル席で、最大収容人数は200人くらいに見えた。文明レベルを考えると、この手の店にしては非常に大きい方だろう。


「いつでも始めていいぞ」


 店長は最前席に座り、そう言った。


「じゃあ、手はず通りに」


 俺がそう言うと、女子4人はマントのような外套を脱いで制服姿になった。店長は少し驚いたような表情になった。今まで見たことがない服だったからだろう。


 浅生律子とヘンリーは手早くチューニングを済ませた。


 全員がステージに上がり、立ち位置につく。歌担当の3人は、七海を中心にして並んだ。

 最初だけ俺が指揮をして、演奏が始まる。実は俺も河川敷で指揮の練習をしていたのだ。他に手の空いている奴がいないから、消去法で俺が指揮をするしかなかった、というのが実際のところだが。


「何だ、これは」


 聴いたことがない旋律に、店長は唖然とした表情になった。


 そして、西表七海と妹尾有希と江住心愛が歌い出す。俺は打ち合わせ通りに、そのタイミングで指揮をやめ、脇に下がった。


 演歌歌手はソロで活動しているイメージが強いが、もちろんユニゾンで歌うことも可能だ。今日結成したばかりのユニットとは思えないほど、3人の息は合っていた。


 店長は口を小さく開けて、3人を見つめていた。まるで一目惚れをしたような表情だった。


 やがて、楽屋の方から女性スタッフ達が集まってきた。化粧が途中の人や、まだステージ衣装に着替えていない人も大勢いたから、七海達の歌声に惹かれてやってきたのは明白だった。


 そして、悲しみの余韻を残して、1曲目が終わった。


 店長はまだ椅子に座ったまま、3人を見つめ続けていた。


「凄い凄い! こんな歌、初めて聴いた!」


 女性スタッフの1人がそう言って拍手をすると、他の女性スタッフも褒めちぎり始めた。ようやく店長は我に返ったような顔になり、立ち上がってステージに近づいてきた。


「さっきは、失礼なことを言って悪かったな。いい歌だった。是非、その曲を買わせて欲しい」

「ありがとうございます!」


 俺はそう言い、深々とお辞儀をした。ちなみにこの世界でも、お辞儀は謝意や敬意を表すものである。


「他の曲も聴かせてもらえないか?」


 店長にそう言われ、2曲目、3曲目も披露した。その度に、女性スタッフ達は拍手喝采をした。


「――なあ、あんたら、今夜のステージで歌ってみないか?」


 店長はにやりと笑ってそう言った。


「ええっ。私達がですか?」


 七海は驚いた顔でそう訊いた。


「ああ。今までに聴いたことがない歌唱法だからな。うちの子達に、いきなりそれを歌えと言っても無理があるだろう。しかし、うちの子達の練習のために、その素晴らしい歌を何日も封印しておくのはもったいない! だったらいっそ、あんたらに歌ってもらった方がいい、というわけだ。ちゃんとギャラも出すから、どうだ。今夜、客の前で歌ってみないか」


 思いがけない展開だったが、これはチャンスだと思った。


「少し相談させてください」


 俺はそう頼み、女子4人とヘンリーを連れてステージの奥に移動した。


「俺は、引き受けようと思う」


 他のメンバーが何か言う前に、俺は小声でそう言った。


「マジで? 話が急すぎない?」


 江住心愛は不安げにそう言った。


「確かに急だけど、悪い話じゃないだろ。『1の3』の宣伝になる」

「でもさ、こんなお店で歌うのって、アイドル活動としてはマイナスじゃない?」


 七海は不満げにそう言った。


「ディナーショーで歌うんだと思えばいい」

「このお店で歌うのとディナーショーは全然違うよ!」


 七海は握り拳を作って、そう抗議した。


「そう言いたい気持ちは分かる。でも、考えてみろよ。女性アイドルのファンの中にだって、こういうお店に通っている男はいっぱいいそうだろ? ここで新しいファンを開拓すると前向きに考えればいいじゃないか?」

「新しいファンっていうか、そもそもまだ私達にはファンなんてついてないけどね」


 江住心愛は冷静にそう突っ込んだ。


「いや、そんなことはない。あの店長やスタッフは、すでにお前らのファンだ。ファンの人達が自分の店で歌って欲しいと言っているのに、お前らは断るのか? それがお前らの目指している理想のアイドル像なのか?」

「ううっ……」


 七海は少し困ったような顔になった。


 俺の言っていることは滅茶苦茶だった。それは自覚している。もしも日本でアイドルをやるのなら、こういうお店で歌っていたという過去はマイナスになる可能性が高いだろう。しかし、今は異世界で短期的に金を稼ぐのを目的とするデスゲームの予選の真っ最中である。俺は、金儲けのためには、デスゲームを生き残るためには、クラスメートの女子を騙すのも辞さない男なのだ。


「ウチはやってもいいと思うよ。いつかウチらが伝説的なアイドルになったとき、最初に歌ったのがこういう店だったっていうのは、下積み時代のエピソードとしては面白くない? 格好良くない? 絶対にウケるよ。それにウチらって、まだ大勢の人達の前で歌ったことがないじゃん? 今夜はアイドル活動本番の前の練習だと思えばよくない?」


 俺の思いを汲んだのか、有希も俺の側に回ってくれた。

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