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予選24

 いくら領主が善人で治安が良いと言っても、もちろん市民の中には悪い人もいるから、孤児の女の子が人混みの中で1人で行動するのは危険な行為である。なので、近くには他の孤児達も4人いて、それぞれが別々の相手に服の売込みをしていた。

 食材を寄付し、それで料理を作ると伝えると、子ども達は大喜びした。


 その後、俺と青山は子ども達にも協力してもらいながら、食材を買い込んだ。


 途中、青山がリヤカーを欲しがったので、リサイクルショップで中古のリヤカーを購入した。この世界にはゴムがないため、車輪は竹のような植物と鉄でできていた。


 リヤカーに肉や野菜や果物、塩や小麦粉のようなものなど、次々と食材を入れていく青山を、孤児達は目を輝かせながら見ていた。


 孤児院は土地代の安い街外れにあり、七海達が歌の練習をしている河川敷から割と近い場所にあった。近いと言っても、徒歩10分は離れていたが。


 リヤカーに満載された食材を見て、孤児院にいた子供達は歓声を上げた。


 家庭菜園の手入れをしていた、50歳くらいの痩せた女性である院長が駆け寄ってきた。いつものように俺達は旅の楽団であると自己紹介をした後、食材を寄付して料理も作りたいと申し出ると、院長は何度も俺達に頭を下げてお礼を言った。


「自分達が食べたり、よそで売ったりする料理も作らせてもらえませんか? もちろん、薪代は払いますから」

「ええ、ええ。それくらいなら構いませんとも」


 青山の頼みに、院長は笑顔のままそう言ってくれた。


 いくらウォーターフォールがアルカモナ帝国の中では治安の良い都市だと言っても、アルカモナ帝国自体が福祉には全然力を入れていないため、孤児院の運営は厳しいものらしい。この孤児院も、土地と建物を担保に銀行から借金を抱えている状態なのだという。

 真っ先に食費が削られたため、子供達も職員も、いつもお腹を空かせているらしい。街の飲食店や青果店や肉屋を回って、腐りかけの食材や野菜の切れ端までもらいに行っているそうだ。そういった事情を、院長は早口にまくし立てた。


 そこへ大量の食材を持ち込んだ俺達は、完全に救世主扱いされてしまった。


「青山……俺はちょっと罪悪感を覚えているんだが」

「奇遇だな。俺もだ」


 下心があってごめんなさい。料理を作れる場所を手に入れるのが目的でごめんなさい。そんな気持ちでいっぱいだった。


 すでに昼食の時間は過ぎていたのだが、そもそもの食事の量が少なかったため、みんな空腹だった。


 とりあえず青山は、包丁とまな板を借りて黄色いスイカのような果物を切り分け、みんなに渡すことにした。

 子供達が一斉に群がって大騒ぎになったが、そこはちゃんと職員が子供達を整列させて、順番に受け取らせるようにした。子供だけではなく職員にも果物を渡した。


「野菜スープを作りたいんだけど、皮剥きやってくれる子はいないかな? 今ならお駄賃もあげるよ」


 青山がそう言うと、多くの子供達が立候補してくれた。手を切ると怖いので、年少の子には野菜を水で洗う作業をお願いした。

 年長の子供達に野菜の皮剥きを任せ、孤児院が所有しているリヤカーも借りて、俺と青山は2台のリヤカーを引いて再び市場に買い出しに戻った。


 まず、食器と調理器具を買っていく。次に、肉屋で豚や牛の骨や皮を購入した。骨はタダみたいな値段だった。さらに魚屋で魚の鱗も購入したが、こちらもタダみたいな値段だった。


「豚の骨は豚骨スープを作るんだろうなって予想がつくけど、豚の皮とか牛の骨とか魚の鱗はいったい何に使うんだ?」

「お菓子に使うんだよ」

「お菓子!?」


 全く予想しなかった単語が飛び出し、俺はそう叫んでしまった。


「ああ。まずはゼラチン液を作って、ゼラチンと果物でグミとゼリーを作る予定だ。砂糖も卵もないこの国にはお菓子文化がないから、そこへグミとゼリーが現れれば、大人気になること間違いなしだと思う」

「ゼラチンって、動物の皮とか骨とか魚の鱗で作られるものなのか?」

「うん。普通に肉や魚を煮るだけでも、煮汁が冷えると煮こごりができることがあるだろ? あれがゼラチンだよ。知らなかったのか?」

「知らなかった……。何かの植物で作るんだと思ってた」

「それはきっと、寒天と混同してるんだろうな。寒天の原材料は海藻だから」

「ああ、そうかも。ゼリーがゼラチンで作られるのは知ってたけど、グミもなのか?」

「うん。基本的に、ゼリーとグミは、ゼラチンの比率が違うだけだからな」

「知らなかった。青山って凄いな」

「俺が凄いんじゃない。そういったお菓子を生み出した地球の人達が凄いんだよ」


 その後、魚屋で小アジも購入し、青果店で野菜と果物も追加購入した。自分達で食べる用の乾麺も買い、孤児院に戻った。


 子供達が皮剥きをしてくれた野菜と切り分けた肉でスープを作り、そこに乾麺を入れて煮込めば、スープパスタになる。薪での調理はガスコンロでの調理と勝手が違って大変なのではないかと心配していたが、キャンプ料理の経験も豊富な青山は、難なくこなしていた。


 青山が料理をしている間に、俺は河川敷に行って、女子4人とヘンリーを夕食に誘った。今のうちに食べておいた方がいいと思ったのだ。孤児院に戻ったときには、すでにスープパスタは完成していた。


 夕食には少し早い時間だったが、子供達も職員達も、喜んでスープパスタを食べていた。

 俺も食べたが、美味しかった。


「これから毎日青山くんの料理が食べられると思うと、楽しみ。こっちの世界の料理って、あまり美味しくないから」


 七海はそんなことを言っていた。


 青山は買ったばかりの大鍋を洗って水を張り、適度な大きさに切った牛の皮と骨、豚の皮、魚の鱗も洗って大鍋に入れ、煮込んでいた。今の季節のウォーターフォールは、昼間は暖かいが夜になると冷え込むらしいので、今のうちにゼリーとグミを作って、夜の間に冷ましておくそうだった。

 同時進行で、豚の骨を金槌で砕いたものを煮込み、豚骨スープも作り始めていた。


 子供達が料理を手伝ってくれるおかげで、俺は楽をできていた。孤児院を選んだのは正解だったな、と思った。


 そして夕方が近づくと、俺と女子4人とヘンリーは『エンジェルズ』に向かった。


「あー、ちょっとドキドキするね」


 心愛は不安げにそう言った。


「まあ、別に演歌が売れなくても気に病む必要はないから。ヘンリーさんみたいに、広場で歌うことだってできるし」


 浅生律子は慰めるようにそう言った。


「そう言えば、広場で歌うのって許可が必要なんですか?」


 俺はヘンリーにそう訊いた。


「ええ。役場に届けを出して許可をもらい、税金を払わないといけません」

「許可はすぐに取れますか?」

「はい。数分で終わりますよ」


 音痴なヘンリーでも数分で許可が取れるなら、心配する必要はなさそうだった。


 まだ営業時間前だったが、『エンジェルズ』の建物にはすでに灯りが点っていた。

 表の入り口は鍵がかかっていたので、裏口に回る。


「すみません。店長さんにお会いしたいんですけど」


 ちょうど入店しようとしていた従業員らしき若い女性を見かけ、俺は声をかけた。

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