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予選19

 近くを通りがかった人達に訊いてみると、『エンジェルズ』は次のようなお店だと判明した。


 店内にはステージがあり、そのステージで、衣装を着た女性スタッフが歌ったり踊ったりするのだという。衣装の布面積自体は少ないが、せいぜい水着と同じくらいで、日本の街中を歩いていても逮捕されるような格好ではない。そして、ステージ上でそれ以上に服を脱ぐことはない。

 女性スタッフはステージから降りて、テーブル席で客とお喋りをすることがある。お酒やツマミが提供されるが、客が女性スタッフに触れるのは禁止されているらしい。触れた場合は、怖いマッチョなお兄さんが出てきて、つまみ出されるのだという。


 基本的には、客が女性スタッフとの擬似的な恋愛を楽しむ場所だという話だった。


「というわけで、別に『エンジェルズ』はHなお店じゃないみたいだな」


 と、俺は報告したのだが――。


「それは充分にHなお店よ!」


 西表七海は怒ったようにそう言った。


「まあ、15歳の潔癖な女子高校生の感覚だと、そう感じるのは分かるけど、本当にHなお店は裏通りにたくさんあるらしい。それらと比較すると、この『エンジェルズ』は凄く健全な方だと思うぞ」

「だとしても、こんなところでアイドルやるなんて、絶対に嫌! それはアイドルじゃない! アイドルって言わない!」

「誰も七海にここでアイドルをやれなんて言ってない。今日はただ、音楽や物語を売りに来ただけだ」

「でも、この街にはここ以外に劇場はないんでしょう?」

「劇場にこだわる必要はない。広場や空き地を借りて、野外ステージを組むという方法だってある」

「野外ステージか……。まあ、それならいいか」


 やっと、七海は冷静になってくれたようだった。


「浅生さん。この店に対して売れそうな音楽は知ってるか?」

「ちょっと待って。何で私は七海って呼び捨てなのに、りっちゃんのことは浅生さんって呼んでるのよ」


 七海がどうでもいいところに突っかかってきた。

 浅生律子は何となく、いいとこのお嬢様っぽい雰囲気があるから、呼び捨てにしにくいんだよな。でも、それを正直に言ったら七海を怒らせるだけなので、俺は言い訳をする。


「プロデューサーがアイドルに『さん』を付けるなんて、よそよそしいと思わないか? 俺はもうすでに七海のことをアイドル扱いしてるってことだ」

「え? あ、ああ、そ、そうだったんだ」


 七海はあっさりと納得してくれた。単純な奴め、と思う。


「で、浅生さん。この店で売れそうな音楽なんだけど……」

「基本的には恋愛ソングがいいと思う。その中でも、色気があって、情熱的な感じの曲がよさそうね。……いっそのこと、演歌がいいかも」

「演歌?」


 意外なチョイスだったので、思わず聞き返してしまった。


「ええ。女性歌手の演歌は今言った条件に当て嵌まるものが多いし、日本独自の文化だから、アルカモナ帝国の人達には斬新に感じられると思うわ」

「なるほど」


 俺は感心した。


「えーっ。でも私、演歌なんて歌ったことないよ?」


 七海は困ったようにそう言った。江住心愛と妹尾有希もよくカラオケに行くが、演歌を歌ったことはないという話だった。


「でも、聞いたことくらいはあるでしょ? 大晦日とかに」


 浅生律子がそう言うと、七海は頷いた。


「あー、それなら少しは……」

「あんな感じで歌えばいいのよ。最初は私が演奏しながら歌うから、それを聞いて憶えて、2回目からは歌ってね」

「あれ? そう言えばりっちゃん、楽器はどうするの?」

「歩きながら楽器店を探してたんだけど、見つからないのよね」


 浅生律子は困ったようにそう言った。


「楽器店なんて、そうそうあるものじゃないだろう。誰かに聞かないと見つからないと思うぞ」


 俺は呆れてそう言った。いや、俺が楽器について考えていなかったのが悪いのだが、こういうところが浅生律子のお嬢様っぽいところな気がする。しっかりしているようで、変なところで抜けているというか。


 俺達は通行人に訊き、さっきの広場に戻った。


 さっきは右に折れた角を逆方向に進むと、楽器店が見つかった。あまり大きな店ではないが、この街で唯一の楽器店なのだそうだ。

 置いてある楽器は縦笛と弦楽器と打楽器が中心だった。


「やっぱりピアノはないみたいね……」


 浅生律子は店内を見回して、残念そうに言った。


「ピアノしか演奏できないのか?」

「いいえ。色んな楽器を一通り習ったから、大抵のものはできるわ。異世界の新しい楽器だから、覚えるのにそれなりの時間はかかると思うけれど。できれば烏丸Pにも楽器の演奏をして欲しいんだけど、何かできない?」

「俺にできるのは、リコーダーくらいかな」

「じゃあ、この縦笛とかどう?」


 浅生律子は5000ゼンの木製の縦笛を指さした。


「うーん。リコーダーとはあまり似ていないな。親指で押さえる穴も開いてないみたいだし、とてもじゃないけど、たったの8日間で、人前で演奏できるレベルになれるとは思えないな」


 俺は正直にそう答えた。


「じゃあ、このカスタネットみたいなのは? これでリズムをとることくらいはできる?」

「まあ、さすがにそれくらいなら……。でも、そんなんでいいのか?」

「ないよりはマシって程度ね」

「あ、そうだ。何も俺達だけで頑張る必要はないんだった。楽器の演奏ができる現地の人を雇えばいいんだ」


 俺はそう思いつき、楽器店の店長に話しかけた。実力はあるのに売れていない演奏家はいないかと訊ねると、ヘンリーという吟遊詩人の名前を出された。

 ヘンリーはこの近くの広場で、毎日弾き語りをしているらしい。弦楽器の演奏はそれなりの腕前なのだが、歌が下手なのと物語の内容が陳腐なせいであまり売れていなくて、毎日金欠で苦しんでいるそうだ。


 ピッタリだなと思い、店長にお礼を言って、俺達は店を出た。


 広場に向かうと、音痴な男性の歌声が聞こえてきた。初めて聞く異世界の曲なのに音痴だと分かるのだから、相当である。


 吟遊詩人のヘンリーはまだ20代前半くらいに見えた。頭頂部が尖った紫色の帽子を被り、爪先が尖った靴を履き、紫色のマントのようなものを羽織っていた。

 ヘンリーは広場の端でベンチに座りながら、真剣な表情で歌っているのだが、立ち止まって聞いている者は1人もいなかった。


 俺達はヘンリーから少し離れた場所でよく聞いてみた。

 物語の内容は、継母にいじめられていた少女が舞踏会で王子様に一目惚れされ、王子様と結ばれるという、シンデレラを簡略化したような話だった。これじゃ売れないよな、と思ってしまう。


「これはなかなか……強烈ね」


 音痴な歌声が聞き苦しいらしく、浅生律子は顔をしかめてそう言った。


「まあまあ。大事なのは楽器の演奏だから。そっちはどうだ?」


 俺は宥めるようにそう訊いた。


「演奏の方は特に問題ないわね。音程もしっかりしてるし、リズム感もあるし。ただ、彼を誘うのなら、絶対に歌わせないと約束して」


 浅生律子は厳しい表情でそう言った。音痴を直してあげようという気持ちは、さらさら無いらしい。そんな時間もないしな。


 ヘンリーが歌い終わるのを待って、俺達は彼に近づいた。

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