予選18
「何で引っ越してきたの?」
江住心愛がそう訊いた。
「ちょっと、事情があってな……」
俺が意味ありげな表情を作ってそう言うと、江住心愛は慌てたようだった。
「ご、ごめん。深入りしすぎた」
「いや、いいんだ」
それきり、俺達は再び黙り込んだ。
しばらくして、建物がちらほらと見えるようになってきた。そのまま道を進み続けると、市街地に辿り着いた。ここらへんは商業地区らしく、色んな物を売る店が並んでいた。
「あっ、靴が売ってる。あそこで買ってもいい?」
もう我慢の限界だという様子で、浅生律子がそう訊いた。ずっと泥だらけの上履きで歩くのは俺も辛かったので、快諾した。
靴は木製だった。木のパーツを組み合わせて作られていて、内部に藁を編んだようなものを貼ってあるようだった。靴底の部分が下駄のように高くなっていた。店主に訊いてみると、これは馬糞を踏んだときの被害を少なくするものだと言われた。
大した値段ではなかったので、その場で6人分を購入した。同じ店で靴下と安い布袋も売っていたので、それも購入した。
店主から誰でも使える共用の井戸の場所を教えてもらい、井戸の水で手足を洗うと、生き返ったような気分になった。靴を履き替えて、脱いだ靴と靴下は、安い布袋の中に仕舞った。
ちなみに、その布袋を持つ係は、なぜか俺ということになってしまった……。話し合いもなく、自然な形で係を押しつけられてしまったのだ。
その後、道を進み続けると、食べ物を売っている店が多いエリアに到達した。いい匂いがする。
「何か、お腹空いたな。喉も渇いたし、買い食いでもしないか」
青山が口を開いた。そう言われて、俺は自分が空腹であることに気がついた。
「そうだな。ウォーターフォールの食事情がどの程度なのか、調べてみないとな。色んな物を少しずつ買って、みんなで食べ比べしてみよう」
俺は近くの屋台を見ながらそう言った。
「そんなことに使うお金があったら、貯金した方がいいんじゃない?」
七海は自分の胸ポケットのあたりに手を置いてそう訊いた。
「食べるのは先行投資だよ。飲まず食わずで8日間を乗り切れるわけがないんだから、しっかり食べて体力をつけておこう」
俺がそう言うと、ようやく七海の顔に少し笑顔が戻った。
「私、あの焼き鳥みたいなやつ食べてみたい」
浅生律子が空気を読んでそう言ってくれた。
「ウチは、あのジュース飲みたい」
妹尾有希は果物屋で売っているジュースを指さしてそう言った。
頑張って治安が良い都市を探した甲斐あって、チンピラらしき人物も見当たらないし、女性が1人で歩いている姿も見かける。エドワードから買ったマントのような外套のおかげで、俺達も周囲の風景に溶け込んでいるようだった。
「よし! じゃあそれぞれ好きな物を買ってきて、ここに集合しよう。予算は1人1000ゼンまでな」
この辺なら別行動を取っても大丈夫だろうと思い、俺はそう言った。
青山から1万ゼン硬貨を受け取り、俺も食べ物を探す。
ハムのようなものとレタスのようなものを挟んだサンドイッチのようなものが売っていたので、それを買ってみた。「のようなもの」が多いのは、それが本当に俺の知っているものなのか判断がつかなかったからだ。価格は1つ200ゼンで、地球のパン屋でサンドイッチを買うのと同じくらいだった。
同じ店で具の少ないスープが100ゼンで売っていたので、それも買ってみた。スープは紙コップに入れてもらえた。こっちの世界にも紙コップはあるんだな、と思う。
ホットケーキのようなものも買い、集合場所に戻った。
屋台に並んでいるうちに、奥の広場で座って食べている人達を発見していたので、そちらに向かった。
空いているベンチを探し、そこに座った。
青山が焼き鳥のようなものの串を箸のように使い、別々の容器に入れて、6人が少しずつ食べられるようにした。
焼き鳥のようなものは、鳥ではなく豚肉に近かった。味はただの塩味で、正直あまり美味しくなかった。
サンドイッチのようなものは、ハムとレタスは俺の知っている味だったけど、パンが硬くて美味しくなかった。味付けはこちらも塩だけだった。
スープも野菜を塩水で煮込んだだけのように感じられた。
ホットケーキのようなものは、甘くなかったし、硬かった。小麦粉と牛乳を適当に混ぜてホットプレートの上で焼いただけのような味がした。
焼き魚もあったが、これも焼いた魚に塩を振っただけの味だった。
正直に言って、料理は全体的にあまり美味しくなかった。
そんな中、マンゴーとミカンの中間のような果物を搾ったジュースは甘くて爽やかで美味しく、また飲んでみたいと思える味だった。
ちなみにジュースを分けるときは、俺と青山は先に食べ物が入っていた容器に移してもらい、残りを女子4人が回し飲みする形だった。
「うーん。どうもこの国では、調味料があまり発達していないようだな。味付けは塩が基本というか、それしかないみたいだ。醤油や味噌はもちろん、砂糖やお酢やコショウを使った料理ですら一般的ではないようだな。出汁という概念もなさそうだ。この焼き鳥みたいなものも、タレをつければもっと美味しくなりそうなのに、塩味しか売っていなかった」
青山が腕組みをしてそう言った。
「マヨネーズもなかったし」
江住心愛が不満げにそう言った。
「マヨネーズはあるわけないだろう。アレが禁止されてるんだから」
卵という言葉を口にするのもマズいような気がして、俺はそんな言い方をした。
「あ、そうか。そうだよね」
「あと、油で揚げる料理も見当たらなかったな」
俺がそう言うと、青山は頷いた。
「そうだな。油が高価なのかもしれないな」
「この後は、どうする?」
「アイドル活動はどういう予定なんだ?」
「とりあえず初日は練習だけの予定だ」
「それなら、思っていたより治安が良さそうだし、俺だけ別行動にしてもいいか? 料理の材料や調理器具が売っている場所を見てみたい。その間、5人は音楽や物語を売ってみたらどうだ?」
青山がそう言い、別行動を取ることになった。この広場のこのベンチのあたりで3時間後に待ち合わせる約束をして、別れた。
「さっきのジュース美味しかったから、今度は全員分買おうよ」
妹尾有希がそう言い、全員が賛成した。
「――あの、この街には出版社とか劇場はありませんか?」
入門する前に商人のエドワードに訊いておくべきだったのに、訊き忘れていたことを、果物屋の店主に訊いてみた。
「出版社は知らないなあ。俺、字がほとんど読めないし。でも、劇場ならあの角を右に曲がって15分くらい歩くと、1軒だけあったと思う。『エンジェルズ』っていう看板が出てるらしいから、すぐに分かるだろう。たぶん、あそこがウォーターフォールで唯一の劇場だな。ずっと昔はもう1軒あったんだが、そっちは潰れちまったはずだ」
中年男性である果物屋の店主は、女子4人に意味ありげな視線を向けて、そう教えてくれた。
そして、ジュースを飲みつつ、今後のアイドル活動について話し合いをしながら、店主が教えてくれた方向に向かったのだが――。
「何よこれ! 私、こんな店でアイドル活動なんてできない!」
西表七海が悲鳴のような声を上げた。
果物屋の店主が劇場だと言っていた『エンジェルズ』は、何というかその、独身男性向けのお店だったのである。看板には、布面積の少ない服を着た女性のイラストが描かれていた。
周囲の店には酒場やバーが多く並んでいて、歓楽街のど真ん中にあるお店のようだった。
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