予選15
「ユニット名か……『風花高校1年3組』とかどう?」
西表七海がそう提案した。
安直だな、と俺は思った。
俺が入学した高校の名前が『風花高校』なのだ。
「悪くはないけど……ザイリック、この世界に『高校』はあるのか? ……って、あいつはもう質問に答えてくれないんだった。早く慣れないとな」
俺はそう自嘲した。
「単に『1年3組』だけでもいいんじゃない?」
江住心愛がそう訊いた。
「それか、もっと短くして、『1の3』だけでもいいかもね。あなた達は3人組のユニットだし『3人で1つ』という意味も込めて」
浅生律子がそう提案すると、他の3人も賛成した。楽器の演奏を担当する予定の浅生律子は、メンバーには含まれていないらしい。
本人達が気に入ったのなら、それでいいか、と思う。俺はあまりセンスには自信がないし。
こんなにあっさりとユニット名が決まっちゃっていいのか? とも思うが、仲が良いのは助かる。メンバー同士の仲が悪くてギスギスしたアイドルグループって、見ている方が辛いからな。
「そう言えば、メンバーを現地採用する予定はないのか?」
青山が俺に向かってそう訊いた。『1の3』というユニット名なのにメンバーが増えたらややこしいとでも思ったのだろう。
「その予定はないな。オーディションをする時間はないし、街角でスカウトをしてアイドルが何なのかを説明するのも時間がかかりすぎる。日本のアイドルソングを教えるところから始めるのも大変だし」
「ねえ、曲は私達で決めていいの?」
七海がそう訊いた。
「いいぞー。日本の女性アイドルグループの人気曲をどんどんパクってくれ」
「パクるって言わないでよ。せめてコピーって言って」
七海が不機嫌そうに言った。
同じじゃないかと思うが、コピーバンドという言葉もあるし、本家をリスペクトしているかどうかが違うとか、何かこだわりがあるのだろう。
「コピーな。分かった。最初の数日間は練習と宣伝、グッズを生産する時間として使うから、舞台で発表するのは予選の後半になると思っておいてくれ。それまでに曲を決めて、しっかりと練習しておいてくれよ」
俺がそんなことを言っていると、背後から何かが近づいてくる気配があった。敵チームと遭遇する可能性もあるので、俺は警戒した。
振り返ると、3台編成の馬車がこちらに向かってくるところだった。敵チームがいきなり馬車に乗っているとは考えにくいので、俺はホッとした。先頭の馬車は、俺達の少し前で止まった。
「こんにちは」
先頭の馬車に乗った商人っぽい雰囲気の中年男性が親しげに話しかけてきた。
俺達は6人全員で挨拶を返した。
「皆さん、何やら珍しい格好をされていますな。その服はどこで購入なさったのですか?」
商人は、お揃いの格好をしている俺達の服を見ながらそう訊いた。
紺色のブレザーの制服は日本だと目立たないが、やはり異世界だと目立ってしまうようだった。
「俺達は旅の楽団で、この服はその衣装です。村1番の職人に作ってもらった服です」
俺は、ここに来るまでに予め考えておいた言い訳を口にした。
「ほほう? どこの村なのか教えてもらうことはできますかな?」
「申し訳ありません……。村の名前を口にすることを禁じられているのです……」
俺はそう言って、目を伏せた。下手に言い訳を重ねるよりも、誰かに禁じられているということにした方が、相手は追求しにくくなる。
「そうなのですか。それは失礼いたしました。ところで、旅の楽団にしては、楽器1つ持っていないようですが……。というか、荷物を1つも持っていないようですが……」
「実はここに来る途中、森の木陰で休憩していたら、うっかり眠ってしまって、その隙に誰か悪い人達に全ての荷物を盗まれてしまったのです」
「それは災難でしたな。お金も盗まれたのですか?」
「はい。全部盗まれてしまいました」
「それでは、通行税はどうするつもりなのですか?」
「通行税?」
「はい。徒歩でウォーターフォールに入る場合、1人につき3000ゼン徴収されます。30日以内にウォーターフォールを訪れたことがあるのなら、今回は無料ですが」
そんなものがあるのかよ。現代では馴染みのない制度だから、考えてなかった。
「そうですね。私達はウォーターフォールに来るのは初めてなので、その通行税をどうしようかと、今6人で話し合っていたところだったのです。失礼ですが、そちらは商人とお見受けしますが……」
「ああ、まだ名乗っていませんでしたな。私はアイス商会に所属する商人、エドワードです。今は、ここから馬車で2日ほど離れた場所にある農村地帯から戻ってきたところです。ウォーターフォールの工業製品を農村に売り、農村では野菜や民芸品を仕入れて戻ってきたのです」
「おおっ、あの有名なアイス商会の方でしたか。それなら信用できそうです。折り入ってお願いがあるのですが、俺のこの上着を買い取ってもらえないでしょうか?」
もちろんアイス商会なんて見たことも聞いたこともなかったが、相手を褒めていい気分にさせるのは交渉の基本なので、俺は適当に持ち上げておいた。
俺が脱いだ上着をエドワードに渡すと、彼は目を輝かせた。
「なんと! 近くで見ると、ますます素晴らしい! こんな生地は見たことがない! いったいどうやって織っているのか、さっぱり分かりません! 裁縫も刺繍も緻密で、芸術作品のようだ! 是非、私に買い取らせてください!」
日本だとごく普通の制服に過ぎないが、エドワードには全く未知の服に見えるのか、彼は興奮した様子だった。
「いくらほどのお値段をつけてもらえますか?」
「そうですな……。10万ゼンでどうでしょう?」
10万ゼンがどれくらいの価値なのか、さっぱり分からない。しかし、商人が最初に提示する値段はきっと、ボッタクリだろう。いい人そうに見えるが、それでも商人は商人だからな。
「10万ゼンですか……。先ほども申し上げたように、それは本来、門外不出の服です。今回はどうしようもない事情があるので売ろうと思いましたが、今後、2度と市場に出回ることはないと思ってください」
きっと今ごろ、アルカモナ帝国の各地で、別の班のクラスメート達も制服を売っていることだろう。しかし、それらの制服がウォーターフォールまで届くとは考えにくいので、気にしなくていいだろう。
俺はさり気なく、俺達の前方にある馬車の方に視線を向けた。
俺に注目しているエドワードが、その視線の意味に気付かないはずがない。
適切な値段をつけてもらえないのならば、他の商人に売りますよ、という意味だった。
「ぬぬぬ……11万ゼン……いや、12万ゼン出します。これ以上は赤字になる可能性があるので、無理です」
「ありがとうございます。その値段でお売りします」
エドワードからは色々と情報収集したいし、あまり値段を吊り上げるのは得策ではないと思い、俺はその辺で妥協した。これから通りがかる商人や、前方で入門待ちをしている商人達にも商談を持ちかけて、1番高く買ってくれる人を探してもいいが、それは時間がかかってコストパフォーマンスに見合わない気がする。ここはサクッとこの人に売ってしまおう。
エドワードが革袋から、12枚の硬貨を取り出した。
俺はそれを受け取って確かめる。アルカモナ帝国の文字で1万ゼンと書かれているのが分かった。翻訳魔法は文字の読み書きもできるらしい。




