予選14
気がついたときには、目の前に林があった。アイドル班の他のメンバーもいる。足下には膝の高さまで雑草が生えていた。振り返ると、石を積み上げた壁があった。空は青く、丸っこい白い雲が浮いていた。
そして視界の隅には、ウィンドウ画面のようなものがあった。画面には1年3組の生徒の氏名一覧と、所持金額が表示されている。当然、今は全員が0ゼンだった。画面の右下には予選の残り時間も表示されていた。
ザイリックは予選の期間について「8日間」と言っていたが、正確には7日と13時間くらいだった。
優勝賞品として貰える金のインゴットの重さが中途半端な理由について説明する際、ザイリックの星ではキリのいい数字だと説明していたから、「8日間」というのもザイリックの星での話なのかもしれない。
1日の長さは惑星の自転周期によって決まるから、世界ごとに時間の長さがズレているのだろう。
矢印ボタンを押すと、画面が16組のチームの合計所持金額に切り替わった。俺達のチームは『地球代表チーム』となっていた。こちらも当然、今はどのチームも0ゼンで横並びだった。
他の5人も、それぞれが何もない空中に指を滑らせてた。どうやら他人の画面は見えないようだった。これなら、街中で使っても不審に思われずに済みそうだった。
こんな機能があるとはザイリックは言っていなかったけど、あいつは基本的に質問したこと以外には答えないから奴だからな。
「まあ、とりあえず無事に転移できてよかったな」
俺はそう言い、安堵の溜め息をついた。
「天気や季節にも恵まれてよかった。過ごしやすそうな気温だし」
料理人くんが空を見上げながらそう言った。太陽は高い位置にあるので、昼頃だろう。その時間帯でこれだけ温かいということは、日本で言うとゴールデンウィークくらいの気温だろうか。
「天気と季節か。そこまでは考えてなかったな」
「あの状況だからな。俺だって、もし大雪が降ってたらヤバいんじゃないかと気付いたのは、転移する直前だった」
料理人くんが腕組みをしてそう言った。
「とりあえず、街の中に入ろうよ」
アイドル子ちゃんが急かすようにそう言った。
「どっちが街の入り口かな?」
城壁の左右を見ながら、質問子ちゃんがそう訊いた。微妙に壁が丸くなっているせいもあり、入り口の方向は分からなかった。
「ザイリック、どっちが街の入り口の方角なんだ?」
俺はそう訊いたが、ザイリックは現れなかったし、返事も聞こえなかった。
「あー、予選が始まったら、あいつに質問することもできないのかよ。そういうことは先に言っておけよな」
俺はそう言い、溜め息をついた。
つくづく、転移する前のあの時間が重要だったのだと思った。
「勘で行くしかないね」
ギャル子ちゃんはそう言い、さっさと左に向かって歩き始めた。俺達は慌てて、ギャル子ちゃんについていく。
雑草と地面の土が微妙に湿っていて、上履きの中が気持ち悪くなってきた。
「最悪……。街に着いたら、真っ先に靴を買いたい……」
育ちの良さそうなカチューシャちゃんは、どんよりとした声でそう言った。
「せめてスニーカーだったら良かったんだけどな。ところで、もう自己紹介をしてもいいんだよな?」
料理人くんが俺の方を見ながらそう訊いた。
「ああ。今は時間に余裕があるからな」
「じゃあ、俺から。って言っても、さっきすでに自己紹介しているし、名前だけ。俺は青山直也だ」
料理人くんがそう名乗った。名前を憶えていなかったから、助かったと思った。
漢字はウィンドウ画面を見て探せば分かった。
「俺は烏丸九郎だ」
俺も簡単に自己紹介をした。
女子4人も、それぞれ名前だけの自己紹介をする。
質問子ちゃんの名前が、江住心愛。
ギャル子ちゃんが、妹尾有希。
アイドル子ちゃんが、西表七海。
カチューシャちゃんが、浅生律子という名前だと判明した。
「クロウって、英語でカラスっていう意味だろ? 苗字と名前でカラスが被っているんだな」
青山くんがどうでもいいことに突っ込んだ。
「青山くんだって、『あおやま』と『なおや』は発音が似てて、苗字と名前で被ってるじゃないか」
「言われてみれば、確かに。ってか、俺のことは呼び捨てでいいよ。俺もお前のことは烏丸って呼び捨てにするから」
「分かった。青山だな」
「烏丸って、もしかして、上に兄ちゃんと姉ちゃんが8人もいる大家族?」
「違う。親父の名前が八郎なんだよ。で、祖父ちゃんの名前は七郎で、ひい祖父ちゃんの名前は六郎なんだ」
「ああ、そういうパターンか。それで、9代目になったら苗字と名前でカラスが被っちゃったんだな」
青山くんは納得したようにそう言った。
「ところで、さっきからずっと視界に画面があって、ウザくない?」
ギャル子ちゃんこと妹尾有希がそう言った。
画面は少し透けていて、その向こう側も見えるようになっているが、確かに邪魔だった。
「それ、心の中で『この画面消えろ』って念じれば消えるよ。で、もう1回画面を出したいときは、『あの画面現れろ』って念じれば現れるよ」
アイドル子ちゃんこと西表七海がそう言った。
「へぇ、そうなんだ。ありがと」
妹尾有希がお礼を言った。
その機能には俺も気付いていなかったので試してみる。
――この画面消えろ。
――あの画面現れろ。
本当に、西表七海に言われた通りになった。でも、もうちょっとスマートなやり方はないのだろうか、と思って試してみると、「これ消えろ」「あれ現れろ」「これもう見たくない」「あれまた見たい」などの念じ方でも画面が消えたり現れたりすると判明した。その辺は運営側で柔軟に対応しているのだろう。その柔軟性を、もっと違う部分で見せて欲しかったと思うが。
しばらく歩き続け、ようやく林が途切れるところが見えてきた。
そこは土を踏み固めた街道になっていて、馬車が何台も並んでいた。立っている人も何人もいる。その中に若い人はいないから、対戦相手のチームはいないようだ。
「街に入る順番待ちをしてるみたいだな。あいつらの後ろに回り込もう」
俺はそう言った。俺達は林の中を移動し、順番待ちの列がこちらを見ていないのを確認し、林から出て列の最後尾に並んだ。
「ここらへんの道は乾いてるから、ちょっとマシみたいね」
泥だらけになった上履きを見下ろしながら、カチューシャちゃんこと浅生律子がそう言った。
「そうだな。ところで俺、前髪眼鏡くんからアイドルのプロデューサーをやってくれって頼まれてたんだけど、俺がプロデュースしてもいいのか? 嫌なら、お前らの自主性に任せるけど」
「プロデューサーって、何するの?」
質問子ちゃんこと江住心愛がそう訊いた。
「えっと……俺もよく知らないんだけど、基本的には裏方のスタッフだな。アイドルの方向性とか売り出し方とかを考える仕事だと思う。あと、マネージャーも兼任するつもりだ」
「駄目だと思ったらクビにするから、とりあえずプロデューサーやってみてよ、烏丸P」
西表七海が気軽な口調でそう言った。
「烏丸P?」
「プロデューサーのPよ。これからよろしくね、烏丸P」
西表七海は完全にアイドルごっこを楽しんでいるらしい。
まあ、KYくんよりはいいか。
「烏丸P。これからの計画はどうなってるの?」
江住心愛がそう訊いた。
「さっきプロデューサーになったばっかりなんだから、まだ何も考えてねえよ。でもそうだな、差し当たって、早急にユニット名を決めないとな。名前くらいは決まってないと、グッズも作れないし」




