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01

 昼前にしとしとと降り始めた小雨は、下校のチャイムが鳴るころ、横殴りの大雨となっていた。グラウンドに大きな水たまりをつくり、今日まで散り残っていたソメイヨシノの花びらを、容赦なく地面へ叩きつけていく。

 空は黒くかげり、窓をあけると、ひんやりした空気が教室に流れ込んできた。ベランダへ手を伸ばせば、冷たい重みが手のひらに打ち付ける。その下方では、鉄筋にバチバチという音が跳ね返って騒がしい。

 置き傘では濡れねずみ確定だろう、ジャージに着替えて帰ろうか。ふと思いついたけれど、下駄箱で待ち合わせている弟を待たせてしまうのも憚れた。どうしようか。

令和(はるか)

 悩んでいるうちに、くだんの弟が先に現れた。きゃあ、と出入口で女子が沸き立つ。

令和(よしあき)

 令和元年に生まれたはるかには、同い年の弟がいた。漢字は同姓同名で、読みだけ違うというややこしい戸籍で届けられた双子には、しかしそれ以外に共通点がない。自分より頭ひとつ身長の高い弟は、恵まれた体躯とするどい眼光がクールだと噂され、学年を問わず女子によくモテていた。

「俺、生徒会の仕事が残ってるから、先に帰っててくれる」

「あ、うん、わかった」

 今日は十七歳の誕生日だから、一緒にケーキ屋へ寄って帰ろうと言い出したのは弟だったが、仕方ない。家族分を一人で選ぶとなると時間がかかりそうだなと思ったけれど、

「父さんと俺はチョコレートケーキで、母さんはミルフィーユ、令和(はるか)はショートケーキだろ」

 いつも通り弟が先回りして決めてくれたので、ほっとして、わかった、とうなずいた。

 体育館からはバスケットボールの跳ねる重厚な振動が響いていたが、大半の運動部は帰宅を余儀なくされ、下駄箱はいつもより人の密度が高かった。ジャージに着替え、指定の学生鞄を胸に抱えて、傘をさす。風が重く、防ぎきれない冷たさがジャージを濡らすが、それ以上に顔にはりつく髪に視界を邪魔されるのが不快だった。肩にぎりぎり届かない髪は、結ぶには中途半端で、こういうときに不便だ。

 グラウンドを迂回する形で校門までやってくると、こんな暴風雨の中だというのに、女子生徒が輪になっているのに気が付いた。その中央には、白ラン姿の男が一人立っていた。

「…令和って名前……を探して……知らない?」

 強くなる雨脚のなかで耳をかすめた言葉に、足をとめて振り返ると、男がこちらに気づいた。傘もささずに、大股ではるかのほうへやってくる。

「もしかして、山村令和(れいわ)さん?」

「レイワじゃなくてハルカと読みます」

「あー、日本語読みね、うん、了解」

 そのとたん、雷が落ちた、と思った。ドン、と大きな振動が地面をつんざき、視界が真っ白になったからだ。

「やー、助かった。レイワ、お前を……へ招待しよう」

 近距離で大きな音を聞いたためか、三半規管がおかしくなったのかもしれない。頭が酩酊し、体が宙に放り出されたような、奇妙な無重力を感じる。遠くなる意識のなかで、重要な部分を聞き逃した気がしたけれど、そんなことより、レイワじゃなくてハルカだって言ったのに、と普段なら気にもとめない些細なことを不満に思い、そこで意識は途絶えた。

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