8:衛兵
身体がしんどかろうが重かろうが仕事は仕事。自分がこの仕事を選び、相手から託されたなら、責任が有る。
登城し、執務室へと向かう。
私はいつも、近道だしこの活気が好きだし、何より訓練所が見えるので王城の裏から入っている。きちんと許可を取ってこんな登城方法をとってる文官は私くらいだろう。
すれ違う人達と挨拶を交わす。最初は公爵令嬢だからと怖がったり煙たがっていた人達だが、今ではすっかり打ち解けてくれ、有益な情報もくれる。…有り難い。
丁度、騎士団は早朝訓練を終えた所だった様だ。
エーヴィヒが私に気付き、駆け寄ってくれる。そのまま強く抱き締めてくれ、柱の影に入る。何も聞かず、言わずに、私が欲しかったものを直ぐにくれて嬉しいが、そんなに物欲しそうな顔をしていたのだろうか?エーヴィヒにスリスリされて心臓が跳ねて慌てる。
「ティリア、約束したばかりなのに、ごめん。汗臭いし砂っぽいが、許して」
抱き締められただけで嬉しくてドキドキしてるのに、耳元で囁かれた事によって自分の心臓の音が強く聞こえてくる。
「エーヴィヒ、勤務中でしょ。嬉しいけど恥ずかしいわ。…何かあったの?」
「…ティリアが消えそうに見えて、怖かった。ティリアが足りない。もっとティリアが欲しい。ティリアを感じさせて」
耳元で不安げに囁き、耳、頭のてっぺんやおでこ、頬にそれぞれ少しずつ熱を帯びたキスをくれる。
「え、それって…、!」
生真面目な彼から、らしくない職務放棄ともとれる言葉と、びっくり発言をされて、戸惑い、鼓動が早くなる。
何度も私の名前を呼ぶエーヴィヒ。…震えている。顔も真っ青だ。
取り敢えず私の執務室で休む様に宥めた。
私の執務室は重要書類が有る為、衛兵の巡回パトロールのルートに組み込まれている。巡回途中の兵が私達の姿を見て、直ぐに近寄って真っ青な顔のエーヴィヒを支えてくれた。ひとりは騎士団への連絡に走ってくれる。
執務室内の三人掛けソファにエーヴィヒを座らせて、落ち着かせる。
「ティリア、すまない。取り乱した…」
「私はいいのよ、でも…」
「お前達も、ありがとう。恥ずかしい所を見せてしまったな。すまない。お前達も忙しいのに、対応してくれて感謝する」
エーヴィヒは直ぐ対応してくれた衛兵二人に、青い顔で真っ直ぐ見つめて感謝と謝罪を伝える。
「いえ、エーヴィヒ様のお役に立てたなら良かったです!」
「騎士団長より『本日は先日の代休にする、働き過ぎだ。今日明日は休め』と言付かっております。…エーヴィヒ様、僭越ながら私からも。大事な時期とは聞いてはおりますが、呉々もご自愛なさってください」
エーヴィヒを心配する二人の衛兵。
「…あぁそうだな。ありがとう」
青い顔ながらも微笑む。衛兵二人はエーヴィヒの笑顔に驚いたが、心底嬉しそうな顔をして、直ぐに退出していった。