60 side:エーヴィヒ 4
「エーヴィヒ、少し休みましょう」
今日は王都の端の方に来ていた。比較的安全な場所だが、安心はしていない。
「ティリア」
この付近にはカフェの様な店が無い為、露天で彼女が好みそうな飲み物を買い、彼女に見付からない様に毒味をしてから渡す。
「ありがとう、エーヴィヒ」
ティリアは微笑んで、渡したお茶を飲む。
「サッパリとして、とても美味しいわ」
店の者に聞こえたらしく、こちらへ会釈をする。それに気付いたティリアは笑顔で返礼する。
「エーヴィヒ、はい」
ティリアは一口だけ飲んでお茶を渡してくる。
「また、私の分だけでしょう?もっと水分補給して?」
定期的に水分補給しないと、血液がドロドロになるのよ!なんて言っている。彼女は時々前世の母の様な事をいう…一体、何処で仕入れた知識なのだろうか。
「解った。ありがとう」
俺はそんなに水分補給しなくてもいい身体だが、彼女が心配してくれてるのと、何より間接キスも出来るのが嬉しい。毒味は間接キスには入らない。
「ん、確かに美味しいな」
毒味をした時は何も感じなかった。
いつもそうだ。彼女が触れたり共有したモノに五感が働く。
「二人で分けあって飲むから、余計に美味しいわね」
笑顔で彼女はそう言う。何気なく言ったつもりだろうが、俺にとっては何よりも嬉しい言葉だ。
「そうだな。ティリア、君と居るといつも発見が出来て嬉しいよ」
「?エーヴィヒ。これは貴方が選んでくれたのよ?それに、貴方が受け入れる心を持っているから感じるのよ?」
ティリアは不思議そうな表情をして俺を見詰めている。
「しかし、その気付きのきっかけを最初にくれるのは、いつも君だ。ありがとう」
「?どういたしまして?」
何故、礼を言われたのか解らない様で、まだ彼女の頭上にはクエスチョンマークが沢山飛んでいる。
彼女は知らない。どれだけ俺の世界に色を付けて来たのかを。今までも確かに世界には色が付いていたが、それはただ、付いていただけだった。ティリアが関わる事で世界は色鮮やかになり、俺の景色も何もかもが変わる。
「この地域も昼間の状況としては良いわ。申請されていた箇所もちゃんと直されている。人々の表情も悪くない」
ティリアはメモをとっている。今日は彼女の業務の護衛として付き添っているのだ。真剣にメモをとっているその表情さえ美しいと思う俺は、完全に彼女にやられている。
「エーヴィヒ、今日はありがとう。貴方も例の業務で忙しいのに、わざわざ同行に名乗り出てくれたと聞いたわ」
メモを取っていた彼女が、俺の方を向いて微笑んでくれた。その微笑みと向けられた瞳が…胸を熱くさせる。自制を効かせるのが、苦しい。
「あぁ…俺の我が儘なんだ。俺以外の男が君と長時間二人きりなんて、想像しただけで耐えられなかった」
発した言葉と俺の現状を知られる事が恥ずかしくて、彼女の顔をまともに見れなかった。彼女の視線を逃れる為、右手で自分の顔を覆い応えた。
「え?」
「業務だと判ってはいるがな」
指の間から彼女の様子を見る。ポカンとした表情の後に、花の様な微笑みをみせてくれる。
「もう、エーヴィヒったら。どれだけ私の事が好きなのよ」
座っている彼女の目の前で腰を折り、彼女の両手の直ぐ隣に俺の手をつく。直ぐにキスが出来る…呼吸が届く位の距離だ。そうやってティリアを閉じ込めてから、強く彼女の瞳を見詰めて聞く。
「ここでどれだけ君を愛しているのか、教えてもいいのか?」
冗談っぽく応じた彼女に、半分以上本気で応える。
「…ここでは駄目」
真っ赤になってメモを抱きしめている姿が可愛い。目の前の唇にキスしたいのを、どうにか抑える。
「解っているよ。さて、次は何処を視察する?」
さらっていた彼女の髪にキスしてから、彼女が立つのに手を差し出す。
「エーヴィヒのお陰で、予定より早く、視察は完了したわ。ありがとう」
ティリアは俺の手に掴まり立ったが、少しよろける。先程の俺の行動に動揺してくれている様だ…可愛い。
「じゃ、戻るか?それとも?」
ティリアのやわらかい身体を抱き留めて立たせながら、そっと頭にキスを贈る。
「ありがとう。お土産にお菓子を買っていきたいの。もう少しいい?」
「いくらでも。菓子か…そうだな。俺も土産を買うか」
業務終了。これから少しの時間は休憩時間と同じだ。恥ずかしがるティリアと恋人繋ぎをして歩く。
色んな店に寄り、色々と買い物をして帰城した。
彼女は大量の菓子を購入したが、一体、何処に持って行くのか?
帰城して先ず、今回の視察の担当大臣の元へ行き、帰城と仮報告と土産の菓子を渡す。好物だというその菓子に大臣は目を輝かせて大喜びしている。
次に担当官達がいる執務室へ行き、今日はサポート不要の旨と土産の菓子を渡す。一緒の茶を請われるが丁寧に辞退して退室する。
経理部門に訪問し、明日に詳細書類を持参する旨と菓子を渡した。ここでも土産が喜ばれ、茶を請われるが丁重に辞退した。
最後に騎士団へと向かう。彼女は団長に俺が同行した事への礼と、あの大量の菓子を渡した。騎士団への差し入れは殆どの場合、個人宛が多い。全体への差し入れに団長はとても驚き、相好を崩した。側で見ていた他の団員達も喜んでいる。
「改めて、本日はどうもありがとうございました。では失礼いたします」
「執務室まで送ってから戻ります」
「エーヴィヒ、お前は報告書のみだから、今日はこのまま直帰でいいぞ」
「ありがとうございます」
ティリアの執務室まで来た。
「ねぇ、エーヴィヒ。少し時間を貰ってもいいかしら?」
「勿論、大丈夫だ」
執務室の扉を解錠し、中へと入る。
「今日はお疲れさまでした」
暖かい茶を淹れてくれ、ティリアは向かいの席に移動しようとした。それを阻んで、膝の上に座らせた。
「ティリアもお疲れさま。少し、充電させて」
彼女を抱き締める。彼女の匂いがする。好きな匂いだ。
「ねぇ…エーヴィヒは、私の気持ちが読めるの?」
ティリアの声に甘味が含まれた。プライベート時にいつも聞いているあの声音だ。彼女も今日は業務終了の様だ。でなければ彼女の性格上、この声は出さないだろう。
「ん?何故そう思った?」
「だって、私の喉が渇いた時は、いつも、直ぐ、私の好みのものを大きめサイズで用意してくれるんだもの。貴方に触れたいと思ってたら、こう、抱き締めてくれるし…」
もじもじしている姿が可愛い。
「あぁ」
続きを促す。
「私、解りやすいのかしら…?」
「いつも一緒に居るから何となく解る事も有る。今は俺がティリアを抱き締めたいと思ったからな。そうか、君も同じ気持ちだったのか…嬉しいな」
彼女のこめかみにキスをして、そのまま唇にキスをした。ティリアの舌を吸い上げ、絡ませて擦る。…また、息を止めている。
「ティリア…息を…吸って。キスの時、息を止めなくて、いいんだ。苦しいだろう?」
「ん…ぁぅ」
キスをしながら言うが、真っ赤な顔のティリアは受けとめるだけでいっぱいの様だ。こんなにうぶで可愛いのだから、現実世界での彼女は未だ男を知らないのかもしれない。そう思うと優越感と独占欲が己の心を支配し始めた。…しかし彼女の心に住んでいる現実世界の人間がいるのも解っている。
彼女は俺の女だ。このままここでこの身体を組み敷いて俺を刻み込んでしまいたい…しかし婚姻式に純白のドレスを着せたいから、我慢だ。何よりこの場所で初めてを奪うのも、違うだろう。
「あぁ…可愛い。ティリア、愛している」
「エーヴィヒ…私も、好きよ、大好き」
ティリアは俺に「愛している」とは言わない。言ってくれた事も無い。しかし同意や首肯してくれるのは、今、俺の身体に抱き付いてくれているのは、それに値すると思っている。…いつか言わせてみせる。
呼吸を整えながら彼女は俺にもたれる。先日、彼女の身体を愛してから、少しずつではあるが…ティリアは俺に身体を預けてくれる様になった。
ティリアは袋から何かを出した。
「エーヴィヒ、今日はありがとう。これ、良かったら召し上がってね」
綺麗にラッピングされた菓子を渡された。
「俺にまで?わざわざ用意してくれたのか、ありがとう」
まさか俺に用意してくれてるとは思わなかった。
「本当に嬉しかったから…」
「じゃ、俺からも」
飴細工を渡す。ころんとした薔薇の形をしていた事と、その意味するところが気に入り、思わず買い求めた物だ。
「綺麗…ありがとう」
ティリアは目を輝かせた。気に入ってくれた様だ。
赤やピンク色の飴はキラキラ光って愛らしい。中には薔薇の花弁が散りばめられている。
ティリアは赤が好きだ。彼女の名前…ポープロッターも、確か、現実世界の言葉で赤を意味する。ドイツ語だったか?色白の彼女に赤はよく似合うが、服として身に付ける事は無い。赤いドレスはその殆どがデザインに問題が有るのだ。いつか彼女に似合うデザインの赤いドレスを贈りたいと思う。
その夜はそのまま二人で食事に行き、彼女をグルック公爵邸へ送った。別れ難かったが…我慢した。




