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帰還  作者: ろぜ C-ruby
58/73

58 side:エーヴィヒ 2

 翌年。とうとうやって来てしまった、開幕の年。

 ここで、この大事な時期に逢ってしまったのだ。

 何度でも言う。どんな女性にも感心が無かった()

 一目見て、欲しい、独占したい、守りたいと心が騒ぐ女性に出逢ってしまった。

 相手も大きな瞳を見開いて俺を見ている。

 あぁ…可愛い。今すぐ抱き締めたい。

 渦巻く欲望を抑え、公爵令息の仮面を付けて彼女の下へ向かう。

「エリン家のエーヴィヒだ。ようこそ、学園へ。ティリアフラウ=ポープロッター=グルック公爵令嬢。歓迎する…久し振りだ」

 エスコートに差し出した手におずおずと白い手を乗せる彼女。なんて愛らしい。

「ご無沙汰しております、エーヴィヒ=エタールマ=エリン公爵令息。お声掛け頂き、ありがとうございます」

 透き通る様な、しかし凛とした美しい声。花の様に微笑む彼女。

 四大公爵家の一員として王室を含めた交流が有った幼い頃はよく一緒に過ごしたが、例の約束でこの五年間は顔を合わせて居なかった。…()が前世の記憶を取り戻してから五年は経ったという事か。

 頬を赤く染めたティリアフラウが愛しい。こんなにティリアフラウは愛らしいのか。

 この時に、俺は、恋に落ちた。



 この世界はあの乙女ゲームを踏襲(とうしゅう)していた。…否、ほぼゲームそのまま。

 入学式早々イベント開始。ヒロインの台詞もそのまま。

 …これはマズい。早々に転生者の確認をしなくては…と思ったが、このイベント展開時点で転生者が判ったので、イベント中に確保して部室へと強制連行していく。

 怯えていた新入生達は連行された理由を知ると、心の底から安心したのか、号泣する者も少なからずいた。前世の自分と現世の自分に戸惑っていたと…誰にも話せなかったと打ち明けた者もいた。

 連行した中にティリアフラウもいた。彼女も悪役令嬢の道以外を望んでおり、俺達の活動を知ると、喜んで協力を申し出てくれた。

 先ず、ヒロインを誰とくっつけるか全員で話し合いをしたが、満場一致で第一王子に決まる。…転生者の中にはヒロインとどうこうしたいと思う者が居なかったという事だ。

 日にちが経つにつれて、転生者内の攻略対象達は、その気持ちも全く無いのにヒロインが近づくだけで愛を囁く様になった。こちらの情報は一切話さないのは良かったが、理由を尋ねても本人達も解らない。自分の意志以外の所で話をさせられている。恋人がいるのに、ヒロインを好きでもないのに、何故こんな事になるのか…苦しむ様になった。

 ティリアフラウが悪役令嬢を演じる事を申し出るが、俺が却下した。彼女はヒロインと会っても何も変化が無かったが、いつ変化するか解らないのだ。その為、皆のサポートを依頼した。彼女はその才能が有ったのか、皆の話をよく聞き、サポートをしていった。その姿はまるで母親の様に優しく包み込んでいった。

 学園内での日々も、ヒロインと第一王子がくっついた事で穏やかになった。転生者内の攻略対象者達もあの変な呪縛―呪いとしか言えないだろう、あんなふざけたものは―からやっと解かれた。 

 ゲーム進行よりも、もっと早い段階でルートエンドを迎えた。指示をしていたティリアフラウ曰く、最短クリアだそうだ。

 彼女、本当にこのゲームが好きで何度もクリアをしているという。…妹と同じだ。

 ティリアフラウは八歳の時に前世の記憶が蘇り、悪役令嬢にはならない様に生きていたという。彼女も苦しむ人を減らしたい、どうせなら幸せな道を進みたいと強く望んでいた。

 彼女や転生仲間達が皆、善良な人物だったからこうも巧く事が進んだのだと思う。俺だけなら所詮、他人事だし、()()()()()には関わり合いの無い事だからと、放置していただろう。

 兎に角、ヒロインと第一王子の恋を数ヶ月で実らせ、平穏な日々を迎える事が出来るのだ。



 それからの俺は、ティリアフラウを自分の(もの)にすべく、行動を取り始めた。

 俺の姿を見ると、ティリアフラウは大きな瞳を嬉しそうに輝かせて、真っ赤になってもじもじする。その姿でさえ、可愛い。

 最初は俺から誘ったが、次第に毎日昼食を共にする様になり、下校も一緒にする様になった。

 ティリアフラウは水分を沢山摂る。水やお茶が大好きだという。食事は薄目の味付けが好みで野菜が好きだ。好きな料理は鶏肉のグリル。菓子も好きだ。食べている時は本当に美味しそうに幸せそうにしている。いつか彼女を構成するものは全て俺が関わる様にしたい。

 色は赤が好きで、緋色のリボンを贈ったらとても喜んでくれた。贈った数日後、リボンに彼女が手ずから編んだレースを付けた髪飾りをして登校して来た。

 彼女は子供の頃の俺との交流についてよく覚えていて、プレゼントした花冠や菓子、一緒に読んだ本の事も覚えていた。

「私、お兄さまのいる生活が夢だったの。エーヴィヒ様が優しくしてくださって…本当のお兄さまの様で嬉しかったの」

 兄として慕ってくれていたのに、ティリアフラウも自分と同じ気持ちだと思い違いしていたのを、この時に知った。

 当時の俺はティリアフラウがどうしても欲しくて両親に相談。両親は未だ早いと言ってくれたのに…子供は怖いな。何度もグルック公爵邸へ直談判に行ったのだから。この情熱は、実親に似通っているのかもしれない…。



 ある晴れた日。

 学園内の庭園で息抜きをしていた。

 少し目を瞑っていた所、唇に湿った柔らかい感触があった。目を開けるとクラスメイトの女生徒がいた。しまった!やられた!

 吐き気が酷い。たかだかキス…皮膚の接触だけで、こんなに気持ちが悪くなるのか。

 女生徒はそのまま俺の上に乗って来た。気持ちの悪さが酷くて突き飛ばした。怪我はさせなかったが執拗に言い寄り、あろう事か制服を脱ぎ始めた。

 確か彼女は伯爵令嬢だ。伯爵家のものがこの様な行動を執るとは、たかが知れる。下位の者が上位者にする行動ではない。しかも俺は公爵家の嫡男だ。侮辱罪として一族郎党、投獄する事も出来る。しかし相手は女だ。此方(こちら)が何もしていなくとも証拠が無ければ不利になる可能性も有った。

「そこの彼女。それ以上は、止めとけ」

 転生仲間のオズワルド=リーヴァ侯爵令息とガウェイン=フォンケィン侯爵令息、そしてティリアフラウが居た。

「幾らエーヴィヒ様に好意を寄せていても、それはやり過ぎだ。エーヴィヒ様の不興を買うし、学園では過度な接触は校則違反だ。退学になりたいのか?」

 ガウェインは録画機能の有る魔具で録画していた。

「はは。そんな手じゃ、エーヴィヒ様は落とせないよ。まぁ落ちるとしたら、君を大切に思いもしない馬鹿な男だけだ」

 騒ぎを聞きつけ、巡回していた教師と衛兵がやって来た。オズワルドとガウェインが事情説明と証拠の動画を見せた。情け無い事に俺は自分の事だというのに、吐き気と目眩で役に立たなかった。教師達は伯爵令嬢を連行していった。

「すまない。助かった」

 どうにか目眩が治まり、礼を言う。

「いや、礼には及ばない。しかしエーヴィヒはやっぱりモテるな」

 オズワルドが応じたが、仲間だけになった途端に言葉遣いがくだける。

「は?」

 思いも寄らない言葉に間抜けな反応をしてしまった。

「気が付かなかったのか?お前を見る為に男女問わず、結構な人数がクラスに来てる事」

「今の彼女も、ずっとエーヴィヒに熱~い視線を送ってたよ」

 だからってああいう手を使うのはどうかと思うが…とガウェインは続けた。

「必要性を感じないモノはどうでもいい。大事なモノだけ側にいてくれればいい。それで十分だ」

 吐き気と一緒に吐き出す様に言う。

「だよね~。それにエーヴィヒには、既に心に決めた相手が居る訳だし?」

 ガウェインはティリアフラウを見やる。俺の気持ちは誰にも話してはいないのに、何故、判るんだ?

 ティリアフラウはずっと下を向いて黙っている。俺の方を見ない。

「じゃ、俺達は先に戻るから。ティリアフラウをクラス迄、頼むわ~」

 ガウェインは片手を降りつつ、オズワルドと共に校舎内に戻っていった。

 ティリアフラウは制服の裾をギュッと握ったまま黙っている。

「ティリアフラウ。君にも心配かけて、すまなかった」

 握っていないティリアフラウの指先に触ると、ビクッと動いた。そのまま手を握る。…逃げない。

「エーヴィヒ様。貴方様には、お心に決めた方がいらっしゃるのに、私に構われるのは…触れるのは…。お戯れは、もう…」

 震えながら、訴える。なんて愛らしいんだ。

「俺の相手が気になるか?」

「…」

 ティリアフラウの顎をそっと持ち上げて顔を上げさせる。真っ赤になって震えている。…少し進んでもいいかもしれない。親指でティリアフラウの唇をなぞる。

「ティリアフラウ、答えて?俺が心に決めた相手が誰か気になるのか?それとも、俺がキスされたのが気になるのか?」

 じっとティリアフラウの瞳の奥を見る。

「わ…私は」

 視線を外さずに見つめ返してくる。

「ん?」

 彼女の唇を撫で続ける。

「私は…」

 泣きそうな瞳で、一生懸命に俺を見るティリアフラウ。あぁ、抱き締めたい…。

「言えないなら頷くだけでいい。周りの事(など)は考えず、君の本音を聞かせて欲しい。…俺が心に決めた女が気になるのか?」

 首肯する。ヤキモチを妬いてくれたか…なら。

「俺が他の女にキスされたのが嫌か?」

「い…や…嫌、エーヴィヒ様は、私の…!」

 聞いた途端にティリアフラウの感情が乱れる。余りの可愛さに思わず、キスをしてしまった。少し唇を放すとティリアフラウは呆然としていた。そのまま強く抱きしめ、またキスをする。

 ただ唇を合わせただけだが、好きな女とすると、こんなに気持ちがいいのか。ティリアフラウは腰が抜けた様で、倒れない様に抱き留める。

「あ…あぁ」

「ティリアフラウ、俺は君が好きだ。俺の決めた(ひと)とは、君の事だ…あぁ…こんなに真っ赤になって…可愛いな…」

 もう一度キスをする。

「エーヴィヒ様…私、エーヴィヒ様が好きです。再会してから、ずっと、ずっと…」

 再度キスする。

 あの再会の日。あの日、俺だけではなく、彼女も、恋に落ちたという。

 これは、あの強制力か?

 彼女へのこの強い想いも、執着心も、独占欲も。欲しいと望む気持ちは一体、どこから来るのか。

 いずれにせよ、この日、ティリアフラウは俺の(もの)になった。

 意外とすんなり手に入った。嬉しい誤算だ。しかし余り性急に進めると彼女は混乱して立ち止まってしまうだろう。ゆっくりと時間をかけて確実に絡め取っていかなくては。

 彼女の純潔を今すぐに欲しいと身体が強く訴え疼くが、それは俺の問題だからどうとでもなる。…どうにもならなくなる前に彼女を俺に縛り付け、逃げられない様にしてしまおう。

 籠は大きい方がいい。閉じ込められている事が判らない様に。だが、檻の部分は逃げられない様に幅を狭めよう。

 そんな俺の歪んだ昏い思いを知らずに、ティリアフラウは嬉しそうに微笑む。

 ティリアフラウ、君はそのまま俺の腕の中に堕ちておいで。俺が君を幸せにしてあげる。愛して、閉じこめてあげる。

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