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彼女はいつも花の様に微笑んだ。
私が側に近づくだけでその大きな瞳を輝かせ、ドレスの裾を持ち上げて私の元へ駆け寄り抱きついていたものだ。
その仕草、その声、その姿…。本当に愛しく可愛い。誰よりも誰よりも大切な女。
自分のこの想いを打ち明ける事は許されない。
私は、私や父の欲望のままに彼女を何度も政治利用をした。それなのに彼女は私を恨むでもなく、ずっと慕ってくれていた。
私がどれ程、彼女を汚したいと思ったか。
緋色の衣を戴いた私がそんな事を出来る筈もない。
男として彼女をこの腕に抱く事は許されず、他の女を何人も彼女の代わりにしたが満たされる事も無かった。
神を信じぬ私が願うのもおかしいが、私が満たされぬ分は彼女が幸せで有る様に。
出来る事なら生まれ変わったら今度こそ彼女をこの腕に抱きたい。
後世で私の事をどの様に伝えられるのかは解らない。残虐で残忍…好色な男だと伝えられるのだろうか。…自業自得だがな。
それでも生まれ変わった彼女が、いつの日か私の名前を見て何かを感じてくれたのなら、それでも、いい。
馬鹿な男…実兄だったと…魂の片隅に刻んでくれていたら、それで、いい。
幼い頃から自分は他の同年者達と比べて少しおかしいと思っていた。母に対してのこの思いが、他者から聞く親に対しての思いと違っていたのだ。
子供の親への独占欲等、成長するにしたがい薄れていくものだが、僕の思いは違う方向で大きくなっていったのだ。
その思いを気付かれたのか、ある時、実父に首を絞められ、殺されかけた。七つの頃だ。
仕事から帰宅した母がその現場を目にし、事なきを得たが、両親はそれがきっかけで離婚。僕は母と一緒に生きていく事になった。
母は元々契約社員としてフルタイムで仕事をしており、離婚しても生活には困らなかった。しかし一流企業とされる企業なのに子育てに理解の無い職場だった為、離婚後はかなり苦労した様だった。
だが僕にとって母との生活は…それは幸せな日々だった。
数年経ち、思春期を迎えた僕が余りにも同年代に交われない…学習にかかわらない事で母を悩ませてしまった。
その同時期に母は帰宅途中で事故に遭った。
「貴方が大好きなアイスを買ってから帰るから、もうちょっとお留守番、頼むね」
母から連絡が有った後、自宅直ぐ側の交差点で母は車にはねられ、顔見知りの交番のお巡りさんがわざわざ自宅迄知らせに来てくれたのだ。
母がこのまま死んでしまう…この人を失いたくはない…そう思った時に思い出した。自分の前世を。
また血縁として生まれてしまった…しかも彼女の子供としてだ。結ばれる筈がない。前世の業が、僕を苦しめているのか。
思い出した時にはもう既に遅く、彼女は抱き締める事も出来ない場所に行ってしまっていた。
あの機械に入れられた母を…どれだけ彼女を想っても、彼女は目覚めない。
母が目覚める事を祈り、目覚めた時に心配しない様にと周囲に溶け込む様に努力した。
母が愛したゲームもプレイしてみた。彼女がずっと気になっていたエーヴィヒ…隠しルート解放で全容が明らかになった。執拗な程の執着と狂気…まるで前世の自分が彼女に対して夢想していた事ではないか。彼女はティリアフラウとしてダイブしている。…エーヴィヒと恋仲になってしまうのだろうか。
三年経って奇跡は起こり、母は目覚めた。
しかし母は以前の母ではなかった。機械の中で公爵令嬢として過ごしてきた母は、より一層、前世の彼女に近い状態になっていた。
しかも男を作ってしまっていた。…エーヴィヒだ。
彼女は僕の女だと言いたい。…だが、前世でさえ実兄としての対応しか出来なかった僕に何が言えるだろうか?今だって、息子でしかないのに。
母は以前は見る事の出来なかった花の様な微笑みを浮かべている。僕の大好きな笑顔だ。
…それならば息子として彼女の幸せを願う人生としてこのまま生きよう。
彼女を愛し、守ると誓ったエーヴィヒ…司波 誠。エーヴィヒの名のもとに彼女を愛し守れ。
…だが、次はお前に彼女は渡さない。
彼女をこの腕に抱くのはこの僕だ。




