50 side:ベヒューテン 3
私のあの世界での身体…ベヒューテンには性別を付けなかった。付けてしまう事で自分の衝動が抑えられず、彼女に手を出してしまうと思ったからだ。
今のこの性別の無い身体でさえ、彼女への想いが溢れて苦しいのに。男の身体で彼女の側にいたら…きっと彼女を誰にも見せない様に監禁し、陵辱して快楽に堕としていただろう。
…つくづく私は愚かな男なのだ。
ティリアフラウ…浜坂さんは、本当に可愛い。
手紙での彼女しか知らなかったが、現実の彼女は小太りで肌がとても綺麗な背の高い美しい女性だった。息子さんの言動から察するに、キチンとした性格だったのだろう。
彼女の一挙手一投足…直ぐに混乱する所、慌てる所。嘘が付けない所…付いても直ぐに判る様な正直で人を騙せない所。律儀な所、心配性な所、悩むと眠れなくなる所。抜けている所。本当に可愛い。
お菓子と紅茶が好きで、食事は薄味の料理が好み。野菜が大好きなのに、好物が鶏肉のグリルだなんて意表をつかれた。
「鶏肉のグリルも色々バリエーションが有って面白いのよ。お肉単独で焼くのは勿論、野菜と一緒に焼いたりキノコと一緒に焼くのも、美味しいわ。お肉の味付けも定番の塩胡椒だけでなく、レモン塩やネギ塩、ハーブや香辛料、それに糀で作っても飽きずに美味しく頂けるの」
楽しそうにそんな話しをしてくれた。レモン塩とネギ塩はこの世界では無いから、現実世界の記憶が片隅に残っているのかも知れない。
その後、彼女はレモン塩がこの世界に無い事に気付き、公爵令嬢の立場を利用して普及させた。レモン塩は色々な料理に使える為、この世界でもとても流行した。
学園卒業後も、時々彼女の王城での執務室でお茶休憩をした。ふんわりとした優しい時間。
ある時、彼女とお茶をしている時に、急に彼女の身体が固まったまま動かなくなった。リンクが切れて現実世界へ戻っていたのだ。再度リンクされて、この世界に戻って来た彼女は、動揺もせず、落ち着いて持っていた紅茶を飲んでいた。…有る意味、彼女らしくない行動だった。
また同じ時期にエーヴィヒもリンクが切れていた。
有る程度、もし身体が回復して来たら少しずつ現実世界へ戻る仕様になっている。
二人は、現実世界へ帰還する事が出来るのかもしれない…。
現実世界では、この医療機器で過ごしていた人が二人亡くなった。女性と男性一名ずつだ。この方々は本来ならばもっと短い命だと宣告されていた。ご遺族の方々にはここまで命が長らえた事にとても感謝されたが、私は微妙な気持ちだった。自分が提案・企画したプロジェクトが感謝される…それは本来は喜ぶ事なんだろう。しかしこのプロジェクトには人の命が関わり、死がつきまとう。その事に今更、気が付いたのだ。人の命はゲームや小説とは違い、簡単に扱ってはいけないのだ。その人が築いて来た人生…経験。その人だからこそ得られた事も沢山あるのだ。
人の命を軽々しく扱って来たつもりは今までも無いが、より一層、命について考える様になった。
亡くなったお二人には、改めて感謝と冥福を祈った。
その直後、この機械が対応出来ない状況に陥った患者さんも出た。ソフトを入れ替えたり何をやっても駄目だった。そもそもがエラーを出したソフト自体に問題も無く、患者さん自身の問題と判断、彼は機械から離す事になった。機械から離した事で彼の容態は安定したが、彼も既に宣告された余命より長く生きてくれた事で光が見えた様だった。その後は私達から離れた為、彼のその後は知る事は一切出来ないが、あの世界で爵位を継承し、ミッド伯爵となっていた彼のその手腕は素晴らしかったので、どうか回復して欲しいと強く願った。




