5:転生者と攻略
創作作品への転生物語が大好きだった前世の私は、もし大好きな作品へ転生や転移したら大喜びするだろうと思っていたが、実際はそうではなかったし、他の転生者の殆どが同様の意見だった。道なかばで死ぬという事は、こういう事かと思う。
大好きだった作品達の転生者・転移者達のこういう部分は、作品内では余り語られる事も無かったが、きっと彼らもこういった葛藤をしたのだろう。
最初の方で記した通り、この世界は乙女ゲームの世界。
私はこのゲームの悪役令嬢として生を受け、ゲームと同じ様なイベントが起こったが回避してきたと記した。
勿論、ゲーム自体のヒロインも生を受けていたが、どうやら彼女は転生者ではなくこの世界自体の人物の様だった。
ヒロインと悪役令嬢が共に転生者で、お互いが転生者と知った時に手を取り合う…そんな作品も沢山読んでいたのでなんとなく寂しかったのを覚えている。
ゲーム上での私の役割は悪役令嬢だったとしても、実際は断罪や死亡ルート回避にいそしんで意地悪はしなかったので、私は悪役じゃない令嬢だった。
そもそもヒロインと想い合うメイン攻略対象者との婚約自体を受け入れなかったのだから、前提自体が破綻している。
執拗な程に何度も有った王室からの婚約申込を、私の意向を汲んで断り続けてくれた両親にはとても感謝している。
両親はこの世界の人物だから打ち明けずに黙ってはいるが、私には従兄を異性として見るのは無理だった。前世の記憶を持ちながら、王妃になれるから従兄となんて結婚出来る筈がない。責務が重過ぎるし、私の性格上、無理だ。
転生仲間には攻略対象者として転生した者も複数いた。
ゲーム補正的な事が起こり、ヒロインを見るとまるで人が変わった様に本人の意思を無視してヒロインに忠誠や愛を囁いてしまう…それで心がバラバラになってしまったと心身を崩してしまう仲間も出てしまった。
いろいろ苦戦したが、ヒロインにはメイン攻略対象者であり転生者ではない従兄と一緒になってもらった。ヒロインが彼を選んでくれ、二人が幸せそうで心底良かったと思っている。
そうやって転生仲間や両親に助けられ、また、協力してここまで至ったのだ。
本当に皆には感謝している。
…悪役令嬢といえば、攻略対象者と恋仲になる創作作品が多かったが、エーヴィヒは攻略対象者では無い。
ゲーム内でエーヴィヒは名前のみ登場。私はかなりやり込んでいたが、プレイ中、一度も彼の姿を見た事が無いのだ。
現在はゲームクリア後の世界…有る筈のない、見る事の出来ないルートを進んでいる。
もう、ゲームの影響も無く過ごせる。過ごせるはずだ。
色々と思う事も有るけれど、私はこの世界で生きていくしかないのだから。
エーヴィヒがくれた花を見詰め、髪飾りに触れる。
編み物の手を止め、見上げると、月は先程よりも高い位置に有った。