24:フィリグラン
「エリン公爵ご夫妻とご子息、グルック公爵ご夫妻とご息女のご入室です」
入室の案内が有り、謁見の間の中央付近まで進み、陛下に礼をとる。
すると室内にいた近衛騎士、大臣達は全員退出していった。
それと同時に人払・空間切断の魔法の他、固有結界が展開された。見事な流れに目を奪われる。
「よく来てくれた。今回は一国の王としてではなく、一人の男、レクスとして話がしたい。今、この空間にいるのは、我々だけだ。今回の件に際し、王妃には体調不良になってもらった。後々書類に一筆貰う様にはなるが、くつろいでくれ」
サラッと怖い事を仰る陛下。父やエリン公爵はやれやれといった表情。…今までにもこういう事が有ったの?
私は促されるままにエーヴィヒの隣に着席した。とても座り心地のよいソファだ。
「今回は王家に一番近い公爵家同士の婚姻の為、今後の話し合いと婚約の承認として時間を無制限でとっている。王族以外の者…姻族とはいえ秘術継承については介入出来ないからな。そういった意味も有、王太子でもないから王子にも控えさせた」
此処まで異議は有るか?と確認される。確かにエリン公爵夫人も母も王族の出だ。他国の者ではない。
「秘術は他国に流れては困る。王妃はまだ母国との繋がりが強い。面倒な事だ」
自分の妻を嫡男をバッサリ切る。
エーヴィヒは私の手を、その指先で弄び始めた。
「クレメンス、アミュテ。エーヴィヒの活躍はいつも俺の耳に入ってくる。俺の側では苦しませる事しか出来なかっただろう。此処まで立派に育ててくれた事、感謝する」
陛下は立ち上がり、エリン公爵夫妻に最敬礼をした。
「ブラウ、お前には私の尻拭いばかりで済まない。プルーマフラウ、弟を支えてくれた事、兄として感謝する」
そのまま両親にも最敬礼をした。
両家父親達も立ち上がり、三人で抱きあった。
元々この三人は幼い頃から仲良くしており、助け合って生きてきたのだそうだ。エリン公爵夫妻がエーヴィヒの養父母に成る事を承諾したのはその部分と、なかなか子宝に恵まれなかった事とが合わさった結果なのだろう。…エーヴィヒにとってはどうでも良い事かもしれないが。
陛下はエーヴィヒに身体を向けた。先程の威厳の有る男性の雰囲気とは違う、やわらかい視線だ。
「エーヴィヒ。こういった形での面会しか出来なかった事、詫びたい。すまなかった」
陛下はエーヴィヒにも頭を下げた。
「陛下、私にまで頭を下げないで下さい。それだけで許す、許さないを決める事は出来ませんから」
「エーヴィヒ!」
エーヴィヒの物言いにエリン公爵夫人が真っ青になった。
「アミュテ、いいんだ。最初に俺は一人の男として話がしたい、と言った。その上で話をしてくれているのだろう。続けてくれ」
私の手を弄んでいたエーヴィヒの指が、私の手を握る。
「陛下が今までどの様に感じ、思い、過ごされていたのかは、正直、私にはどうでも良い話です。私はこれからもエーヴィヒ=エタールマ=エリンとして生きていく所存です。…陛下もその様に私を見て下さい。ただ…私の養父母に両親を…エリン公爵夫妻を選び託して下さった事に深く感謝しています。両親が側にいてくれたから、私は立ち上がる事が出来、ティリアがいたからこそ生きて来れたのですから」
今後も変わらず、臣下として生きていくと、エーヴィヒは宣言したのだ。
「…そうか」
少し寂しそうに微笑み、何かを思い付いたといった表情をした。
「エーヴィヒ、お前、いつから俺が実父だと気付いた?クレメンスとアミュテから聞く前から知っていた様だな?」
チッと小さく舌打ちするエーヴィヒ。
エーヴィヒは私の指を、その指先でまた弄び始めた。触り方が少し、いやらしい。
「いつからだ?」
皆の視線がエーヴィヒに集まる。
エーヴィヒが深い溜め息をつく。
「はぁ…解りますよ。陛下とは公式行事以外の方がお会いする機会が沢山有りましたから。親族だとしても、お目に掛かる度に先程の様なくだけた話し方をなされば、誰だって不思議に思うでしょう。しかも時々変装をして様子を見に来たり、魔法を使って監視したりされれば尚更…」
「エーヴィヒ、記…」
私は言い掛けた言葉を飲み込んだ。前世でのゲームの記憶が有るとはいえ、彼はエーヴィヒとして生きて来たのだ。相違や違和感を感じたのなら、それはエーヴィヒの記憶だ。
「魔法で監視?」
「変装?」
バツの悪そうな表情の陛下。明後日の方向を見る。
「あ~、確かに、そんな事をした事が有った様な?」
「うふふ、最愛の方との唯一のお子ですもの。気になりますわよ。陛下も人の子ですから」
エリン公爵夫人が微笑みながら言う。
「え…」
エーヴィヒの指の動きが止まった。
「レクスにとって、フィリグラン姫は唯一の女性だ」
「クレメンス!」
「レクス、正直に認めなさい」
「兄上、今更、何も恥ずかしがる事は無いでしょう?」
私はエーヴィヒの顔を見上げる。
「ブラウまで!」
陛下は二人に追いつめられ観念した様に言う。
「…これまでも、これからも、俺が愛する女はフィリグランだけだ。もう二度と逢えずとも、永遠にだ」
エーヴィヒは涙を流していた。
「エーヴィヒ…」
そっとエーヴィヒを抱き締める。エーヴィヒは弄んでいた私の指に指を絡ませて強く握り、ごめん…と小さく言った。
親達が私達に気付き、駆け寄る。
「俺は…生まれて来てはいけない子供、では無かったのか…?」
エーヴィヒはつとめて泣き声にならない様に話す。
そんなエーヴィヒに陛下は強く真っ直ぐな瞳で言う。
「そんな筈なかろう!俺達は己の立場を忘れ、愛し合い、お互いを求めすぎ、引き裂かれた。だがエーヴィヒ、お前はフィリグランが望み、俺が欲した子供だ。お前の誕生をどれだけ俺達が待ち望み喜んだか!どれだけ、お前を手元で育てたいと思った事か…!」
陛下は泣いていた。
エリン公爵が言葉をつなぐ。
「…先王時代に、両国の体制から何から変わってしまった。その為、レクスの元でお前を育てると、お前の命が危ない。ならば、と私達夫婦の嫡男として育てる事を私が提案をしたんだ。お前を迎え入れられた事、どれだけ嬉しかったか…」
エーヴィヒの秘密については、関係者は皆、墓場迄持って行く予定だったと代わる代わる話してくれた。
エーヴィヒに気付かれ当事者達が明かした今、エーヴィヒが伴侶にと選んだのが幸いにも秘密を共有する弟の娘。隠さずに全て明かした方が良いと判断されたという。
「ティリアフラウ。可愛い君を手元に置きたくて王子の妃にと強く望んでいたが、まさか君がエーヴィヒを望んでくれるとは思わなかった。エーヴィヒを伴侶として選んでくれてありがとう。改めて礼を言う。王子の妃よりも、ずっといい。エーヴィヒは君を大事に幸せにしてくれるだろう。今後も俺は父親としてエーヴィヒに何もしてやれないが…支えてやってくれるか?」
父親の顔の陛下。この方はこの方なりにエーヴィヒへ今までも思いをかけて来たのだと悟った。
「はい。エーヴィヒが私を必要としてくれる限り、ずっと側におります」
「うん。頼んだよ。私の可愛いティリア」
微笑みでかえした。
「ところで、レクス。先程の話で気になる事が有るんだが」
エリン公爵が首をかしげている。
「おかしい所が有ったか?」
「お前、エーヴィヒを魔法で監視していたのか?」
「あぁ。王の秘術の一つを使ったな。…あ」
「確か王の秘術は、秘術を継承した者しか使えないし関知も出来ない筈ではなかったか?私はそう聞いているが」
エリン公爵家は二代前の王の弟の家系…陛下とは再従兄弟同士で陛下より幾つか年上だ。
「いや、それだけでは無い。稀代の王と成る者は秘術継承なんてあんな面倒い事をせずとも発現・関知出来ると聞いている」
「では、エーヴィヒは王の資質が有るのか…?」
陛下はエーヴィヒの右手を握る。
「エーヴィヒ、コレは何か解るか?」
「はい。しかし言葉にするのは…」
「構わん。言ってくれ」
「王の紋様が緑と青の交互に発光しています」
「ああ、そうだ。エーヴィヒには見えている」
陛下は興奮気味に話す。…しかし。
「陛下。本日は、私とティリアフラウの婚約承諾調印の為に参りました。私の能力についての話では無い筈です。私は先程も申し上げましたが、今後も臣下として生きていくと宣言しました。それは今後も変わりません。また、この能力を使った事も使う事も有りません。この能力は後々禍根を残すモノと判断しております。出来る事ならば、封印を施して頂きたい」
毅然と、この能力は不要だと言う。
「…誰もが欲しがる王の秘術を不要だと…?」
「ティリアフラウさえ居てくれれば、他には望みません。私はエーヴィヒ=エタールマ=エリンですから」
真っ直ぐに陛下の目を見て話すエーヴィヒ。
「そうか。だがお前の秘術は継承の元で発現したものでは無い為、封印は出来ない。弱める事も出来ない」
「では、エリン公爵家の秘術は、私は継承出来ないのでしょうか?」
「いや、それは大丈夫だろう。安心しなさい。…お前はエリン公爵を継承出来るさ…」
婚約承認調印が成された。




