19:父
「離れるのが辛い…ティリア」
両家公認になった途端にエーヴィヒのスキンシップが酷くなった。どこか触れていないと嫌がるのだ。
「エーヴィヒ、私も淋しいわ。でもケジメのない男は嫌いよ」
私の両手を掴んで自分の頬に当てるエーヴィヒ。
「解ってる。だが…」
両家両親は離れた所でにこにこして見ている。
エリン公爵夫人は、良かったとずっと嬉し泣きしている。その肩を抱いて瞼にキスしているエリン公爵。この親にしてこの子あり…エーヴィヒがスキンシップ好きな理由が解った気がする。
私の両親は、私達もあんな時期が有ったわね~、君は今も変わらず素敵だ…なんて言いあっていて、他家の事は言えないな…と思った。
「また明日。おやすみなさいエーヴィヒ」
頬にキスして、直ぐに迎えの馬車に乗り込んだ。そう、この世界は色んな事が出来るのに、意外な事に移動手段は馬車なのだ。
「あぁ。おやすみ、ティリア」
キスした部分に指先で触れて、少し寂しそうに微笑むエーヴィヒ。
馬車は両親を乗せてから自邸へ向かった。
改めて、私達の事を許してくれた両親に御礼を伝える。
「許されない事も有るだろう。しかしそれに怯えたり否定ばかりするのは、私は嫌なんだ。だから私達は許すのではなく、応援する事にした。私達が埋めたかった、君の心の穴を埋めてくれた彼を信じる事にした。幸せになりなさい」
心の穴…父は気付いていたのに見守ってくれ、許可ではなく応援を選んでいてくれたのか。
「ティリア、両家はこうなる事を予見していたの。貴方達ってば小さな頃からお互いしか見てなかったから、うふふ。お父様は貴方を溺愛してるから、ティリアは嫁に行かせんって…それは大変だったのよ」
「君、それは内緒だと約束しただろう?」
「あら、そうでした?そういえば婚約申込者の中でもエーヴィヒだけは違ったのよ。彼、直談判に来てね。何度もお父様に追い返されても、ティリアを守らせて下さい、幸せにしますって。それこそ貴方がエーヴィヒと初めて会ってから何度も。五年間、一切、顔を合わさなくても気持ちが変わらなかったら考えても良いとお父様は条件に出したわ。きっとお父様はエーヴィヒを気に入って他の婚約申込を断り続けていたのね。何だか、感慨深いわ…」
嬉しそうに涙を流す母。
「だから、それも内緒だと話していただろう…」
母の身体を包み込む様に抱きしめる父…少し鼻声なのは気のせいか。
初めて聞く話に、深い愛情と幸福感に満たされた。
私は、幸せだ。こんなに幸せで良いものなのか…。
あんなに絶望感と悲しみを感じて無理だと思っていた事が、こんなにあっさり簡単に解決してしまったのは、エーヴィヒが何年も掛けて下準備をしてくれていたからだ思うと…嬉しい気持ちが溢れたが、少し怖くもなった。
あの時の昏い不穏な光を湛えたエーヴィヒの瞳。
執着と狂愛…。
私に、そんなに想って貰える様な価値が有るのだろうか。エーヴィヒが、私にその価値が有ると思ってくれているのなら、私はその想いに添う。
いずれにせよ、私達は婚約出来るのだ。