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仔豚ちゃんはクソガキ貴族令息

 真夜中に家のなかをうろつく人の気配で、あたしは目を覚ました。

 ずいぶん久しぶりの「目覚め」だった。たぶん、六十年ぶりくらいかな。


 眠りを破った不届き者は、ふたりの男。平民、あまり清潔でない身なり、無精ヒゲ。大きな袋がひとつ抱えている。

 前にも侵入はいっていたんだろう、迷いもなく、床にある貯蔵庫の戸を開けた。灯油ランプのあかり。続いて、ガンガンと粗雑な足音を立てて階段を降りてくる。そして彼らは石張りの貯蔵庫の床に、袋の中身を放り捨てた。


「いたっ」


 悲鳴をあげて、ころん、と転がり出たのは幼い子どもだった。不健康なくらい丸々と太っていて、なまっちろい。寝巻だろう、白いスモックをきている。手のひらや膝をすりむいているけれど、大きなケガは無し。床にうずくまったまま、男たちに向かって即座に抗議するくらいには元気だ。


「なななにをするんだ!いたいじゃないか!ぼくをだれだと思ってる!こんなことをしていいと思っているのかっ!!」


 幼い甲高い声で達者にしゃべる子どもを、男たちは嘲笑した。


「だれって、アトウィック侯爵家の末のクソガキさまだろう」

「お前さんこそ、俺たちをなんだと思ってるんだ? 貴族のガキってのは、口は達者だがおつむのほうはいまいちだな」


 悲鳴がまたひとつ。ひとりが子どもの髪の毛を掴んで、無理やり顏を固定した。子どもらしいさらさらした髪は、白に近い銀色だ。色素が薄いのはこの国の貴族、魔力を持つ者のあかし。けれど、こんな状況下で魔法を使える子どもがいるわけもない。

 男は空いているほうの手で、子どものむちむちとした頬をかるく叩いた。ひい、とあげる声はもう、弱弱しい。


「見ればみるほど豚みてえだな、そいつ」

「ああ、肉は食えねえが、金になる豚だ」


 わざとらしく笑い声をあげるのは、子どもに立場を理解させるためだろう。効果は十分だ。子どもは、肉にうもれた小さな目をきょどきょどとさまよわせ、今にも泣きそうにおびえている。


「おい、白豚ぼっちゃん。これから、俺たちはお前さんの親とお話をしてくる」


 子どもの髪をつかんだ男が、その目と目をあわせて語り聞かせる。


「かんたんな話だ。お前さんの親が俺たちにお代を払うなら、俺たちはこの場所を教える。そうすりゃ、お前さんには迎えがくる」

「つまり、おとーちゃんがケチらず、さっさと金を払えば、お前さんもすぐにまたあの豪勢なベッドでおねんねできるってことだ。わかるな?」


 連れの言葉に、男が掴んだ手を上下して、子どもを肯かせた。何本か髪の毛が抜けて、子どもがまた悲鳴をあげても気にもしない。


「だが、そうだな。もしも侯爵様がごねたりケチったら、お前さんはずっとこのままになる」

「それだよな。こんな豚みてえなクソガキ、金を払ってまで連れ戻したいと思うかどうか。俺ならこれ幸いと捨てちまうな」

「まあな。だが、貴族様は面子が大事だ。それに一応お前は魔力持ちだから、いくら不出来な馬鹿息子でも、そう無駄にはしねえだろう。なあ?」

「そーだといいけどなあ。なあ、ぼっちゃん?」


 嫌な笑みを浮かべて見下ろす男たち。その目は、子どもが正確に彼らの話を受け取っているかどうか、じっと観察している。


「ひ、ひ」


 呼吸のしかたも忘れたように、子どもはのどを鳴らしていた。


「ぼっちゃんよお。お前さんは、ずいぶんとわがままらしいなあ?」

「かんしゃく持ちでよくメイドに当たり散らしているんだって? なかにはひどいケガで仕事を辞めなきゃいけなくなったって、かわいそーになー。それでも、魔力をもたない平民は泣き寝入りするしかない」

「俺も聞いたぜ、本当にひどい話だ。まともな家なら治療費も慰謝料も出すだろうが、侯爵様はどうも忘れているらしい。だからその分も、俺たちが代わりに貰ってきてやろうと思ってな」

「おとーちゃんが、ちゃんと義務を思い出してくれればいいなあ?」


 さいごに子どもをつかんだ男は、もう一方の手でナイフをかざした。ざくり、とさんざん痛めつけた髪をさらに切り取り、急に自由になった子どもは、そのまま、したたかに床に顔をぶつけた。ぶぎゃっと動物めいた声。それから鼻からたらりと血が垂れる。


「あ、血が、ぼくの血がっ」

「んー、貴族様の血は青いんじゃねえのか?」

「ああ、だからそれは血じゃねえよ、ぼっちゃん」

「ひ、血がこんなにっ、おまえ、何してるんだっ、早くこれを止めろよっ! 医者をよんでこいっ!!」


 パニックで声高に叫ぶ子どもに、男たちは目を交わした。沈黙のなかに流れる不穏な空気に、あたしはその無言のやり取りを見守る。

 だが、彼らはプロのようだ。多少のいら立ちで、そこまでの『手間』をかけようとは思わないらしい。


「クソガキは本当にクソガキだな」

「ったく、そんなに血がいやなら、見えないようにしてやるよ」


 そう冷たく笑って、ただひとつの灯りであるランプごと、地上へ消える。


「待て!どこへいく!ぼくを連れていけ!血がっ……立てないんだっ……置いていくな!…………待ってっ!」


 バタン、と戸は閉められ、そこはまっくらになった。即座にズルズルっと何か重たいもの(たぶん近くにあった櫃だろう)が動かされ、戸を塞ぐ音がする。そして去っていく、粗雑な足音。


 こうして攫われた子どもは、真っ暗な地下に閉じ込められた。

 あたしと一緒に。


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